145 星屑達
「『自由彗星』が何故ここに!?」
周りに居た魔族たちは、タリアの姿に驚いてその場から去って行く。
「ふぅー」
それを見ていたタリアは、溜息を吐いて力を抜く。
そうすると、黄色く変化していた瞳や体中を巡っていた流星の様な青い小さな光は、徐々に碧眼へと元に戻った。
「タリアさん、さっきの戦い凄かったです! でも、あんなに無茶な体の使い方をして怪我とかは大丈夫ですか?」
ライムは興奮気味にタリアに迫った。
「大丈夫! 私は目が良いし、体も柔らかいから」
タリアが自信満々に自分の胸に手を当てて満面の笑みを浮かべていると、タリアの後ろから人影が降りてきた。
「タリアの持つ星加護、『完全掌握眼』は、視力や動体視力等が極限まで上がり、相手のどんな些細な行動にも対応して必ず攻撃が当てれると言う物」
黒髪ウェーブショートに薄い赤のメッシュが入っていて、桜色の美しい瞳をした男の娘がそう話しながらゆっくりと降りてきている。
「常人がもし手に入れたとしても、ただ視力が上がった事を喜んで終わりだろうけど、タリアは元々の体の柔らかさと一瞬の判断力とそれに対応できる反射神経の高さ。そして過酷な魔界での生き残りで培ってきた圧倒的な手数の多さを駆使して完全に物にしてるんだよ」
長々と自慢げに話しをしていた男の娘は、やっと平静を取り戻し、ライム達が戸惑っているのに気がついた。
「おっと、タリアの事になるとつい話しすぎちゃうな。ぼくの名前はシュティモス、『自由彗星』のメンバーだよ。気軽にシュティーって呼んで」
シュティモスは、低くも可愛さの感じる声で自己紹介をした。
「宜しくね、シュティーちゃん」
レイラは小さい子を相手する様に笑顔で話した。
その反応を見たシュティモスは、嬉しそうに微笑んでいた。
「タリアさん、助けてくださりありがとうございます。でも、殺してしまってよかったんですか?」
ゼーレは死体と成った魔族達を見ながら、タリアに話しかけた。
「うん。コイツらは度々窃盗や殺し、他にも色々と悪事を働いてたらしいからね」
「らしい?」
ライムは疑問を投げかけた。
すると、シュティモスが前に出てきて、説明口調で話し出す。
「ぼく達『自由彗星』の受け持つ仕事は、魔界で悪事を働く者が居た場合に匿名の依頼を受けて、犯人を捕まえたり処刑したりする事なんだ」
「『星屑之衆』は、潜在能力的にそこらの魔族達より強いからね。ま、魔王軍を初め、魔族の組織とは『星屑之衆』全員が関係を持ってないから安心して」
タリアは真っ直ぐとした碧眼でライム達を見つめる。
「待ってください。『自由彗星』のリーダーともあろうお方が、何故こんな辺鄙な村に来てるんですか? 他のメンバーに任せれば良い筈ですけど……」
レイラは恐る恐る口を開いた。
「ふふっ、そんな勘繰らなくても大丈夫。ここに来たのは、勇者達が魔界の近くまで来てるって聞いていて、勇者達が通るであろう村に犯罪者がいるって依頼が来てたから、君達を一目見るついでに面倒事を片付けてあげようと思っただけだよ」
タリアはそう話しながらジェスチャーでレイラ達三人を集まらせ、顔を近づけた。
「実は、私達『星屑之衆』としても、魔王軍は神聖な星を執拗に荒らす敵だからさ」
タリアは小さな声量でヒソヒソ話をした後、ライム達から少し離れて、悪い笑顔を浮かべた。
「じゃ、君達とも会えたし、仕事も終えたから集落に帰るよ」
タリアが軽い口調でそう言うと、シュティモスは星加護を解放した。
星加護を解放したシュティモスの全身には、ピンク色に激しく光り輝きながら流星の様に流れては消える光が現れていた。
ピンク色の流星の様な光をその身に宿したシュティモスは後ろを振り向き、手を突き出してタリアの背後に大きな空間の穴を出現させた。
「バイバイ、勇者パーティー」
シュティモスは、手を振りながら笑顔で空間の穴へと消えて行った。
「じゃあね。まぁまた会えるけど」
タリアは小さく手を振りながら、空間の穴に入って行った。
