140 エルフの里
早朝四時頃。
やっべぇ〜! 雰囲気に飲まれてそのまま寝てしまっていた〜〜!!
ライムは布団を退けて起き上がった。
って、ディストラは既に影の中に入って寝てるな。
部屋に入るの気まずかったろうに、僕らが起きる前に入ってくれたのは気遣いか?
ライムは、自分の影を見て明るく微笑んでいる。
「ん〜、もう朝なの?」
ライムが起き上がった音で、アンナも目を擦りながら眠たそうに起き上がる。
「ううん、まだ朝日は昇ってない。起こしちゃってごめん」
「大丈夫。それに、ライムが起きる時間には起きないと、メイドの仕事ができないし……」
アンナは少し照れながら話した。
「あの、その事についてなんだけどさ……」
ライムは姿勢を正し、真剣な顔つきで話し始めた。
「僕達はもう付き合ってるんだから、メイドじゃなくて対等な関係で良いんじゃない?」
「そうね……。私達、本当に付き合ってるんだよね?」
「うん、付き合ってるよ。アンナ、夜静かに嬉し泣きしてたじゃん。どうして?」
「えっと……。泣き止んだ後は直ぐに寝ちゃったし、今まではっきりとライムから伝えられたことが無かったから、現実味が湧かなくて。もしかしたら夢なんじゃないかって不安になったの」
「まぁ確かに、メイドと言う役割を言い訳にして、今まで友達以上恋人未満な関係を続けてたからな」
ライムは苦笑いを浮かべている。
「でもさ、泣くほど嬉しいなら、アンナの方から告白してくれても良かったんじゃない?」
「だ、だって、貴方は勇者と旅をして忙しいだろうし、私もノアや他の虹雷剣の皆んなが手伝ってくれるとは言え忙しかったから、無理矢理告白して互いの時間を圧迫したくなくて。でも、私も魔王を倒し終わった後に告白したいなとは思ってたから、ライムの方から告白してくれて本当に嬉しかった」
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされながら、明るい声色と満面の笑みを浮かべているアンナの姿は、太陽の様に眩しく見えていた。
「サンダーパラダイスの事を想って、自分の気持ちを最後まで出さずに居たのか。ありがとう」
その後、少しの間二人は見つめ合っていた。
「それで、対等な関係ってのはどうかな? 一応、組織的には僕が一番上ではあるけど、プライベートは別でさ」
「そうね。じゃあこれからは彼女として貴方を支えていく」
そう言いながら、アンナはクローゼットを開けてライムの服を用意し始めた。
はぁ、結局やる事は変わらないんだな。
ライムはそう思いながらも、アンナに甘えて朝の支度を手伝ってもらうのだった。
「そうそう、この前ラビッシュに魔界調査での報告を受けたんだけど、どうやら魔界には特殊な力を持つ人間達が暮らしているらしいわ。ラビッシュが今まで見つけられなかった事を考えると、厄介な敵かもしれないから注意して」
アンナは、ライムに服を着せながら話した。
「へぇ〜、魔界にも人間が居るのか」
ライムは適当な返事で流した。
それから数十分後。
「じゃ、そろそろ行かないと怪しまれるから、行ってきます」
そうだ。ゼーレ達の所に行く前に、森ん中で日課のトレーニング終わらせとくか。
そんな事を考えながら、ライムはリュックを背負ってドアノブに手をかけた。
「次に会う時は魔界だね。頼りにしてるよ、皆んなが作ってくれたサンダーパラダイスを」
「えぇ、任せて頂戴。貴方が提案してくれた作戦、絶対に成功させてみせるから」
力強い言葉を聞いたライムは、黒雷をその身に纏い、窓を開けて朝の新鮮な空気を感じながら、まだ少し暗い空へと飛んで行った。
一方アンナはと言うと、朝の風に艶やかな金髪を揺らしながらその姿を見えなくなるまで明るい表情で見続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時刻は朝七時半。
ライムは、ゼーレ達が寝ている山小屋の前に到着していた。
昨日の夜、ゼイト様の声は聞こえなかったけど、寝てる間に『真実之愛』が芽生えたのは感じた。
