150 世界を盤上とした対局
時を少し遡り、ライトニングがアビス達を追って、魔王城から飛び出した後。
魔王城の玉座の間では、残された者達が殺気入り乱れる中、一歩も動かずに睨み合っていた。
「おい、フォパース」
シューゼは腕組みで仁王立ちしているフォパースに偉そうな口調で話しかけた。
「何だ?」
フォパースは自分より背の低いシューゼに偉そうにされて少しイラついている。
「これは、俺らが動かねば始まらないのでは無いか?」
シューゼは不敵な笑みを浮かべながら、辺りを見ている。
「ふっ、そうだな」
フォパースは仁王立ちのまま、自信に満ちた表情でそう言う。
「では、動くとしよう」
フォパースは腕組みを崩して右腕を掲げる。
そして、橙色の魔力を腕に纏わせて、躊躇なく振り翳す。
振り翳された腕が突風で床を破壊し、玉座の間に煙が舞う。
リサは、咄嗟にサリファの前に行き庇う態勢を取る。
「『統治者』の指揮する者の力で、この場に居る虹雷剣とリサさんとテンヤさんに私の能力値を割り振って、『破滅帝』も使える様にした。私達にはライトニングの加護ある。思いっきり暴れましょう」
アンナが魔力を解放してそう言っている途中、能力値を割り振られた者達の魔力が格段に増えていっていた。
フォパースの起こした戦場の乱れを感じたガルノが動く。
「吹き飛べ!」
ガルノは右の拳に赤い突風を纏わせて、アンナ達虹雷剣に殴りかかる。
「させねぇよ、『黒土之大壁』」
ノアが両手を地面に触れながら魔力を解放すると、ガルノの前に玉座の間を分断する様な巨大な黒い土の壁が出現した。
「こんなんで止まる俺じゃねぇ!! 『紅蓮激情之突風銃!』」
ガルノはそう叫びながら土の壁をぶん殴り、突風と拳の威力で粉々に吹き飛ばした。
それを見て、ノアは両手に纏っている漆黒の魔力を見つめながら呟く。
「ちっ、やっぱこの魂之力は防御魔法に使ってもあんま強くなんねぇな」
「よくやったわ」
後方でそう言うエスメの両手の周りには、無数の赤い血の塊が浮いていた。
「『血女王之毒糸槍!!』」
それを見たフォパースは、ルークの元に近づいて行った。
「おいルーク、俺様の背中に乗れ。お前ぐらいの体重なら、背負っても走るスピードは落ちん」
「乗ります乗ります、乗らせてください」
ルークは軽い口調で喋りながら、フォパースお大きな背中に乗った。
「それではよろしくお願いしますよ。行先は、エルフの里があるエルーリ山脈で」
そう言うルークは悪人面で微笑していた。
「ちゃんとお願い出来て偉いじゃねぇか。行くぞ、シューゼ」
フォパースは先に、煙の中から真上へと飛び上がり、天井を破壊して南へと飛んで行った。
「あぁ……」
シューゼも一瞬ディヒルアの様子を確認してから、身体とその身に纏っている服を闇へと変えて天井に飛び上がって南方面へ飛んで行った。
ディヒルアは、その姿さえも傍観するのみで、動く気配はない。
一方で、フォパース達が魔王城から出ていったのをラビッシュ達は見逃さなかった。
「逃がさない! 追うのです!!」
ラビッシュは足に橙色の風を纏わせ、今にも飛び出しそうだった。
「ラビッシュ、ちょっと待って」
ミズキは慌ててラビッシュに駆け寄り、背中におんぶされる形で乗った。
「しっかり捕まっててよ!」
そう言ったラビッシュは破壊された天井へと飛び上がり、フォパース達を追い始める。
「ちっ、神のくせに弱腰だな。アカネ、ヘルメットの準備を。俺達も早く追おう……。こいつでな」
テンヤは真ん中にバイクの絵が描かれた水晶が嵌め込まれているチタン製のブローチの様な物を異空間に繋がる手袋の穴から取り出した。
テンヤはそれを右の手袋の甲に取り付ける。
「アオハ、良くやった。百億点やる」
そう言ったテンヤは右腕を前に突き出し、『創造神』の力で水色と黒色で塗装されたバイクを一瞬で創り出した。
バイクを創り出したテンヤは、水色のバイクグローブにある別次元に繋がる穴からライダーヘルメットを取り出して被り、バイクに跨る。
「作戦では聞いてたけど、テンヤ本当にバイク運転出来るの?」
アカネは紺色のライダーヘルメットを装着しながら、テンヤと二人っきりの時と同様に、低く落ち着いた口調で不安そうに質問する。
「確かに俺は免許持ってないが、ここは異世界だから関係ねぇよ。そもそも、相棒は俺が創ったもんだ。俺が一番扱える」
自信満々な笑みを浮かべて、テンヤは言い放った。
「事故だけはしないでね」
アカネはそう言いながら、バイクに跨った。
「私は空想の力で身体強化が出来る。先に行かせてもらおう」
「んじゃ、楽しい楽しいツーリングの始まりだ」
テンヤは不敵な笑みを浮かべながらエンジンを掛け、玉座の間の真ん中を南側へとバイクで疾走して行く。
「手、離すなよ」
テンヤに言われ、アカネはテンヤのお腹に手を回して体を密着させる。
「このバイクの燃料は魔力。運転手次第で強度とスピードが自由に変化する……。突っ込むぞ!」
テンヤは楽しそうに不敵な笑みを浮かべながら、魔王城の壁へとバイクを更に加速させる。