それから暫くして、怒涛の展開に圧倒されていた勇者パーティーが一息付いていた。
「ハァー。情報は多いし、展開が早すぎるから気疲れしちゃった」
レイラは溜め息を吐きながら、魔法の杖に寄りかかった。
「でも、この村に長居するのはマズイな」
ゼーレは、建物の影や窓の隙間からこちらを睨んでいる無数の視線を警戒している。
「うん、僕達が勇者パーティーなのは魔界にも知れ渡ってる。出来るだけ早く魔王城に向かおう」
ライムは驚いて肩からズレていたリュックを背負い直して、北へと歩みを進めた。
ゼーレとレイラも足早にライムの後を付いて行く。
そんなライム達を、建物の影から見ている視線が二つあった。
しかし、ライム達はこれに気づくこと無く、村を出たのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同時刻。
ラスファートでは一番人口が多く、住宅が密集して建て並んでいる南西区。
そんな南西区のとある一角には、まるで旅館の様な外装をした四階建ての『空想教会』本拠点が鎮座している。
そして正面の扉の横には、虹色に輝く幻想的な蝶が描かれた空想教会の旗が旗めいていた。
そこへ、ダウナーな雰囲気を纏うマーシとステラが扉を豪快に開けて入って行く。
「あ? 外装は綺麗だったが、中はまだぐちゃぐちゃだな」
マーシは、ダンボールやその他荷物が山積みになって散乱している惨状を見て鼻で笑った。
「マーシ。流石に喧嘩越しで入るのはマズイ」
ステラは、周りの人間を警戒しながら、前を歩くマーシについて行く。
「おい。あんたが受付か?」
マーシが受付に膝を乗せて尋ねた先には、サキが座っていた。
「ジャスティスクローのメンバー兼、空想教会の受付、サキです。ご用件は何でしょうか?」
「俺達を『空想教会』に入れてくれ。ここは住所が無い者、両親の居ない未成年でも入れんだろ?」
「はい、そうです。ですが、入って頂く前に幾つか試験があります。同意書にサインしてから担当の者について行って下さい」
サキは同意書とペンをマーシ達の前に出し、優しく包み込む様な笑顔を向けた。
「りょうかい」
マーシは、獰猛な獣の如き闘志の燃えたぎった瞳を輝かせながら同意書にサインした。
こうして、マーシとステラは同意書にサインしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
またまた同時刻。
サンダーパラダイス本拠点の四階にあるテンヤとアカネに用意された大部屋。
そこでは、テンヤとアカネが細長い端末を起動して、何者かと連絡を取っていた。
「久しぶりですな! テンヤ殿、アカネ殿」
テンヤの持っているスマホ画面には、内カメで通話している銀髪に長い髭を蓄え、オレンジ色の瞳をしたマッチョなドワーフが明るい笑顔を浮かべている様子が映っていた。
「久しぶりって、普通に定期連絡とかはしてただろ」
「いやはや。やはり、生で顔を合わせないと会ってるという実感が湧かない物です」
「ま、慣れてなかったらそうなのかもな」
「所でカムクク、アオハはそこに居るか?」
「はい」
そう答えたカムククは、フラスコや顕微鏡、他にも沢山の実験道具が置かれている理科室の様な部屋を歩き出す。
「アオハさん、テンヤ殿がお呼びですよ」
カムククは、部屋の奥にある扉を開けながらそう言って、机と睨めっこしている一人の女性に歩み寄った。
「テンヤさん! あ、あの、まだ完成してないんですよねー。えへへ」
テンヤと通話しているカムククに気づいたアオハは、机に置いている未完成な真ん中に何も嵌め込まれていないチタン製のブローチの様な物を、体を覆い被せて慌てて隠してしまった。
髪は青色ウェーブロングで、瞳の色は淡い黄緑色。
シワのついた白衣を着て目の下にはクマを作っている残念系でダウナーな女性。
「あ〜、別に良いぞ。決戦まではまだ期間があるからな。今回はただ進捗を聞きたかっただけだ。形は出来てる様で安心した」
