156 冷酷なる審判
ルークが落とした大きな闇の光球が迫ってきている中、
ハルカの隣に立っていたユキネは、ルークを捕らえている茨の一本に人差し指で触れた。
「少し凍っていて下さい」
ユキネは、茨に触れている人差し指に魔力を集中させて既に放っていた冷気を強める。
すると、瞬く間に無数の茨全体が白い氷で氷漬けにされ、ルークの体も少し凍った。
すると、『星神巨樹の森』に落ちていっている黒い光球が縮んでいき、半分程のサイズにまで変化した。
「自然の生命力とは偉大な物ですね……」
冷気で白髪ポニーテールを揺らしているユキネは、足元から徐々に上へと凍っていきながら、肌が痛みや寒さを感じない程の冷気を発している。
そして、ユキネの魔力が限界に達した頃には、周りに轟々と吹雪く吹雪が降り始め、黒い大地と幻想的で緑豊かな森の景色を一気にエルーリ山の様な白銀の世界へと染め上げた。
黒い大地には大量の雪が積もり、立ち並んでいる巨樹には『星神巨樹の森』を覆う紫色の霧が枝に衝突した事で霧氷が付いていて、まるで白魔が襲来した様であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時は遡り、神授大戦前最後のサンダーパラダイス全体会議開始直前。
ユキネと隣の席になったテンヤが、着物を着て真っ直ぐとした姿勢で座っているユキネに小声で話しかける。
「ユキネさん、今話し良いですか?」
「どうしました?」
ユキネは小首を傾げながら、テンヤの方に体を向けた。
「そう言えば、前にユキネさんの事を自慢げにライムが話してた事があるんですけど、虹雷剣の一人って事は戦闘面も強いんですよね?」
テンヤがそう話しかけていると、アカネも興味があるのか、テンヤの背中にくっついて顔を前に出してユキネさんを見つめ始めた。
「ふふっ。その質問、私が弱かったら凄く失礼ですよ」
ユキネはお淑やかに口元に手を近づけて微笑していた。
「あ、そうですね、すみません。普通に気になる気持ちが先行しすぎました」
テンヤは、恥ずかしそうに頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「まぁ一応、私の魂之力の効果は何でも氷魔法で封じる事が出来ると言うものです。例えば、魂之力等の概念系も封じれます」
「え、それじゃあ……」
ユキネの話しを聞いたテンヤは、着想を得て何かを閃きかけたのか、口元に手を近づけて熟考し始めた。
それから数秒後。
「あ、これ行けるかも……」
テンヤは一つの結論に至り、顔を上げてユキネに自分の考えを言語化して伝えた。
「じゃ、後はユキネさん次第って事で」
「いや〜、この一瞬でそんな強そうなのを思いつくなんて、流石私の天才君、だね」
アカネは満面の笑みでテンヤの頭を強く撫で回して褒めた。
「そうですね。教えてくださりありがとうございます、テンヤさん」
ユキネが深くお辞儀をした後、会議室にライトニングが入ってきた為、三人は椅子の正面に体を向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
吹雪吹き荒れる中、ユキネは右手を前に出し、そこに立体的で魂之力の力で中に空気を封じ込めている六角形の氷塊を生成した。
その氷塊の温度は絶対零度と等しい程の温度に達しており、それに包まれている空気も又、極限まで冷やされている。
ユキネは、それを黒い光球目掛けてふわっと放り投げた。
その間、ハルカは地面から何十本もの巨木を急速に生やして、それに無数の蔦を這わせて自分とユキネを守る自然の壁を作った。
「テンヤさんの仰っていた通りなら……」
ユキネはそう呟きながら、蔦と巨木の隙間から見える宙に浮く氷塊に右手を突き出して強く握りしめた。
すると、六角形の氷塊は徐々に縮まっていき、中の空気を圧縮していく。
絶対零度に近い温度の氷塊で包まれて極限に冷たい空気は、断熱圧縮により爆発的に温度が上昇し、それに伴う熱膨張で氷塊を押し広げようとしていた。
