146 星屑の里
勇者パーティーが、『星神巨樹の森』に辿り着いていた頃。
武装国家ムーアの中心部にある王宮のとある一室では、王と成ったガンナーとその取り巻きだったチャラそうな見た目で緑髪の男が大量の書類に追われていた。
「ガンナーの兄貴、流石にこの量はキツ過ぎません?」
緑髪の男は、大量の書類をガンナーの座る机に置いて、弱音を吐いていた。
「黙って体を動かせ。魔王との決戦まで後一週間しか無いんだぞ。それに、サンダーパラダイスがラスファートの武器や武器工場を大量に国から買い取ったお陰で、俺達が処理する書類はだいぶ減っただろ? てか、お前が片付ける訳じゃ無いんだから文句言うな」
ガンナーは、手慣れた手つきで書類にハンコを押している。
「ハァー、そうですけど……。てか今更ですけど、何で俺達までサンダーパラダイスのメンバー何でしょう?」
緑髪の男は、書類を一枚取って、
「それは、ツカサって獣人と手柄を貰って王に成る代わりに、サンダーパラダイスに協力する国にするって取引したからだろ。ちゃっかりそれに乗っかっておいて、今更弱音を吐くなんざ、通用しねぇぞ」
ガンナーはそう言いながら、大量書類にハンコを押し続けていった。
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それから少しして。
『星屑之衆』の隠れ里、『星屑之里』がある『星神巨樹の森』へ辿り着いた勇者パーティーは、タリアやシュティモスと共に、紫色の霧に包まれた幻想的な森の中を進んでいる。
「この霧は、先祖代々大気中の水分を操る星加護を受け継いでいる一家が出している物。霧が晴れる事は無いから、私達を見失わない様にして」
タリアは歩きながら後ろを振り向いてそう話した。
それから暫く進んだ頃、ライムが口を開いた。
「そうそう。気になってたんだけど、タリア達『星屑之衆』が使ってる星加護ってどんな力なんだ?」
ライムに尋ねられたタリアは、自慢げに微笑み、語り始める。
「星加護は星神シュトラ様によって、私達『星屑之衆』に遥か昔に授けられた特別な力。基本は星が持つあらゆるエネルギーを貰い、私の『必中卓越眼』みたいに肉体を極限まで強化したり、星の空間を自由に移動出来ると言う物」
タリアがそこまで話していると、シュティモスが割って入ってきた。
「ま、ぼくみたいに空間を瞬間移動出来たり、元素を操れる人間も限られてるんだけどね」
シュティモスは、誇らしげに言った。
「ん? 星加護の力が、星の持つあらゆるエネルギーを貰えるなら、大気中にある魔素や星に宿ってる魔力を貰うことも出来るんじゃ無いか? その割には、タリア達から魔力を感じないけど……」
ライムは、タリアとシュティモスを凝視しながら話した。
「それは、魔力や魔素もこの星のエネルギーとして扱われるからだよ」
ライムの視線を感じたシュティモスは、難しい顔をしているライムの顔を覗き込んだ。
「それに加えて星加護は、神との戦争に参加したぼく達の先祖が、魔素や魔力が無く、魔法が使えない役立たずの人間だったから他の人間達に魔界に取り残されて、それを哀れに思ったシュトラ様が星からエネルギーを貰える力を授けたのが起源だからね。ぼく達は生まれつき魔素や魔力を取り込めないんだ」
シュティモスは、明るい雰囲気で語った。
「まぁあ、ぼく達『星屑之衆』がエネルギーをこの星から貰っても、エネルギーが底に着くのなんて何億年先かも分からないし、星加護は体内にあらかじめ貯めておく必要も無い。そう考えると、魔力や魔素を持ってないデバフなんて全然チャラだよね」
明るい雰囲気で話すシュティモスは、軽い足取りで先を進んで行った。
「でも、魔素や魔力が無かったら、勇者の素質である魂之特性やそれ以上の魂之力にも目覚められない。絶対勝てない魔王の一族が総べる土地で暮らすのは少し恐いと思う」
レイラがそう呟いた。
「そう。だから私達『星屑之衆』は、『勇者を待ち、魔王城までの後一歩をサポートする役割を神から頂いたのだ』って子供の頃から両親に言い聞かされてたの」
タリアは嫌な記憶を思い出したかの様に、重い溜息を吐いた。
「だから、わざわざ僕達を一目見に来てたのか」
ゼーレは腑に落ちた様子で頷いていた。
「それもあるけど……」
シュティモスは何かを言いかけていたが、急に後ろを警戒し、足早に先へと進んでいった。
ライム達も、その後を追う。
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それから数十分後。
ライム達は紫色の霧を抜けて、『星屑之里』へと辿り着いていた。
「ここが『星屑之衆』の隠れ里、『星屑之里』か……」
ゼーレが息を飲み込む先には、魔界を覆う雷雲と紫色の霧で、昼間にも関わらず薄暗く、周りを巨樹に囲まれている幻想的で広々とした景色が広がっていた。
「何回も森の中を右左に曲がったから、まるで迷路を進んでるみたいで疲れた」
レイラは魔法の杖を支えにしながら、疲れた表情で溜息を吐いていた。
「もう片方の手、繋いどくか?」
ゼーレはさりげない感じで、レイラに手を差し伸べる。
「うん、ありがとう」
レイラは、差し出された手を素直に握って背筋を伸ばし、目線を上げた。
「あの、あれって家何ですか?」
ライムが指差す先には、蔦に覆われた木造建築の一軒家が建っていた。
