144 魔の世界
五十メートルの高さから波荒れ狂う海へと落下したオーバートロカム号は、ピンク色のシャボン玉に包まれ、無傷で着地していた。
「ふぅ〜、間に合って良かった。エオレルカ達に船底を攻撃され続けてたからね。流石に耐えれなかっただろう」
エマはピンク色のシャボン玉を破裂させ、安堵の表情を浮かべていた。
「そろそろ十二時を回るか。夜行性の海の魔物は厄介な奴ばっかだからな。魔力切れになるまでボクの風で加速させよう」
そう言って、スズリは再び碧い風を海賊船の船底に引いて、前進させた。
それから少ししてエマと勇者パーティーは、オーバートロカム号内にあるエマの部屋に移動していた。
そこでエマと勇者パーティーは、蝋燭に灯りを付けて木製の机を囲んで食事をしている。
勇者パーティーが食事をしていると、エマが口を開いた。
「やはり、勇者パーティー程の者と船に乗っていると、海の魔物も敵では無いね」
エマは穏やかな笑顔を勇者達に向けている。
「まぁ物理が効かなかったプリュトロムに比べれば楽勝でしたよ。アッハハ!」
ゼーレはジュースを豪快に飲んで、そう言い放った。
「それで、こうしてエマさんの部屋で私達4人だけで食事をしているのには、何か理由があるんですよね?」
レイラは静かにエマに問いかけた。
「うん、そうだよ。これから魔界に入る君達に伝えたいことがあってね」
「伝えたい事?」
ライムはエマがこれから言う事を予想する様に考え事をし始めた。
「実は、ゼーレ君達を追いかける前に一応スズリと2人でヒストア図書館にある魔界の歴史書を読み漁ってみたんだけど、ある本に興味深い種族について書かれてたの」
エマの言葉に、蝋燭一本に照らされた部屋の空気は冷たく一変した。
「その種族は魔界に居るにも関わらず、生物学的には人間で、星神『シュトラ』と言う神を信仰している種族……」
エマの話した言葉に、言葉を失い驚きを隠しきれない勇者パーティー。
おいおい、魔界は魔の者だけの世界じゃないのか? 人間も魔法は使うけど魔の者では無い筈だし……。
てか、前にアンナの言ってた人間達はこれの事か。
ライムが疑問等を頭の中で呟いていると、レイラがエマに疑問を投げかけた。
「ちょっと待って下さい。人間なら種族では無くて部族と書くべきなんじゃ? その本は人間が書いた書物なんですよね?」
「私達もその本を読んでいる途中はそう思っていた。でも、その種族は魔力を持たず、魔素も魂に貯めれない。その代わりにある特別な力を使う事が出来、人類や魔族にも分類されない特殊な種族みたい」
そう言ったエマは、重たい空気を纏い始め、小さく息を吸った後、再び話し始めた。
「そしてその種族の名は……、『星屑之衆』と記されてあった」
「これが私が君達に伝えたかった事。勇者パーティーの皆んな、私もまだこの種族についてはあまり詳しく無い。もし出会ったら気をつけて」
「はい」
ゼーレは真剣な表情で返事をした。
そんなゼーレ達を乗せて、オーバートロカム号は魔界を目指してレイキル海を進んで行く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日の朝九時頃。
ライム達勇者パーティーは、前の船旅で寝泊まりした部屋で未だ熟睡していた。
「おい起きろ、いつまで寝てるんだ。もう魔界に着いてるぞ」
スズリが部屋の扉を開けた事で、部屋に日光が入る。
「しょうがないだろ。こっちは登山の後、直ぐに戦って体力も魔力も限界だったんだよ」
ゼーレは不機嫌そうに言いながら、布団から起き上がった。
「ユニスと魂が繋がって魔力も増えて貯めれる魔素も一気に増えたから、あの数の魔法を展開してもまだ余力がある」
レイラは胸に手を当てながら、小さな声で嬉しそうにしていた。
「ほら、ライムも起きなよ」
ゼーレは隣のベッドで横向きでうずくまって寝ているライムを軽く叩いた。
「う〜ん、もう起きる時間か」
ライムはあくびをしながらスッと起き上がった。
