147 金色の亡霊軍と超越の雷
「ほんと。魔力が無いって、魔力で相手の動きを読んでいる魔族や強者相手にはバフでしかないね」
シュティモスはライム達の近くまで瞬間移動して、炎熊にもたれ掛かっているエミリアを遠目に見ている。
「私は大丈夫。『亡霊災害』 ……、行け」
エミリアは、心配そうに立ち尽くしている金色に輝く亡霊達に、逞しく鋭い眼差しを向けながら呟いた。
エミリアの言葉を受けた亡霊達は、直ぐさまライム達の方に体を向け、前進し始めた。
自我は少し残ってはあれど、主に従うだけの一度死んだ冷たき死魂達。
感情や意思は感じられず、無言で一歩一歩近づいてくる亡霊と動物霊達は黄泉の冷気を纏いながら、まるでゼーレ達を死の世界へと引き摺り込もうとしている様だった。
「数が多いな。ま、僕達は大勢の魔物相手を想定した連携も出来るんだけど……」
ゼーレは、ライムやレイラと顔を合わせ、白い剣を鞘から引き抜いた。
「空を掌握せよ。『反射水之空支配』」
レイラが魔法の杖を掲げると、金色の亡霊軍勢の頭上に様々な角度をした六角形の水の塊が大量に出現した。
それを見たライムは、指先に黄色い雷を集中させ、ゼーレは白い剣全体に悍ましい黒き魔力を纏わり付かせた。
「痺れろ。『電気之機関銃』」
ライムは、レイラが出現させた六角形の水の塊目掛けて電気の銃弾を連射した。
水の塊に当たった電気の銃弾は様々な方向へと跳ね返り、亡霊達の体を痺れさせて動きを封じた。
「死を宣告する。『死神之斬撃』」
ゼーレが悍ましい黒い魔力を纏わり付かせた白い剣を大きく薙ぎ払い、金色の亡霊達に黒く禍々しい斬撃を飛ばした。
斬撃は亡霊達に当たりはするものの、体をすり抜け、その先にある水の塊に反射されて様々な角度から金色の亡霊達を次々に斬るというのを繰り返し続けて、金色の亡霊達はまるで、斬撃の鳥籠に囚われているかの様に斬り裂かれ続けている。
そして、黒く禍々しい斬撃が体を通過した亡霊達は、突然全身の力が抜けたかの様にその場に崩れ落ちて、エミリアの前には、亡霊達の絨毯が出来ていた。
「この子達は私の魂之力で動いているだけの存在。生も死も、亡霊には関係の無い概念。私の魔力が続く限り、この行進は終わらない……」
エミリアが金色の魔力を宿した右手を掲げる。
「眠るにはまだ早いぞ。『再臨之亡霊行進』」
エミリアがそう言い放つと、金色の魔力が倒れている亡霊達まで伸び、亡霊達を起き上がらせた。
起き上がった亡霊達は、再びゆっくりと行進を始める。
エミリアの後ろで、マゼンタ色の雷が光を放つ。
「私を忘れないでくださいね」
フレヤは背筋の伸びた凛々しい立ち姿のまま、左手に持つ青色の槍にマゼンタ色の雷を纏わせて横一線に振り払った。
「超越の魅惑。魂之特性『超越之象徴』、『超越之肉体』」
そう言ったフレヤは、一瞬だけ体全体をマゼンタ色の雷で覆い、姿を消した。
「姿を消せる魂之力も、ぼくの前では無駄だよ」
シュティモスはエミリアを無視して、フレヤを追う為に姿を消した。
「『亡霊災害』。フレヤさんを守って」
エミリアの命令を聞いた巨大狼の動物霊三頭は、すぐさまフレヤを追って走り出した。
「貴方の相手は、ぼくだ!」
シュティモスは、フレヤの居るであろう場所の右斜め前に現れ、右足を振るった。
「超越の域は自由で満ちている」
しかし、マゼンタ色の雷を纏ったフレヤの尻尾がシュティモスの左足まで伸び、既の所でシュティモスの左足をぐるぐる巻きに捕まえて体勢を崩した。
空中で片足を奪われたシュティモスは、瞬間移動を試みる。
何故だ、空間移動が出来ない!
