154 ハルカ達の過去。魔界でのトラウマ
時は八百年程前に遡る。
魔界のとある村の広場で、四人のエルフが原住民の魔族達に暴行されていた。
「お母さん! お父さん!」
まだ人間で言う所で十歳ぐらいの容姿をしているレイラが、両腕を後ろ手に縛られている青髪ロングにピンク色の瞳をした女性エルフに手を伸ばす。
その手を、レイラより少し背の高い金髪ショートのハルカが引き戻し、強い眼差しで魔族を睨みながらレイラを抱き寄せた。
ハルカとレイラ達の周りには、大多数の魔族達による罵詈雑言が飛び交っていた。
「お母さんとお父さんを離せ!」
レイラはハルカから必死に離れようとしながら叫んだ。
「黙れガキ共! エルフは俺達魔界の魔族を裏切った元魔族の一つ。そんな奴らと俺達が本当に仲良くなれるなんて夢見過ぎなんだよ!!」
身長は優に三メートルを超えているであろう筋骨隆々で馬鹿でかい黒ずんだ赤髪のオーガの男が、ハルカ達のお母さんを蹴り飛ばした。
「君達! フリラと子供達には手を出すな!」
罵詈雑言が行き交う中、建物の壁に両手両足を磔にされている短い金髪に金色の瞳をした男のエルフが叫んだ。
「ふっ、安心しろ。お前は一番最初に殺してやる。家族の死に様を見る事は無い」
黒ずんだ赤髪のオーガはナイフ片手にニヤニヤしながらハルカ達のお父さんに近づいた。
「やめて!!」
レイラは泣きじゃくりながら、高音の叫びを上げた。
だが、オーガの男が止まる事は無かった。
「死ね! 裏切り者の一族!!」
オーガは磔にされているハルカ達のお父さんの心臓目掛けてナイフを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたナイフはハルカ達のお父さんの胸の真ん中に突き刺さる。
「ハルカ、レイラ、巻き込んですまない」
ハルカ達のお父さんは、優しい笑顔を浮かべてそう言った後、暫くして意識を失った。
周りに居た魔族達は、オーガの男に拍手喝采を送っている。
「お父さん!」
レイラはハルカの胸元に顔を埋めながらひたすらに泣いている。
ハルカの方は、レイラを抱きしめながら涙を堪えていた。
そんな地獄の様な場所に、体に流星を宿した者が舞い降りた。
「くっ! 遅かったか!!」
クリーム色の短髪に碧眼の高身長イケメンが、体に青い流星を宿しながら、短剣を握ってハルカ達を守る様に立っていた。
「っ! その発光する体は……、自由彗星!!」
広場にいた魔族達は、星加護を開放している男を見るなり、後退りしていた。
「近頃、魔族とエルフの家族が交流をしていると聞いてな。一応様子見をしに来たんだが……。やはり溝はそう簡単に埋まらない物だな」
青い流星を宿しているイケメンが短剣をチラつかせながら呟く。
「当たり前だろ!」
黒ずんだ赤髪のオーガが、そう言い放ちながらナイフ片手に走り出す。
「単調な動きだな……」
青い流星を宿している男は、オーガの突進に合わせて足を引っ掛けて体勢を崩した。
体勢を崩されたオーガはふらつきながら走る。
「終わりだ」
青い流星を宿している男はそう言いながらオーガに短剣を向けながら走る。
「まだだ!!」
男は急に方向転換した。
「マズイ!」
青い流星を宿した男がハルカ達やハルカ達のお母さんの所から離れてしまっていた。
「グッ!」
両手を縛られていたハルカ達のお母さんは、うまく体を動かさずにオーガの持つナイフがお腹に突き刺さってしまった。
「へっ」
ハルカ達のお母さんを刺したオーガは笑った。
「クソッ! 最初っからそれ狙いだったか!!」
青い流星を宿した男はそう言いながら、オーガの頸を短剣で斬った。
頸を斬られたオーガは、血を流しながらその場に倒れ込む。
それを見ていた周りの魔族は一斉に武器を手に取り、青い流星を宿した男に襲いかかる。
「君達、死にたく無いなら今すぐ走って!」
男はそう言い放ち、襲いかかってくる魔族達の元へ短剣を構えて突っ込んで行った。
一方ハルカとレイラは涙を流しながらお母さんの元に駆け寄っていた。
「嘘、だよね……」
レイラは涙を堪えながらオーガの男が持っていたナイフでお母さんを縛っている縄を解いて抱きついた。
ハルカは放心状態で立ち尽くしながら少し離れた所で見ている。
「レイラ、ハルカ、こんな危険な事に巻き込んじゃてごめんなさい」
お母さんは、レイラの頭を優しく撫でながら話し始める。
だが、レイラも事実を受け止められずに放心状態であった。
「でもこれだけは忘れないで。魔界に住んでいる魔族ともいつか絶対に仲良くなれる。だから魔界に住む魔族を恨み続けないで。お母さんとの約束、守れる?」
