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161 運命の人

 薙刀を手にしたテンヤは寸分の迷いなく闇へと化しているシューゼに距離を詰め寄っていく。


「ふっ、長柄武器をわざわざ創造したのにも関わらず、そっちから距離を詰めてくるのか。頭良さそうなのに合理的ではないな」


 こちらに詰め寄ってくるテンヤの姿を見て、シューゼは闇の刀を構えて迎え撃つ態勢を取る。


 そうだそれが正解だ。


 シューゼに詰め寄るテンヤはシューゼの行動を称賛していた。


 ま、天才科学者が相手じゃない場合の話しだが……。


 テンヤは、シューゼに対して薙刀の射程が明らかに届いていない立ち位置で急ブレーキをかけた。


 それを見たシューゼは予想外の事に頭が追い付かなくなっていた。


 そんなシューゼを前に、テンヤはほくそ笑みながら薙刀を下から上へと振るう。


 すると、薙刀の先から黄色い斬撃が伸びてシューゼの闇の体を縦一線に切り裂いた。


「小細工野郎……」


 シューゼは苛立ちながらも、冷静に攻撃を仕掛ける。


「だが、引きずり込めば全て終いだ。『闇神之吸収門アブソーブ・デュンケル』」


 シューゼは左手を前に出して、そこに吸引力のある闇の球を出現させ、テンヤは重たい薙刀に釣られて引っ張られていく。


 少し後方にいるアカネもなんとかその場に踏ん張るので精いっぱいだった。


 マズイっ!


 闇の球に吸い込まれていくテンヤは焦りながらも右手だけで薙刀を持ち、左手で何かを創造し始める。


 数秒後、薙刀の先端が闇の球に吸い込まれていく。


「光魔法で闇魔法に対抗できるなら、神相手でも同じ筈……」


 薙刀が闇の球に吸い込まれていく中、テンヤは薙刀にも魔力を流して刃を黄色く光らせた。


 黄色い光を放つ薙刀の刃は闇の球を貫いて破壊した。


「なら、これはどう対処する?」


 シューゼは低い声で呟いて、闇の体でテンヤを待ち受ける。


 テンヤはシューゼの闇の体引き起こしている引力に抗えずに引き込まれていく。


 そして薙刀はどんどんシューゼの体に吸収されていき、次第にテンヤの右腕も半分ほど引きずり込まれてしまった。


「くっ」


 右腕を吸い込まれてしまったテンヤは痛みで顔を歪ませる。


 そんな絶体絶命の瞬間、テンヤが左手で創造していたある物が完成する。


「短剣? そんな物、何に使う」


 そう、テンヤが創造したのは刃が黒い短剣だった。


「神に生身で勝つには狂人に成るぐらいの覚悟が必要だ!!」


 テンヤはそう叫びながら、まだ闇に飲み込まれていない己の右腕を短剣で切断した。


 そして、テンヤはアカネの所まで下がっていく。


「確かに狂ってる。俺の体の構造をこの短期間で分析するとは」


 シューゼは楽しそうに笑みを浮かべている。


「お前のその闇の肉体の構造はシンプル。体の内側である内部では引力が起こっていて、一瞬引き込まれただけの推測だが、光でも逃げられない程だろう」


 テンヤは自身で切断した右腕を抑えながら話しを続ける。


「だが外側に関しては、内側の引力が漏れ出ているだけ。おそらく、体の内側は闇が持つ引力の性質で構成され、体の外側は闇が持つ影と言う概念で構成されている……」


「それと、大人達によく言われたよ。君は『狂人(プロディジー)』だってな」


 余裕の笑みを浮かべてシューゼと会話しているテンヤの所へアカネが駆け寄る。


「無茶しすぎ……」


 アカネはテンヤの右腕部分に黄緑色の柔らかい光を宿した両手を翳して魔力を込め始めた。


 すると、テンヤの右腕は切断部分からどんどん再生されていく。


「チッ、その再生速度は何かしらの神授之権能ゴットソウルか。だとしてもだ、お前らは何故、明らかに上位の存在である神に楯突く事が出来る」


 シューゼは苛立ちが籠った赤い瞳孔の瞳でテンヤ達を睨んで問いかけた。


「努力は報われるべきだ……」


 シューゼの問いに対して、アカネはテンヤの右腕を再生しながら小さな声で返答した。


「は?」


 返答の意味を理解出来ていないシューゼを他所に、アカネはこの星で産まれてから運命の出会いをした日までの事を回想し始める。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 今から十万年程前、神がこの星に生命を誕生させてから数百年が経った頃にとあるエルフの少女が神によって産み出されて目を覚ました。