「じゃ、朝食食べて朝のトレーニングしてくる。天気も良さそうだし、船首でしたら気持ちいいだろうなー」
そう言いながら、寝起きとは思えない程素早く着替えや朝食を済ませて部屋から走って出て行った。
「ハァー、よくもまぁ朝っぱらからあんな元気に活動できんな。流石は勇者パーティーのゴリ押し担当って所か」
そう言ったゼーレは、レイラと顔を見合わせてまるで元気いっぱいの子供を見送った後の様に微笑んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数十分後。
ゼーレとレイラも着替えや朝食を済ませてデッキに出て来ていた。
「あれが魔界か……」
ゼーレが見渡す眼前には、黒い大地とその上を雷雲が覆っている光景が広がっていた。
その横では、ライムが腹筋を汗を流しながらゆっくり行なっていた。
「九十一、九十二、九十三……」
「朝からそんなハードに追い込めるの、マジ才能だよな」
「ま、自分を限界まで鍛え続けて最強を目指すって言うのは、魔王を倒すって言う目的以前に、趣味だからな。飽きる事なく無限に鍛えられる」
朝のトレーニングを終えたライムは、息を整えながら立ち上がった。
「私とスズリはオスカー王様とクロエ王女様の護衛があるからここでお別れになる」
ライム達が魔界の景色を眺めていると、エマが船首からデッキに降りて来た。
「勇者パーティー、武運を祈る」
エマの紺色で真剣な眼差しと可愛らしくも力強いお姉さんボイスは、勇者パーティーを鼓舞した。
「お前達が魔王にやられたら、漁夫ってボクこそが覇者だって世界に知らしめてやるからな……。だから、勝てよ」
スズリは少し煽り口調で話しながらも、表情は真剣な物であった。
「渡り板、下ろしました!」
勇者パーティーとエマ達が見合っていると、ケントの声が下から聞こえて来た。
「それでは、行ってまいります。ここまで連れて来て下さり有り難うございました」
ゼーレは白い剣を抑えながら、美しいお辞儀をした。
「アメリアさん、内気な私とも気兼ねなく接してくれてありがとうございます」
レイラは少し照れくさそうにしながら気持ちを伝えた。
「アハハッ、そんな事でいちいち礼なんて言うもんでも無いと思うけど。ま、レイラちゃんと話してる時、楽しかったよ。また会おう」
アメリアは豪快な笑い声と共に爽やかな笑顔をレイラに向けていた。
「じゃ、魔界に上陸しようぜ」
ライムは大きなリュックを背負い、一足先に渡り板を降りて行った。
「おう。レイラも行こ」
ゼーレはレイラに手を差し伸べた。
「うん」
レイラは差し出された手を握り、ゼーレと一緒に渡り板を降りた。
「じゃあまたヒストア王国か、大陸や海の何処かで会おう。野郎ども、出航だ!」
エマの声と共に船員達は錨を上げ、帆を張り、出航の準備を整えた。
そうして、エマ達を乗せたオーバートロカム号は、西へと魔界から遠ざかって行った。
その姿を勇者パーティーは、水平線の彼方へと消えるまで見届けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから数十分後。
ライム達はとある村の前に到着していた。
「ここに来るまでは魔族と出会わなかったけど、流石に村に入ったら会うだろうな……」
ライムの目の前には、黒い大地の上にボロボロの木造建築の家が數十個建て並んでいた。
「魔界の村……。村を発見した度にいちいち迂回するのは時間が掛かる、警戒して行くぞ」
ゼーレは真剣な表情でライムとレイラに伝えた。
そうして、勇者パーティーは魔界の村へと足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ライム達が村に入ると、魔族達の視線を一斉に集めてしまっていた。
「白髪人間に黒髪獣人と青髪エルフ……」
金髪赤目でサキュバスの容姿をした女がライム達を遠目に呟いた。