想定外の出来事にシュティモスは内心焦り、周りが見えなくなっていた。
「ガルルル」
そこへ、一頭の巨大狼がシュティモスの胸部に突進して来る。
まるで車と衝突した様な衝撃で吹き飛ばされたシュティモスは、喀血してしまう。
「ぐっ、まさか追いつくなんて。体が大きいと、その分一瞬で走り抜けられるのか」
シュティモスは頭突きを喰らった胸部を抑えて、目の前にいる巨大狼を睨んでいる。
「タリア、奴は走ってる。地面を見ればわかる筈だ」
シュティモスは後ろを振り返り、そう叫んだ。
「そうだね」
タリアは、星加護を受けている瞳で地面を凝視した。
「っ! 見えな……」
地面を凝視していたタリアは、違和感を感じて体を右に大きく逸らす。
「ぐっ」
体を右に逸らしたタリアは、何故か左頬に切り傷を作っており、タリアは切り傷を抑えながら膝をつく。
「大丈夫ですか!」
それを見たゼーレが、タリアの体を支える。
「外れてしまいましたか」
先程まで何も見えなかった空間から、マゼンタ色の雷を体に纏わせているフレヤが姿を顕した。
その左手に持っている槍にはほんの少し血が付いていた。
「動く音や足跡、魔力までもが感じられなかった。お前、何者だ?」
漆黒の剣を片手に、ライムがフレヤを睨んでいる。
「私は、超越の象徴。叡智を持つ者も、私の力は理解できません」
フレヤが冷たい視線をライムに向けていると、ライム達の後ろの方から、多くの人影が近づいてきていた。
「おーい、なんかデカい音がしたけど大丈夫か?」
ライム達やフレヤ達が視線を向けると、そこからは数十人の大人の『星屑之衆』達が歩いてきていた。
「っ! 何故悪魔がここに!!」
緑髪ショートの女の人は驚きながらも、星加護を解放して、身体中に緑色の流星を宿した。
それを皮切りに、周りの『星屑之衆』も星加護を解放していく。
「エミリアさん、これ以上は不毛です」
フレヤは、いつの間にかエミリアの隣まで移動しており、小さく呟いた。
「そうですね」
頷いたエミリアは胸の中心に手を当て、亡霊達を次々に自身の魂の中へと入れた。
「待て!」
ライムが走り出そうと足を前に出したのも既に遅く、マゼンタ色の雷光と共に、エミリアとフレヤは姿を消した。
「ごめん、逃しちゃった」
「良いさ、どうせまた会う」
「そうだね」
「二人共。そろそろ出発しないと、後一週間で魔王城に到着できなくなる」
「あれ、もう行くの? じゃあ早く準備しなきゃ」
「え? 準備って何のだ?」
「話したでしょ。私達『星屑之衆』には、勇者を待ち、魔王城までの後一歩をサポートする役割があるって」
「まさか……」
「そう、私とシュティモスに残りの旅をサポートさせて。君達は旅のプロだけど、魔王軍や魔界の事は私達の方が詳しいでしょ?」
「まぁそうだな」
「じゃ、ちょっと待ってて」
タリアはそう言って、シュティモスと共にピンク色の空間の穴に消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから十数分後。
駆けつけてきた『星屑之衆』と談笑しているライム達の所に、ピンク色の空間の穴が出現した。
そしてその穴からは、登山に持っていく様な縦長の黒い大きなリュックを背負ったシュティモスと、双剣を腰に携えているだけの身軽なタリアが出てきた。
「ごめんごめん、今日はここに泊まるのかと思ってたから用意遅くなっちゃった」
タリアは白いスポーツキャップの鍔を持ちながら、悪気の無い明るい笑顔を浮かべている。
「ぼくらの食料や水とか、その他諸々はちゃんと持ってるから安心して」