「ここは……」


 腰まで伸びて日光を反射している艶やかな純白の髪に淡い黄色の瞳をした幼児体型のエルフは、辺りを見渡した。

 服装は何者かが少女の裸体を隠すためだけに用意したかのような薄い布一枚羽織っているだけの危ない服装だが、神秘的な森の景色や少女がエルフである事も相まって可愛らしいファッションになっている。


 鳥や蝶々が羽ばたいている森を見渡していると、突然針で刺されたかの様な頭痛が白髪エルフの少女を襲った。


「う、うぅ……」


 少女は暫くの間、頭を抱えて蹲ってしまう。


「クレア……、これが私の名前?」


 クレアは自身の名がふと頭の中に浮かび上がった。


 クレアはそれから少し木に寄りかかって休憩した後、行く当てもなく足を進めた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから数百年後。


 クレアは他のエルフ達が作っていた森の中にある国に辿り着き、そこで生活する様になっていた。


 木造建築が建て並ぶ森の中、緑髪のエルフの少女が木の陰で涼しんでいたクレアの手を引っ張った。


「クレアちゃん。あそぼ」


 緑髪のエルフの少女は、満面の笑みでクレアの手を引きながら走り始める。


「うん!」


 クレアは少女に手を引かれながら、元気良く返事をした。


 しかし、この時代は神が統治している時代。


 そして、ディアブロやリヒト等の人物が神と対立し始めている時代でもあった。


 ゆえに、エルフの国も様々な敵に狙われるていたのだが、白髪エルフの少女は産まれて数十年と言う若さで戦場へ出向き、幾度と無く魔法の才を発揮して自身の足元に屍の山を無数に作っていった。


 そして、いつしか彼女は周りから尊敬の意味を込めて『原初のエルフ』と呼ばれるようになっていた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 クレアが原初と呼ばれる様になって暫くすると、その才能を妬むエルフや様々な種族の者達から命を狙われる様になっていた。


