162 天才が魅せる破滅の創造
場所はラスファート王城に空いた巨大穴の底。
そこでは、勇者パーティーの三人が魔王アビスに苦戦を強いられていた。
「深淵は影だ……、光に纏わりついて離れない。光共よ、お前達では深淵に勝てなかったか」
そう低い声で言うアビスの冷たい視線の下には、服や武器、体の至る所がボロボロになった勇者達が倒れていた。
「まさか一撃で終わるとは、勇者パーティーも地に落ちたものだ……」
そう、ゼーレ達はアビスの出した『深淵之暗星』によって吸い込まれ、引力によって体のあちこちを負傷して気を失ったのだ。
アビスはゼーレ達をわざわざ跨いで前に進んでいく。
「起きる時間だ、愚者の亡霊よ……」
アビスがそう呟くと、大穴の外から大気を揺らす程の低く悍ましい咆哮が放たれた。
そして、アビスは巨大穴の底から夜空を見上げた。
それから数分後。
「っ! ……、そうでなくては」
アビスは嬉しそうに呟いた。
そんなアビスの目線の先には、巨大穴の入り口を塞いでいる半透明の黄色い空気の膜が未だ存在していたのだ。
「おい。一撃喰らわしてそれでお終いなんて、そんな訳あるかよ」
アビスの後ろからゼーレの掠れた声が聞こえてくる。
「こっちは命懸けで旅してきたんだ。ラスボスを前にしてそう易々と倒れらねぇんだよ!」
ゼーレはボロボロになりながらも立ち上がり、白い剣をアビスに突き付けて叫んだ。
「そうだ、ゼーレ。それでこそ勇者だ」
そう言いながら立ち上がるライムの服はビリビリに破けていたが、体には目立った傷跡は残っていない。
「咄嗟にユニスと変わろうとしたけど変わらなかった。多分藍色の魂之力は吸い込む玉を作り出すだけじゃない」
「ふっ、敵の力を推測してるとこ悪いが、我にはもう一つ力があるのだ……」
「絶望の領域。究極之魂『恐怖之暗星』、『絶望之暗星』……」
アビスはそう言った後、膝立ちになって右手を地面につき、魔力を流した。
すると、徐々に地面から唐紅色の木の芽が咲き始め、瞬く間に深淵が唐紅色の木々で埋め尽くされて深淵の暗さと相まって不気味な森の様な景色に変貌した。
「さぁ第二ラウンドだ」
アビスは唐紅色の森を背に、堂々と不敵に笑っている。
「行くぞ!」
最初に飛び出したのはゼーレだった。
その後にライムも飛び出して、唐紅色の森の中を突き進んでいく。
「これを攻略できるかな? 『終焉之暗星々』」
アビスがそう言うと、天空から引力を持った小さな藍色の星々が流星群が如く大穴に降り注いだ。
「っ! ユニスの壁が通用しない!!」
「あぁそうだ。だからこそ、我は前の勇者パーティーに勝てた。何しろ、『深淵之暗星』は単に引力を持つ星を作るだけで無く、その星には森羅万象を無効化する効果が付いているからな」
不敵に笑うアビスに、ゼーレとライム真っ直ぐ走っていく。
天空から降り注いだ無数の藍色の玉は、唐紅色の木々に寄り添う形で宙に留まる。
そして、物凄い引力でゼーレとライムを唐紅色の木々へと引き寄せていく。
「逆らえない!」
唐紅色の木にぶつかりそうになったゼーレとライムは、剣で唐紅色の木と引力を持った小さな藍色の玉を斬り裂いた。
その瞬間、ライムとゼーレの口からは大量の血が吹き出した。
「かはっ、どう言う事だ」
ライムは吐き出した血を手で抑えながら、困惑の表情でアビスを睨んだ。
「二人共、大丈夫!」
後ろで見ていたレイラは二人に対して大きな声で呼びかける。
「大丈夫。こんなのピンチですらない」
ゼーレは楽しそうな笑みを浮かべて強がった。
その時、大穴の外に膨大な黒い魔力が出現した。
ユニスさんの半透明の壁のせいで感知しずらいけど、これはシエル達の魔力じゃないな。
だとすると……、やっと来てくれたのか。
ライムは口から血を垂らしながら、静かに嬉しそうな笑みを溢した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
舞台は戻り、魔界にある『星神巨樹の森』から南に進んだ先にある開けた荒野。