しかし、封じる効果が付与されている氷塊は尚も圧縮し続ける。
「全てを白に……。『封魂之狐極冷冬破散』」
ユキネが今まで強く握りしめていた右手の力を一気に抜いて手を広げると、氷塊は圧縮するのを止める。
その瞬間、六角形の氷塊から熱膨張を引き起こしていた空気が解き放たれ、爆風が起きた。
その爆風に絶対零度の砕氷が触れ、絶対零度な冷気の爆風となって周囲一帯襲った。
白い冷気と闇の光球がぶつかるり、森全体に轟音が鳴り響く。
数秒後。
ハルカの作った自然の壁は巨木が薙ぎ倒されたり蔦が散り散りになったりして大破しており、熱膨張源から半径百メートル程の範囲は、冷気の爆風によって完全に氷漬けの景色に変貌していた。
そして、『星神巨樹の森』に落ちてきていた巨大な闇の光球は、冷気の爆風により跡形も無く消し飛ばされ、闇の光球で隠されていた暗雲が見える様になっている。
「狐の獣人も中々やりますね。だが、私は魂が消えない限り不死身だ。アッハハッハッハ!!」
全身の殆どが氷漬けになっているルークは、狂った様に目を見開いて白い息を吐きながら高笑いをしている。
「うん、知ってる」
ハルカは薙ぎ倒された巨木を跨ぎ越して、ルークの前まで歩いていく。
そして、ルークをピンクの冷徹な眼差しで睨みながら冷静に拳を握りしめた。
「グェッ!」
全身に絡みついている茨が急激に伸び、ルークの体を様々な角度から串刺しにした。
「あのさ、魂之力って攻撃系統の物なら全部魂に攻撃出来るんだよ? その前段階の魔力の覚醒が勇者の素質って言われてたぐらいだしね」
ハルカは勝ち誇った様な笑みを浮かべながら煽る様に少し早口で話しを始めた。
「つまり、アンタのその不死身は、単に魔王の一族と同じ特徴を得ただけに過ぎない。魂之力を持つ者は全員、そんな魔王の一族を倒す勇者の卵だって忘れてたの? まぁそもそも、ユキネさんの氷に触れているアンタは、今魂之力を使えないんだけどね」
一息付き、白い息を吐きながら呼吸を整える。
「アタシ達の努力は絶対無駄じゃ無い。魔界に住む魔族とその他の種族が手を取り合う未来は必ず来る」
ハルカはそう言いながら、軽蔑の眼差しを向けている。
「その未来が来た終焉には闇など無く、光で満ちてる……」
真っ直ぐとした純粋な眼差しでルークを見ながら言い放った。
「そう言うのを綺麗事と言うんです。現実を見ない者の手に理想を掴む資格など無いんだよ! 温室育ちのエルフ!!」
ルークが無数の茨に体を貫通されているのに加えて、殆ど氷漬けにされている体をめいっぱい荒ぶらせながら高笑いを上げて怒号を放つ。
「確かに、私が夢を語る時の言葉はただの理想論であり、綺麗事だ……。理想を吐けば今みたいに嘲笑われる。その人の背中にどれだけの絶望と諦めが伸し掛かっているかも知らずに」
ハルカは怒色の混じったピンクの瞳でルークを睨む。
「それでも、私は綺麗事を吐く自分を嫌いになった事は無い。現実ばっか見てたって本当の理想は手に入らないだろ?」
そう言うハルカは不敵に笑ってみせた。
「お前は理想を捨てた事で自分の意思を見失い、狡猾な思考に支配された……」
ハルカは凛とした雰囲気でそう呟きつつ、雪が積もっている大地に右手を触れた。
「夢を追う者に常識や現実を考えて絵空事を語っている暇なんて無い筈」
ハルカが大地に魔力を込めると、前方に先の尖った鋭利な木製の槍が雪を押し除けながら生え始めた。
「行動を止めるな、思考停止するな、常に常識から逸脱しろ。私は我儘を押し通し、綺麗事吐き続けてでも、夢を追い続ける! これが私の生き方だ!!」
ハルカが熱く語っている間に、木製の槍にユキネが白く凍った右手を触れた。
すると、木製の槍はユキネが触れた部分から白く氷漬けになっていった。
ルークはその様子を茨が突き刺さり、氷漬けにされている痛みに耐えながらただ見つめる事しか出来なかった。