テンヤが優しい口調で話していると、隣に居たアカネが画面に割り込んできた。
「それよりアオハ。前、通話した時もちゃんと寝なさいって言った筈だけど」
アカネは、テンヤと居る時より少し明るい声色で言った。
「あ、アハハ、ちゃんと寝てますよ。ただ、設計図を持ってくる人がテンヤさん程の天才だと、理解するだけでも時間が掛かるんです」
チタン製のブローチの様な物を手で弄りながら、アオハは苦笑いを浮かべている。
「まぁいつもテンヤの無茶な注文に対して、完璧な物を作っているのは凄いと思う。でも、一日ぐらいはちゃんと0時までに寝なさい」
アカネは優しい口調で話した。
「はい、気を付けます。じゃあカムクク、コーヒー取ってくる」
アオハは椅子から立ち上がり、部屋から早足で出て行く。
「ちょっと」
アカネの制止の言葉は届かず、アオハはそのまま部屋から出て行ってしまった。
テンヤはアオハの自由っぷりに苦笑いを浮かべていた。
「そうそう。このブローチの他に、頼まれていた物は殆ど完成しております。全て完成したら、サンダーパラダイスの方に届けて頂く手筈も整っておりますのでご安心下さい」
カムククはそう言いながら、様々な色の水晶をカメラで映した。
「そうか、ありがとう。じゃ、用は済んだから寝るとする。カムクク、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
カムククはそう言って、通話を切った。
「ハァー、アオハは本当に自由人なんだから」
アカネは先程とは違い、落ち着いた雰囲気を纏った低い声で話しながら溜息を吐いている。
「アカネって、やっぱ面倒見が良いよな」
スマホを机の上に置いて、隣に座っているアカネを見て話した。
「何処かの天才君のお陰でね」
アカネは低い雰囲気のまま、テンヤの頬を軽く突いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから八日後のお昼頃。
勇者パーティーは、魔界の中心部まで旅を進め、紫色の霧が立ち込めているとある森の中に入っていた。
「おいおい、何だよこのバカデカい木々は!?」
ゼーレ達が驚いているその周りでは、樹高は百メートル、根元の周囲は三十メートルを優に超えている巨樹が密集して聳え立っている巨樹の森が堂々たる存在感を放っていた。
ラビッシュからは、こんな森があるなんて聞いてないぞ……。
ライムは幻想的な景色に見惚れていた。
まあ、あの楽観的な性格を考えれば、報告すべき事だけ覚えて、こう言うのは別に良いかってなってそうだな。
ラビッシュの部下も皆んな似た性格だってアンナが頭抱えてたし、情報が伝わらなくてもしょうがない。
「まぁ、こんぐらい常識外れな景色が広がってる方が魔界って感じがして良いか」
ライムは常識外れな景色を前に、思わず笑っている。
「そうね」
レイラも眼前の景色に圧倒され、苦笑していた。
ライム達は、森の景色に圧倒されて暫く沈黙の時間が続いていた。
すると、ライム達の頭上にある巨樹の太い枝からタリアが白のスポーツキャップを抑えながら飛び降りてきた。
「久しぶりー! ようこそ、『星屑之衆』の隠れ里がある『星神巨樹の森』へ」
軽い身のこなしで音もなく着地したタリアが明るい笑顔で出迎えた。
「タリアさん! お久しぶりです」
ゼーレは、タリアに明るい笑顔を向けている。
ゼーレ達が再会を喜んでいると、突然タリアの後ろにピンク色の空間の穴が空いた。
「ぼくも居るよ」
空間の穴からは、星加護を解放しているシュティモスがスッと顕れた。
「シュティーちゃんも来てたんだ」
レイラは嬉しそうに微笑んでいる。
「里が魔界の中心にあって良かった。それじゃあ行こう。私達の隠れ里、『星屑之里』へ」
タリアは元気よく腕を上げ、森の先へと進んでいった。
その後を、シュティモスと共に勇者パーティーは追いかけて行く。
そして、その後を更に追いかける小さな影と大人の影が二つあった。
決戦まで、あと一週週間……。