他にも、至る所でヒソヒソ話しが聞こえて来た事で、ライム達は緊張しながら歩を進めている。
「おいおいお前ら、この前フレヤ様が言ってた勇者パーティーじゃねぇか?」
ライム達が村を進んでいると、後ろから男に話しかけられた。
ライム達は立ち止まり、ゼーレがゆっくりと後ろを振り向く。
「いえいえ、僕達はただの旅人です……。っ!」
ゼーレが後ろを振り向くと、そこにはガラの悪そうなオーガや知性のある立ち姿のゴブリン、薄汚い服装の魚人達が十人程、棍棒などの武器を手に立っていた。
「旅人ぉ? ま、勇者も旅はしてるし嘘では無いな!!」
リーダー格のオレンジ髪に黄色い瞳をした筋骨隆々なオーガがそう言い放ちながらゼーレに棍棒を振り下ろすと、それに合わせて周りの魔族達も一気に攻撃してきた。
その瞬間、近くにある大きな建物の屋根に二つの謎の力が突如出現した。
その発現源では、クリーム色のショートヘアに碧眼の瞳をしたスポーティーな服装、そして白のスポーツキャップを被ったロリ体型の女性が、腰に携えた黄色と青の双剣を引き抜きながら姿勢を低くして力を溜めていた。
「星加護の眼、『必中卓越眼』……」
そう呟いて力を解放すると、体中を流星の様に流れ消える青く小さな光が流れ始めて、碧眼は徐々に夜空に輝く綺麗な満月の如き黄色へと変化していった。
「タリア、ぼくは見学しとくよ」
タリアの隣に立っている女性の様な黒髪ウェーブボブにピンクのメッシュが入っていて、桜色の美しい瞳をした、幼い女の子っぽい外見の男の娘がダルそうに言った。
服装は、裏地がピンク色の灰色パーカーを羽織り、黒いショートパンツを履いて白い素足を露出している攻めた服装。
「オッケー、行ってくる。『欠点無之彗星舞』」
タリアはそう言いながら、ライム達に殴りかかっている魔族達に屋根を蹴り上げる爆音と共に突っ込んで行った。
魔族達に突っ込んで行ったタリアは、ほうき星の様に尾を引く黄色い光や火花と共に、水流が如く柔軟なステップと華麗な双剣捌きで敵を切り刻んで行った。
「何でここにタリアが!? くそっ!!」
魚人の男は、タリアの隙を見て斬り掛かった。
しかし、タリアは真上へ飛び上がりながら魚人男の胴体を左手に持った紫の短剣で切り裂いたのだ。
「勇者は魔族の敵だ。邪魔するな、半端もん共が!!」
リーダー格の風貌をしているオーガは、空中に飛び上がっているタリアの背後に回り込んで棍棒を振り下ろした。
マズイ、これは入る。
ライムだけでなく、その場に居た者全員がそう思っている中、タリアは不敵に笑っていた。
「その程度で私の死角を取ったつもり?」
そう呟いたタリアは空中でいきなり後ろ回りをして、オーガの振り下ろした棍棒を避けながら、オーガの頭上を回り、後頭部を右足で蹴り飛ばした。
その際、被っていた白い帽子は宙に浮かんで地面に落ちた。
蹴り飛ばされたオーガは、建物の壁にぶつかり痛みに苦しんでいた。
他の者たちが驚いているのも束の間、今度は地面に不安定な体勢の左足しか着いていないのにも関わらず、オーガの方に無理やり飛び込みながら体勢を立て直し、右に持っている黄色い短剣を逆手に持つ。
そして、逆手に持った黄色い短剣を壁にもたれ掛かっているオーガの喉に突き刺した。
オーガは喉を刺された事で、直ぐに喀血して痛みで叫んだ。
「ちっ、流石に浅い」
そう呟いたタリアは、オーガの喉に突き刺した剣を手放し、空中に飛んでから体を捻り、回し蹴りで剣をさらに深く突き刺した。
そして、オーガは深く刺さった剣で喀血や血痰が出ず、自分の血で窒息死したのだった。
オーガの死を確認したタリアは、喉に突き刺した剣を引き抜き、両方の剣を鞘に収めて地面に落ちた帽子を拾い上げて被った。
それから、服についた土汚れなどを払って勇者パーティーに歩み寄る。
その姿は、まるで冷酷な暗殺者の様な風貌だった。
「私はタリア、『自由彗星』のリーダーをしている。勇者パーティー、君達を待っていた」
タリアは陽気な雰囲気と笑顔で、ライム達に自己紹介をした。