「お前ら邪神は十万年前から変わらず、この星に生きる者達が運命や宿命を変えようとする努力を自分達の都合で潰そうとしている」
回想を終えたアカネは、鋭い紺色の眼光でシューゼを睨んでいる。
テンヤの右腕はすでに完璧な状態に再生されていた。
「十万年前? さっきから何を言っている」
シューゼは低い声で尋ねる。
「ハァー、こう言えば良いか? 俺が始まりの勇者でアカネが原初のエルフだって」
テンヤは自信満々に言い放った。
「っ! デタラメか……。いや、確かにこの時代に居る予感はしていた。それがお前達だったのか!」
シューゼはいきなり告げられる真実に感情の移り変わりが激しくなっていた。
「あぁそうだ。始まりの魔王もこの世界に居る」
テンヤは短剣を構えてそう言った。
「ふっ、あの啖呵がいつの間にか俺達の首元まで届いていたのか」
シューゼはディアブロ達が混沌の世界から自らの意思で転生する直前の出来事に想いを馳せている。
「でも、惜しいな。今のお前達が俺に勝った人間になるビジョンが一切見れない。絶望も敗北の未来もお前達を待っているぞ」
闇の姿をしていて、ブラックホールの力を有している漆黒の刀を右手に持って不敵に笑うシューゼは、まさに読んで字の如く絶望であった。
そんなシューゼに怯むこと無く、テンヤは口を開けてこう言う。
「じゃあそいつらにはお前の元にお帰り頂かないとな。闇と絶望はセットだろ」
「そうか、なら闇に飲み込まれる絶望で終わらせてやる」
シューゼは右手に握る闇の刀の力を解放し、テンヤ達を引力で飲み込み始めた。
「魔法を構成する物質、つまり魔素は、魔力がある者なら感じることが出来る。だが実は、魔素は魔力の力により、あらゆる原子に変化できる特殊な構成の原子だと研究で明らかとなった」
「進化した獣人が一属性の魔法しか使えなくなるのは、本来様々な原子に変化できる魔素が一つの原子のパターンに固定されてしまうからだ」
「俺の持つ神授之権能は、分子と言う既存の性質をした物質からしか創造出来ない他の魔法や魂之力とは違い、素粒子レベルの物質をゼロから創造できる」
「ごちゃごちゃうるせぇ……」
シューゼは苛立っている。
「創造とは無から有を産み出す事を言い、創造の神だけが、真の創造を行える……」
テンヤは手袋のブローチから水晶を外し、不敵な笑みをシューゼに向けている。
「例えば新たな星を創造し、ブラックホールを産み出すとかな」
テンヤは、ズボンのポケットから黒く悍ましい球体が中心に描かれた夜空の様な色の水晶を取り出して右手の手袋にあるブローチに嵌めた。
その後テンヤが右手を前に突き出すと、そこの空間に様々な素材で作られた質量の大きい小さな星が生成された。
「逃れられない終焉を味わえ、『闇神之終滅時空』」
シューゼが魔力を流すと共に、闇の刀の引力は凄まじい轟音を上げながら地面を引き剥がす程にまで強化され、シューゼの闇の体からは影が伸びて辺り一体を漆黒の景色と化した。
テンヤは引力に持っていかれそうになった眼鏡を片手で軽く抑えて余裕の表情を浮かべている。
「星を維持させるためには、生命エネルギーが必要でしょ? 手伝ってあげる」
アカネはテンヤの肩に触れて、『神樹』の持つ生命力をテンヤに流していく。
アカネがテンヤに流す黄緑色の柔らかい光が、闇の世界を照らす。
テンヤは流されてきた生命力を使い、小さな星の成長速度を加速させる。
途轍も無い速さで成長を続ける小さな星は、熱を帯び、水が渦巻き、電気が辺りに散り、轟音と共に暴風を起こした。
急成長を続ける小さな星は次第にエネルギーを使い果たして小さな超新星爆発を起こした。
その爆発音はまるで太鼓を叩いた様な音で、爆発の衝撃はテンヤ達に傷一切付けない程小さな物だったが、その小さな爆発は確かに巨大な星一つに相当するエネルギーを持っていた。
そこに、闇の刀を握ったシューゼが飛び込んでくる。
「これがお前らの終焉だ……」