多分、ノンレム睡眠の時にでも芽生えたんだろう。
それより、今はテンションが上がってる精神状態でのトレーニング後で汗かいてるから暑いけど、汗が冷えたらマズイな。
そう言いながら、ライムはリュックの中から防寒具や雷鳴スーツとは違う漆黒のコートを出した。
そして防寒具や上着を着たライムは、山小屋の扉を開けた。
「二人は……、流石に起きてるか」
ライムが扉を開けると、ゼーレとレイラは既に着替えて出発の準備を整え終えていた。
「あ、やっと帰ってきたのか。もう登山開始の時間なのに、どこ行ってたんだよ」
ゼーレは、山小屋にある暖炉の火力を火魔法等で調節していた。
「ごめん、魔王との戦いが迫ってるって考えたら、トレーニングに気合いが入っちゃって」
ライムが大きく、そして重たいリュックを下ろしてそう言った。
「重いから筋トレに使うのは分かるからまだ許すけど、私達全員の食糧や防寒着とかの荷物はそのリュックに入ってるんだから、勝手に持って行かないで。私達の荷物を一人で持ってくれてるのは本当に助かってるけど」
レイラとゼーレは、リュックから防寒着を取り出して身につけた。
「うん、気をつけるよ」
リュックは筋トレにも使うって言っといて良かった。
ま、こう言う時の事を想定して予防線を張ってたんだけど。
「ここから私の故郷までは完全に登山だし、普通でも三時間時間ぐらいは掛かる。寒さには慣れたと思うけど、高山病とかになる可能性もあるから無理はしないでね」
「了解」
ゼーレとレイラは先に出たが、ライムはまだ山小屋に残っていた。
「ディストラ、居るか?」
ライムは影に向かって話しかけた。
「はい」
ディストラは姿は見せず、声だけで返事した。
「なら良かった。じゃあ山登りを始めようか」
ライムは再びリュックを背負い、ゼーレ達と共に外に出た。
「改めて見ると、圧巻の雪山景色だな」
ゼーレは目の前に聳え立つ山々を見て言葉を溢した。
そう、目の前には雲に届かん勢いの高さを誇る雪の積もった白き山々が視界の全てを覆っていたのだ。
ライム達はその景色に圧倒されながらも、登山を開始した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
麓の山小屋から登り始めて七時間後、ライム達は凍えながらもなんとかレイラの故郷に到着していた。
空は既に日が沈みかけており、雪がふわふわと舞っている。
「ここがエルフの里か……」
ライム達の前には、山の上とは思えない程広大な雪原があり、そこに屋根に雪が積もっている木造建築の住居や施設が点在していて、村を歩く者は皆エルフと言う、普段目にしない不思議で幻想的な世界が広がっていた。
「まぁここ以外にも里は幾多かあるんだけど、私の故郷はここ」
レイラは後ろの方から魔法の杖を支えにしながら坂道を登ってきていた。
「着いてきて、里の長を紹介するから」
レイラは息切れした声でそう言いながら、銭湯を歩いて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レイラに案内されたライムとゼーレは、途中で何度か話しかけられたりしたが、何とかエルフの長が住んでいると言う一軒家の前に辿り着いた。
「お邪魔します」
レイラはドアをノックした後、躊躇いもなく扉を開けた。
「うぅ〜、寒い寒い。誰だい? 私の睡眠を妨げたのは」
ライム達が家に入ると、前髪を掻き分けている水色髪のサイドテールにバイオレットの瞳をしたクールな雰囲気の真っ白な肌のエルフお姉さんがブランケットを羽織って目を擦りながら玄関まで来た。
「この方はこの里だけでなく、エルーリ山脈にある里全ての長を勤めておられるアリーナさんです」
「ん? 生命力に満ち溢れた白髪剣士に黒髪猫獣人、そしてレイラが居る……」
アリーナは、ライム達を見てほくそ笑んだ。
「ふっ、やっとここまで来たのか。勇者パーティーが」
アリーナの前には、夕陽に照らされ、凛々しい立ち姿の勇者達が居た。