数秒後。
テンヤのバイクは魔王城の壁を破壊し、月が照らす夜空に舞った。
「居た……」
宙を舞うバイクに乗っているテンヤは、全速力で南へと走り抜けているフォパースと、その背中に乗っているルーク、その横を闇の姿で飛んでいるシューゼの姿を見つけた。
「逃す訳無ぇんだよな」
まるで、獲物を見つけた戦闘狂の様なアドレナリンマックスの殺意に満ちた水色の瞳で、テンヤが月明かりをバックに邪神二人を睨んでいる。
その後、テンヤ達を乗せたバイクは慣性のままに地面へ落下して行く。
「舌噛むなよ」
テンヤがそう言うと、アカネはテンヤに抱きついている力を更に強めた。
そして、バイクは大きな衝突音と共に地面に着地した。
「ふぅ〜、流石に怖かった」
テンヤはアトラクションに乗った後の様に、無邪気に笑っていた。
「つ、疲れたー」
アカネはテンヤを掴んでいる腕を緩め、一息ついていた。
「おいおい、こんなんでバテてる暇ねぇぞ」
「分かってる」
アカネは落ち着いた低い口調でそう言った後、自身とテンヤを黄緑色の魔力で覆って癒した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからニ十分後。
魔界の北側で、神と獣による追いかけっこが繰り広げられていた。
「ラビッシュ、もうちょっと揺れを抑えてくれない?」
「ごめんミズキ、アイツ思ってたより早いから、本気で走らないと見失っちゃう」
ラビッシュは真剣な表情で、フォパース達を逃すまいと走り続ける。
一方、その後ろを追っているテンヤ達は、バイクに乗っていると言うこともあって会話をしていた。
「ふっ、あの獣人って確か、前にいる力の神の魂之力を持ってるんだっけ?」
「うん。でも、相手は体の時間を早めてスピードを上げてるから追いつくのは無理。それを踏まえると、力の神と体力勝負で互角なのは凄い。けど、神の魔力は無限、あの娘の方が不利」
「あぁそうだな。でもこの大戦は世界を巻き込んだ戦い、将棋の様に盤面の未来を正しく読んだ方が勝つ」
テンヤ達が会話をしていると、地平線に巨樹の森が見えてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数分後。
テンヤ達が巨樹の森に近づいてくると、視線の先には堂々とした出で立ちでフォパース達を待ち構えていたユキネとハルカが見えてきた。
「来ましたね」
ユキネは、準備する時間が充分にあった為、雷鳴スーツを着ている。
動きやすくするために体のラインにピチピチに吸い付くよう選ばれた生地が、ユキネの魅力である艶めかしさを更に引き出している。
それに加えて白い狐耳に白髪ポニーテール、そしてモフモフの白い狐の尻尾が、漆黒の割合が殆どであるスーツによく映えており、威風堂々とした頼れるカッコいいお姉さんな雰囲気が溢れ出ていた。
「そうね。何か見知った魔将軍も混ざってるけど、アイツとは決着を付けたかったし、ここに配置されてラッキーね」
ハルカも、自分の組織『ヘルホワイト』の純白のスーツを着ていて、戦う準備は万端である。
そこに、ルークを背負って走るフォパースと闇の姿で飛んでいるシューゼがやって来た。
「お前はあの時の獣人か! そっちは……」
フォパースは二人の前で急停止し、ハルカに尋ねた。
「ヘルホワイトの盟主、ハルカだ!」
堂々と言い放つハルカは、威厳溢れるオーラを纏っている。
「フォパース、俺達の相手はコイツらじゃない。先を急ぐぞ」
「へいへい」
シューゼとフォパースが先へ進もうと、足を一歩踏み出したその瞬間。
深海色をした瞳が二人を睨み、ユキネが動く。
魔力を解放したユキネの周りからは白い冷気が放たれ、空気を吸うと肺が痛くなる程、周りの気温は急激に下がっていた。
冷気の風で白髪のポニーテールが揺れていて、真剣な表情をしている凛々しいユキネが言う。
「森羅万象を封じる氷の刃よ、突き刺され! 『封魂之狐氷刃!』」
白い冷気を纏いし妖艶かつ不気味なユキネの周りを囲う様にして、白い氷で出来た弾丸が複数個出現し、ファパース達目掛けて放たれた。
「シューゼ、これには当たるな!」
フォパースとシューゼは、後退りしながら槍を簡単に避ける。
だが、ユキネの魔法は時間稼ぎには充分な脅威であったと言える。
フォパースがユキネの白い氷の槍を無理やり避けて体勢が少し崩れたその時、ミズキを背負ったラビッシュが、フォパースの背中に橙色の風を帯びた右足で蹴りかかってきた。
「化け物ですね」
ルークは、冷静に一言そう呟いて、フォパースの背中から飛び降りた。
一方フォパースの方は、瞬時に振り返ってラビッシュの足を両腕で塞いだ。
「お前達の相手は、ボク達だ!!」
フォパースと力勝負をしているラビッシュは、自信満々な微笑を浮かべてそう言い放つ。
そんなラビッシュは、背後から照らす月明かりで顔に影が出来ており、イケメン度が増している。
「もう追いついたのか!?」
力の神である自身の力量とスタミナに届きそうな強者との出会いに、フォパースは笑みを溢す。