「ハァハァ、もういっその事全てを終わらせたい……」


 クレアは命を狙われる日々に疲れ果て、エルフの国を飛び出して自身の運命を呪う旅に出ている。


 旅に出たクレアはろくに食べる事も寝る事もせず、ただただ旅路を塞ぐ者や魔物達を殺し続けていた。


 そんなある日、クレアは鳥の囀りが心地よく響く森の中で出会う。

 自分より遥かに才に恵まれているにも関わらず、一切の妬みを買うことが無いであろう太陽の様な人物に。


 クレアはふらついた足取りで木々を支えにしながら歩いている。


 前からは赤い短髪に真っ赤な瞳をした人間の少年が剣を腰に携え、クレアの様子を不思議そうに伺いながら歩いてきていた。


 そんな二人がすれ違った直ぐ後、ふらついていたクレアが地面からはみ出している木の根っこに足を捕らわれて転んでしまった。


「っ! 大丈夫ですか!」


 赤髪の少年は、クレアが転んだのを察知した瞬間にクレアの下に駆け寄った。


 駆け寄った少年がクレアの体に傷が無いか確認していると、右膝に痛々しい擦り傷を見つけた。


「エルフが他人に体を触られたくないのは知ってます。すいません」


 少年は申し訳なさそうに言いながら、光属性の魔力を込めた左手でクレアの右膝に触れようとした。


 少年の手がクレアの膝に触れる寸前、クレアが少年の手を止めて小さくこう言う。


「大丈夫だから」


クレアに止められた少年は手を引き、もう一度膝に視線を向けた。


すると、クレアの右膝は初めから怪我などしていないかのような綺麗な状態へと変わっていたのだ。


「魔法は使って無い筈……」


 少年は目の前で行われた出来事に深く考え込んでしまった。


「私は生まれつきどんな怪我や病気も瞬時に治せるの。それが他者の物であっても……」


 そう話すクレアの顔は暗い表情をしていた。


「通りで服はボロボロなのに体はそんなに汚れていないわけだ」


 少年は少し考え込んだ後、再びクレアに話しかけた。


「エルフのお姉さん、僕の名前はリヒトです。悪に立ち向かう勇気ある者と言う意味の勇者とも呼ばれています。お姉さんの名前を聞いていいですか?」


「……、私はクレア」


 クレアは少し悩んだ後、か細い声で答えた。


「クレアさんですね。じゃあクレアさん、クレアさんは何でそんなにボロボロなんですか? エルフって身なりも心身も澄み切った水のように綺麗な存在だと聞いていたのですが」


「身なりと体はともかく、心に関してはどうだか……」


 クレアは同族にも命を狙われた過去を思い出しながら苦笑いを浮かべている。


 そんなクレアを見て、リヒトは優しく手を握った。


 クレアの手を握ったリヒトは、直ぐに顔をしかめ始めて胸を苦しそうに抑えている。


「やっぱり……」


 そう呟いたリヒトは、一呼吸おいて話をし始める。


「クレアさん。僕、触れた者の感情を共有できる魂之力(ソウル)を持っているんです。クレアさんの感情はヒビが入って今にも割れてしまいそうなほど不安定だ。それでいて、中身は驚くほど空っぽ。まるで今すぐにでも死のうとしているみたいに」


 リヒトが真剣な表情をしながら真っ赤な瞳で見つめると、クレアは後ろめたそうに目線を逸らした。


「クレアさん。この感情は過去や現在進行形でつらい経験をしている人が抱く物です。今会ったばかりの人に話したくないと思いますが、頑張って話してくれませんか? 僕勇者なので、この世界の誰よりも信頼できると思うのですが」


 リヒトは年に似合わない程礼儀正しく、ゆっくりハキハキとした優しい話し方でクレアに向き合った。


 クレアは圧に負けてリヒトの方に顔を向ける。


 顔を合わせてクレアの瞳に映るリヒトからは、初対面であるにも関わらず、心を許せてしまいそうなそんな才能を感じ取れた。


 クレアはその雰囲気に流されて自身の過去について打ち明け始める。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 数分後。


 クレアの過去を聞いたリヒトは重たい空気を纏い、口を固く閉じて暗い顔をしていた。


「才能への嫉妬、か……」


 リヒトは心身共にボロボロなクレアを見て少し悩んだ後、真剣な眼差しで語り始めた。


「怠惰で傲慢な感情で行使された才能は無価値だが、本気で勤勉に行使された才能の過程には努力が詰まっている……。感情を共有したり話しを聞く限り、クレアさんは後者です」


「努力は報われるべきだ、他人の都合で潰されて良い物では無い。そして今、この世界は神によって人々の努力が塵と化そうとしている……」


 ここまで重たい空気で話していたリヒトは、徐々に明るい雰囲気に変わり始めている。


「クレアさん、僕決めました」


 そう元気よく言うリヒトは明るくまじめな赤い目でクレアを見つめている。


「クレアさん、勇者の初めての旅仲間になってくれませんか?」


 いきなりの勧誘に、クレアは戸惑いを見せている。


「いきなりの勧誘ですみません。でもやっぱり努力は報われるべきだ。だから僕にその天から与えられた試練を乗り越える手伝いをさせてください。 後シンプルに、僕がもっとクレアさんの事を知りたい。一緒に旅がしたいです」


 クレアはこの時、霧が掛かっていた運命を太陽で照らされたかの様な、そんな出会いだと直感していた。


「努力は報われるべき……」


「はい! それが綺麗事なのは分かってます。が、勇者は綺麗事を現実にする者に与えられる称号らしいので、僕に任せてください!」


 これが『原初のエルフ』クレアと、後に『始まりの勇者』と謳われるリヒトの出会いである。

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