「うん、あれが『星屑之衆』の家。森に溶け込む為にわざと蔦を生やしてるけど、中は綺麗にしてるから安心して」
タリアがそう話していると、シュティモスが耳打ちしてきた。
それを聞いたタリアは頷き、ライム達の方に視線を向ける。
「皆んな慣れない土地を旅して疲れてるでしょ。おすすめの休憩場所があるから、そこに行こ」
タリアはそう話しながら、里の中を進んで行った。
ライム達もそれに続いて行った。
そして、その後を追いかける稲妻が二つ動き出した。
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「おぉー、こんな所もあるのか!」
ゼーレが息を深く吸い込みながら寝転んだそこは、紫色の霧が無く、澄み切った空気が漂う丘だった。
「あんな曇った景色だけの所に住んでたら、精神も曇っちゃうからね。この丘は森の中で唯一、霧が晴れてる場所なんだ」
タリアはそう言って後ろを振り返りながら、星加護を解放した。
すると、青に輝く流星の様な小さな光が体中を緩やかに流れ始め、碧眼は右目が月明かりの様な黄色で、左目が澄んだ夜空の様な青色のオッドアイへと変化していった。
「タリアさん、どうしたんですか?」
ゼーレ達は、突然戦闘態勢に入ったタリアに驚いていた。
それを他所に、シュティモスも星加護を解放して、まるで本物の流星の如く一瞬で流れては消えるピンク色の小さくも強い光が体中を流れ始めていた。
「ねぇ。さっきから後を付けてきてるけど、勇者パーティーを狙ってるのか、『星屑之衆』を狙ってるのかどっち? それとも、両方なのかな?」
シュティモスが、自分達が歩いてきた方角の草むらを睨むと、中から全身に赤紫色の雷を漂わせている少女の悪魔と大人な悪魔が出てきた。
「やっぱり貴方には気づかれてたのね。私の魂之力が通用しないなんて面倒な種族だ事」
フレヤは落ち着いた表情と口調で溜息を吐きながら、自身とエミリアの周りを漂っている赤紫色の雷を大気に散らせた。
「別に『星屑之衆』なら誰でも気づけてた訳じゃない。ぼくの星加護の肉体、『星授之掌握空間』は、この星の空間全てを完全に掌握出来る特別な物。魔力や魔素の量に依存せずにこの星全ての空間に干渉できるぼく相手に、かくれんぼを仕掛けるのは不可能だよ」
シュティモスは、勝ち誇った表情で言い放った。
「そんな力を持っていたんですか。流石は、魔王軍未開の地に住む物達です」
冷静な口調でそう言うフレヤの桔梗紫に澄んだ瞳は、冷たい殺気を放っている。
「でも私達に気づいてたなら、魔将軍を見す見す隠れ里へ案内して良かったの? お姉さん」
エミリアは、煽る様にタリアに言った。
「構わない」
黄色と青に輝くオッドアイの瞳は、力強くエミリアを睨んでいる。
「貴方達、どうして『星屑之里』が魔王軍未開の地なのか、魔王から教わらなかったのか? まぁ、教わってたら二人で隠密行動なんてしないと思うけど」
タリアがそう言い終わると、横に居たシュティモスは、まるで初めからそこに居なかったかの様に音も出さず、一瞬で姿を消し去った。
「エミリアさん、初めから全力で行きましょう」
赤紫色の雷を槍に纏わせ、鋭い桔梗紫色の眼光を放っているフレヤは、タリアに意識を向けすぎてシュティモスが消えている事に気付けていなかった。
「はい!」
フレヤと同様、エミリアも完全なる敵陣での戦闘開始で視野が狭まってシュティモスを気にも止めずに胸に手を当て、そこから金色に輝く魔力を放っている。
エミリアの金髪ツインテールは魔力が起こす風で靡き、暗く赤い瞳は覚悟の決まった真っ直ぐとした瞳をしていた。
「呪いを宿した亡霊よ、眠りから醒める時だ。『亡霊之行進』」
エミリアの力強い言葉と共に、胸に宿していた金色の魔力が一つ一つの光の筋と成って地面へと散らばった。
地面に散らばった光は暫くすると、金色に輝いたままハイエナの様な容姿の魔物や、この前酒場で首を刎ねた黒髪ボブヘアに赤に染まった瞳をした美少女等々、幾多の知性ある種族や魔物へと姿を変え、ゼーレ達やタリア達の前に総勢五十体以上は居る金色の亡霊軍勢として立ち塞がった。
その光景は、金色に輝く亡霊達と大気に漂う紫色の霧や巨樹の数々が作る幻想的な背景が調和し、不気味さと美しさが共存した神秘的な光景となっていた。
「すみません、フレヤさん。こんな狭い所じゃ、このぐらいしか出せないです」
「充分ですよ。流石は魔王軍一の軍事力を誇る組織、『亡霊災害』の君主です」
フレヤはそう言いながらタリア達に詰めようと槍を強く握り、今にも飛び出しそうな姿勢だった。
「行け! 『亡霊災害!!』」
エミリアが右腕を前に突き出してそう言い放った瞬間、背後に突然気配が顕れた。
エミリアが後ろを振り向くと、そこには空中で右足をエミリアの横腹目掛けて振っているシュティモスが居た。
エミリアが防御姿勢を取ろうとしたのも既に遅く、シュティモスの真っ白な美脚足裏がエミリアの横腹を捉えて、蹴り飛ばした。
その後、シュティモスは華麗に着地し、蹴り飛ばされたエミリアは、瞳に炎を宿した大きな図体の炎熊に受け止められた。
「ありがとう、炎熊」
エミリアは横腹を痛そうに抑えながら、炎熊のカチカチな毛を優しく撫でた。
「何したの?」
エミリアの殺気立った赤い瞳が、シュティモスを強く睨む。
「へへっ、敵に教える訳無いでしょ」
ピンク色で、流星の様な小さくも強く光る光を体中で発光させながら、シュティモスは煽る様に言い放った。