「自然を守る為、堕ちたエルフよ。凍えながら無慈悲なる自然に裁かれろ……。『森神之冷酷審判』」
ハルカが冷たい口調で淡々と言い放つと、木の槍は音速の速さでルークの心臓目掛けて放たれて行った。
「私は天に選ばれた者だ!」
ルークは全身全霊で叫んだ。
「この世界に革命を……!」
骨が砕かれる音と共に、静寂が訪れる。
「ウグゥ、ガハァ」
ルークは苦しむ声を出す際に喀血をしている。
「そうだ、さっきの話しだけど。力を持つ者に屈服して堕ちた者と、希望を捨てず己の足で立ち向かい続けた者達……。どっちが温室育ちだろうな?」
ルークは今際の際の中、自身に対して冷酷無慈悲な侮蔑の表情で見下してくる金髪ロングにピンク色の瞳をしたエルフを、殺意を込めた黄色い瞳で静かに睨みながら永遠に開く事の無い瞼を閉じた。
「空気を封じ込め、氷魔法を絶対零度に到達させることが出来る私にしかできない熱膨張の原理を利用した魔法……。私もちゃんと戦えたんですね」
ユキネは、自身の発していた冷気で震える両手を見つめながら嬉しそうに笑っていた。
そこに、白い息を静かに吐きながら一歩一歩ゆっくりとハルカが近づいてきた。
「ハァー、もう立ってられない。魔力を使い過ぎた。ユキネさんの方が、戦闘中ずっと冷気を発したりして魔力使ってる筈なのに……」
ハルカはそう言いながら、地面に座り込んだ。
「ふふっ、私はエルフに次ぐ魔力を有している狐獣人の進化体なので。魔力だけで見れば、ノアさんやライトニング様とほぼ同格と言う、実はサンダーパラダイスでも実力派な方なんですよ」
ユキネは疲れ果てたハルカを見ながら余裕の笑みを浮かべている。
「ハァー、そんな人が商会のリーダーを務めてるって、どれだけ層が厚いのよ」
ハルカは呆れ笑いを浮かべて天を仰いでいる。
少しの沈黙の後、ハルカが口を開く。
「ねぇユキネさん」
「何ですか?」
ユキネは両手を擦り合わせながら、深海色の瞳をハルカに向けた。
「元魔将軍でありながら、外界の魔族であるライトニングに付き従っているディストラさんって、改めて考えるとめちゃくちゃ変人だったんですね」
ハルカは虚無感漂う表情のまま、無理やりな笑いを浮かべた。
「ふふっ、そうですね。でも、ライトニング様とディストラさんの出会いがこの世界をきっといい方向に導いてくれる筈です……」
ユキネはそう話しながらハルカの異変に気づき、歩み寄りながらいつもの妖艶さや怪しさの無いただただ優しい口調で話し始める。
「ハルカさん、貴方の夢の終焉はここじゃ無い。ここからもまだまだ道は続いている。夢の道標はまだ握っていて下さいね」
ユキネはそう言いながら、さっきまで温めていた両手でハルカの冷たい両手を優しく包んだ。
「その通りですね、私の道はむしろここから。これからもヘルホワイトの盟主、ハルカとして頑張ります!」
ハルカは芯のある通った声で力強く宣言した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
場所は混沌の大森林中央に位置するサンダーパラダイス本拠地。
その遥か上空には、黒龍と白龍が飛んでいた。
夜天に煌めく満月をバックに全長五百メートルはある漆黒の龍と純白の龍が睨み合っている。
「今度は、力尽くで止める」
龍の姿をしたルナは漆黒の悍ましい魔力を体中から発している。
ソルの方は、恐ろしさを感じる程純白な魔力を体中から発しながら、ただ唸り声を上げてルナを睨んでいた。
「まさか本当に『白天の厄災』が来るとは……。マジでアンナ達天才じゃん」
雷鳴スーツを着たツカサは、武者震いしながら拳を強く握りしめ、不敵な笑みを浮かべて二体の滅龍を見上げている。
その周りでは、混沌の大深林に住んでいる者達が冷静な段取りで逃げ出していた。
「怪獣バトルだな……」
滅龍達を見上げているツカサは、不敵な笑みを浮かべていた。
「俺様も参加して、竜人の強さを滅龍の脳裏に叩きつけてやるぜ!」
ツカサは指を二体の滅龍に突きつけ、大きな声で啖呵を切った。