「シュティーちゃん。一人で持って、大丈夫?」
「うん。ぼく、足腰には自信あるから」
確かに、攻撃してる時も足しか使ってなかったもんな。
そうして勇者パーティとタリア達は、に来ていた『星屑之衆』達に見送られながら、『星屑之里』のある『星神巨樹の森』を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『星神巨樹の森』を後にしてから二日後の深夜。
魔界を北に進んだゼーレ達やシュティモス達は、二つのテントを張って、既に寝息を立てていた。
一方ライムは、近くの岩陰でディストラと会話をしている。
「タリア達がテントを持ってきてくれたお陰で、肌寒い魔界の夜も快適だな」
ライムは、テントの方を見て安堵の表情を浮かべていた。
「今まではテントどころか、寝袋すら無かったですからね」
ディストラは苦笑いを浮かべている。
「まぁ勇者の旅には急ぐ目的地がある分、他の冒険者みたいに依頼はこなせないから。食料を買うだけで割と財布の中が軽くなる。動物の狩がいつでも上手くいくとは限らないし……」
ライムは咳払いし、重い空気を纏う。
「それで、決戦までに全ての準備は整いそうか?」
真っ直ぐとした真剣な黒い瞳で聞かれたディストラは、気持ちを真面目モードに切り替えて、ライムに報告していく。
「はい、ナイトサンダーズと『烈日之帝王軍』、そしてその他サンダーパラダイス構成員及び協力者の皆さんは、各地で自分達に課せられた仕事を順調にこなしています」
「ナイトサンダーズは全員ラスファートに集まり、『烈日之帝王軍』所属の軍人は、皆エルーリ山脈の北にある海岸で待機しています。ハルカさん率いるヘルホワイトも、既に全員集合して、目的地へ移動していると報告がありました」
「私や虹雷剣の皆さんも同様です、決戦までには全て間に合うかと」
「そうか。ありがとう、ディストラ。今日も、僕が寝てる間は頼んだ」
「承知致しました」
ディストラはそう言って、ライムの影に戻った。
「じゃ、テントに帰るか」
ライムはあくびをしながら、テントの方へと歩を進めた。
そんなライムの影から、女の人の声が聞こえてきた。
「待って」
私服姿のアンナが、ライムの手を後ろからそっと握った。
「アンナ。もうこっちに来て良いのか?」
ライムが後ろを振り向くと、アンナは一歩後ろに下がった。
「うん、私のやるべき事は終わった。後は虹雷剣の皆んなで対応できる……」
アンナはライムの手を握ったまま、恥ずかしそうに視線を逸らして言葉を詰まらせている。
「だから、今日から寝る時は一緒に居ても良い?」
ライムの目を真っ直ぐ見ながら甘えた声で言ったアンナの顔は赤く染まっており、尚且つ雷雲の隙間から差し込む月明かりに照らされた美しくも可愛らしい姿に、ライムの庇護欲が刺激される。
アンナは、元々自分の気持ちに素直だったけど、付き合ってからは遠慮と言うのをしないつもりなんだな。
ま、その方が気づかぬ内にアンナの気持ちを抑えているなんて事が無くなるから、僕的にも有り難い。
アンナの可愛さに思わず頬が赤くなったライムは、顔を夜の暗さで隠す為にアンナから少し離れた。
「うん良いよ。でも、何処で寝ようか?」
少し肌寒い夜風を感じて体温を下げながら、いつも通り会話する。
「一応、私の分の寝袋はあるけど……」
アンナはライムの影に手を突っ込み、中から黄色の寝袋を出した。
「じゃあ、僕の寝袋持ってきて一緒に寝よ。魔物とかは、ディストラが居るから大丈夫だし」
こうして、ライムとアンナはこの日から魔王城に着くまで寝袋で添い寝する事になったのだった。