お母さんはハルカとレイラの顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「「うん!」」
ハルカとレイラはまだ少し放心状態だったが、咄嗟に元気の良い返事が口から出ていた。
元気な返事を聞いたお母さんは、そっと目を閉じた。
それから暫くした後。
「レイラ、逃げるよ」
ハルカは歯を食いしばりながら、放心状態でお母さんを見つめているレイラの手を握って走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数週間後の深夜。
ハルカとレイラは、死に物狂いでエルーリ山脈にあるエルフの里に辿り着いていた。
「アリーナさん達なら助けてくれる筈……」
ハルカは寒さで震えた手でレイラの手を強く握ってそう呟きながら、アリーナ宅のドアを叩いた。
数秒後。
「誰だい? ちょっとは時間を考えてくれ」
あくびをしながらアリーナが戸を開けた。
「って、フリラのとこの子達じゃ無いか。旅から帰ってきてたのか」
アリーナは戸を開けたままハルカ達の頭を撫でた。
「どうした、またフリラになんか吹き込まれたのか? 悪いが今日は付き合えんぞ」
アリーナは頭を撫でるのを辞め、めんどくさそうに話した。
「「お母さん達が……」」
ハルカ達はか細い声で喋った。
「あ? フリラ達がどうしたんだ?」
「「お母さん達が魔界で魔族達に殺されたの!!」」
ハルカとレイラはそう叫び泣きながらアリーナに抱きついた。
「は?」
アリーナは理解が追いつかず、口が開いたままになった。
数秒後。
ハルカ達の喚き声を聞いて、ルカが様子を見に来た。
「どうしたんだ、アリーナ。まさか君が泣かしたのか?」
「この子達が、フリラ達が魔界で魔族達に殺されたって……」
アリーナはゆっくりと振り返りながら話した。
「っ! ……、取り敢えずこの子達を中に入れよう」
ルカは驚いた表情を浮かべたが、泣きじゃくっているハルカ達を見て直ぐに冷静に戻った。
「そうだね」
アリーナはハルカ達を連れて家の中に入った。
こうしてハルカとレイラは、アリーナとルカに育ててもらう事になったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時は戻り、『星神巨樹の森』の北側。
フォパースに首を掴まれて足を浮かせられているユキネは、自身の首を掴んでいる大きな手に爪を食い込ませて抵抗していた。
「その程度の力、痛くも無い。それに、魂之力を使おうとしても無駄だぜ。俺は力の神だ、体に触れていれば体内にある魔力の流れも制圧できる」
フォパースは鼻で笑いながら、ユキネを睨んでいる。
それから暫くするとフォパースの手に食い込んでいる爪の力は弱まり、ユキネは目を閉じて気絶した。
「クハハハッ、気絶しましたか。まぁ力の神に握られているんです。死ぬのも時間の問題ですね」
ルークは、未だ悪魔の様な笑いを浮かべながらユキネとフォパースを見ていた。
「それでは私は一足先に……」
ルークはそう呟きながら、『星神巨樹の森』に入って行った。
「ルーク、お前のその穢れた魂は、絶対に私とユキネさんで葬り去ってやる」
ハルカは拳を強く握りしめて殺意を一切抑えずに、森の中へと歩いていくルークを睨んでいる。
「俺はもう少し見物するか……」
シューゼはテンヤ達から少し離れた所で闇の姿を解き、腕組みをしながら棒立ちしていた。
少しすると、離れた所から怒号が聞こえて来た。
「ちっ、離せって言ってんだろうが!」
フォパースが怒号の聞こえた方へ視線を向ける。
そこには、創造魔法で簡易的なジャンプ台を作って、シューゼを飛び越えてこちらにバイクごと突っ込んできているテンヤとアカネの姿があった。
「そんなに言うなら、望み通り離してやるよ!」
フォパースはそう言い放ち、ユキネをテンヤ達目掛けてぶん投げた。
「ぶつかる!!」
アカネは今から起こる惨事を想像して目を瞑ってテンヤにしがみついた。
「ユキネを投げ飛ばすなんて許さない!!」
ラビッシュは両足に橙色の風を纏わせ、ユキネが飛んでいっている場所へと宙に飛び上がる。
テンヤ達の乗っているバイクと気絶しているユキネが衝突する直前、ラビッシュがユキネを抱き抱えてそのままの勢いで飛んで行った。
だが、一難去ってまた一難。
テンヤ達が身動きの取れない空中で、バイクの体勢を崩してしまったのに変わりは無い。
「そのバイクごとぶっ壊してやる!!」
ユキネとの衝突を免れてホッとしているテンヤとアカネの所へ、橙色の魔力を右拳に纏わせているフォパースが突っ込んで来たのだ。