テンヤ達にに急接近したシューゼは、闇の刀を静かに左から右へと振るった。
「魔力は所詮、魔素で産み出した分子を自分のイメージ通りに制御する力」
超新星爆発に匹敵する爆発を起こした岩の球体は、自身の重力に耐えきれずに極限まで収縮して小さなブラックホールと化した。
その瞬間、シューゼの闇の刀とテンヤの創造した小さなブラックホールと言う二つのブラックホールが互いの引力で引き寄せ合った。
そして、轟音を上げながら一つの大きなブラックホールへと合体していく。
「な、何だこの引力は!」
シューゼは焦った口調で言った。
それもその筈、シューゼは闇の刀を失ったのに加えて、自身の闇の体までもが大きなブラックホールの引力に負けて吸い込まれて行っていたのだから。
「原子より更に小さな素粒子から新たに創り出した俺のブラックホールの方が、主導権を握れてんだよ」
テンヤが不敵に笑う中、シューゼは大きなブラックホールに吸い込まれていく。
「闇の神でもこれを飲み込む事は出来ない……」
「神狩りの漆黒よ、絶望を飲み込み絶望と化せ。『創造神之天穹滅黒渦!!』」
テンヤがそう言い放つと、大きなブラックホールは更に引力を強め、かつシューゼだけを飲み込む一方通行の引力へと変化した。
その後、大きなブラックホールはシューゼの闇の体を吸い込みながら時空にヒビを入れて行った。
時空のヒビは徐々に広がっていき、最終的にガラスの破片の様に散り散りになった後に大きなブラックホールへと吸い込まれて行った。
「闇は絶望、闇は世界の影だ! 俺が死んでも闇をこの世界から切り離す事は出きんぞ!!」
シューゼはそう叫びながら、ガラスの破片の様な時空の欠片と共に大きなブラックホールへと吸い込まれて行った。
「アカネ、手を離すなよ!」
シューゼが吸い込まれるのを見届けたテンヤは、アカネの手を強く握りしめながら後ろを振り向いて、右手に付けているブローチに青色のゲートが描かれた水晶を嵌め込んだ。
そして、テンヤが右手を前に突き出して魔力を流し込む。
すると、テンヤ達の目の前に青色の大きなゲートが創造された。
テンヤはアカネの手を引きながら、全速力でゲートに飛び込んだ。
数秒後。
時空は元の姿へと修復され、闇の世界は晴れて、テンヤとアカネ達が立っていた地面には、大きなクレーターが出来ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、クレイエス中心部に位置する巨大なビルの中にある研究室。
そこの特別研究室では、アオハとカムククがテンヤからの信号を受けて作業を進めていた。
「カムクク、ゲートの調子はどう?」
アオハはキーボードを素早く打ち込みながら、青色の大きなゲート付近で待機していたカムククに尋ねた。
「正常に作動しています」
カムククはゲートのあらゆる箇所を目視で確認して、アオハに伝えた。
「良かった。じゃあテレポートを開始する」
アオハは入力を一通り終えた後、エンターキーを押す。
すると、大きな青色のゲートは騒音を立てながら、真ん中に青色のワープゲートを生成した。
数秒後。
「うわっ!」
ワープゲートの中からテンヤ達が放り出されてきた。
テンヤ達がワープしてきてから直ぐ後、ワープゲートは弾力を失ったかの様に完全に閉じ切った。
「良かった。成功」
アオハは小さくガッツポーズをした。
「いや〜、大成功ですな!」
カムククは額の汗を拭いながら、嬉しそうに大笑いしていた。
一方、ゲートから放り出されたテンヤは、アカネを優しくリードして一緒に立って顔を合わせていた。
「アカネ、ブラックホールの至近距離に居るなんて怖かっただろ? あいつに勝つにはアカネの力が必要だった、悪い」
テンヤは疲れ果てた様に地面に座り込んだ。
そんなテンヤに、ダウナーな雰囲気のアカネが優しく声を掛ける。
「全然怖くなかったよ。テンヤの天才具合は、私が一番分かってるんだから」
アカネは小悪魔っぽくテンヤの頬を突いて優しい笑顔を浮かべていた。




