139 意思を持った宇宙
エミリアが魔物達と戦いを始めていた頃。
魔界最東側にある四方を山に囲まれ、集落が点在している魔界でも特に辺鄙な場所。
そこのとある広場では、フレヤが辺りに住んでいる様々な種族の魔族達を集めて話しをしていた。
「噂などで既に知っておられる方も居るかもしれませんが、遂に勇者がラスファートを旅立ちました」
桔梗紫色に澄んだ瞳が、魔族達の心に語りかける。
「私がここに来たのも、アビス様から戦力を集める為に視察を命じられているからです」
フレヤは左手で握っていた青色の槍を強く地面に突き立てた。
すると、槍を突き立てた箇所からマゼンタ色の雷が一瞬広がった。
「今こそ、我ら魔族の力を人間達に思い知らせる時……。千年前の屈辱、共に晴らしましょう」
その言葉を聞いた魔族達からは、大量の拍手喝采がフレヤに送られている。
それを見て不敵な笑みを浮かべるフレヤは、突き立てた槍に赤紫色の雷を纏わせていた。
そんな姿を路地裏からひっそりと見ている女の子が一人居た。
ロリ体型でクリーム色のショートに碧眼。
腰には黄色と紫色の短剣を携えており、白と紫基調で半袖のスポーティーな服を着ているお姉さんな雰囲気纏う女性。
女性は、白のスポーツキャップを手で深目に被せながら、息を殺して屈んでいる。
「早くあの村に行かないと……!」
そう呟いた女の子は、風のように何処かへと去っていった。
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時は戻り、現在。
サンダーパラダイス本拠点の建物では、ルナも椅子を追加で用意してもらって席についていた。
「話しを聞いた所、ルナ達には申し訳ないが、その『白天の厄災』が敵側だって言うのが確定したおかげで、敵の戦力を見誤らずに済んだわけだな」
ツカサは真剣な顔つきで腕を組み、目を閉じながら話した。
「そうね。丁度、敵の主戦力を誰が相手にするかの話しを始めようとしてたし」
ミズキはルナの傷口に絆創膏を優しく貼ってあげていた。
呼吸も落ち着き、怪我の痛みも引いてきたのか、ルナはいつもの落ち着いた雰囲気に戻っていた。
「そうだ。ルナに今まで話し合ってた内容を簡単に伝えると、ここにいる皆んなの魂之力を明かしてもらった所まで進んでたんだけど、ルナの魂之力も教えてくれないか?」
ライトニングがそう聞くと、ルナは自慢げな表情で話し始めた。
「ぼくの魂之力は、究極之魂『星滅黒生物』。ぼくの弟、ソルの魂之魂は究極之魂『星滅白生物』。どちらも魔法や物質、生き物なんかを塵残さず滅する力です」
そう言い放つと、周りの人達は皆、分かり切ってましたと言わんばかりの呆れ笑いを浮かべていた。
「ハ、ハハハ。魂之力名がそのままルナ達の事を指してるな。流石は龍種と魔物の頂点、滅龍の姉弟だ」
それを聞いたルナは、嬉しそうに首を縦に振っていた。
「まぁこれで皆んなの魂之力も分かったと言う事で。シエル達やディストラは治療中だけど一応皆んな拠点に集まったので、改めて会議を始めたいと思います。アンナさん、進行をお願いします」
ライトニングがかしこまった口調でそう言うと、アンナは席を立ち上がった。
「承知しました。では初めに、相手の主力を今一度確認した後、対応を話し合いで決めていきます」
そうして、会議はまだまだ続いていくのだった。
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一時間半後。
「ふぅ〜、一通り決めれたんじゃねぇか?」
ツカサは退屈そうに欠伸をしていた。
「そうだな……。まぁ後は……」
ライトニングは何やらニヤつき始めて居た。
「さて皆んな、この戦いの名前はどうする? 丁度ラスファートの王も同席してるからな。後世に語り継いだりするのにも必要だろ? ここで決めよう」
ライトニングが皆んなに提案すると、その場に居る者全てが魔力や気配を全く感じられなかった場所から、突然声が聞こえてきた。
「この戦いは神から授かりし、魂之力で行われる大戦……。よって、『神授大戦』とでも呼べば良かろう」
ルナ達が壊したライトニングの後方にある窓、そこから妖艶な女性の声がした。
ライトニング達が立ち上がって声のした方を振り向く。
そこには、誠に存在しているのか疑わしい程に精気も魔力も感じとれない不思議な女性が窓際に座っていた。
腰まで伸びた艶やかな白髪に金色のメッシュが入っていて、血の様な赤黒い瞳をしている。
服装は、真っ白な素肌が見え隠れする赤と金、そして黒基調の和服を着ている色っぽい大人な女性。
「妾の名はディヒルア、絶望神じゃ。ライム、主と会いとぉて来てしまった」
これが真の絶望。原初の神とも呼ばれる絶望神ディヒルア……。
ライトニング含め、会議室に居る者は皆、ディヒルアの異質さに呼吸も忘れて立ち尽くしていた。
「そう。主とは一度、二人きりで話し合いたいのじゃ。妾の世界に招待しよう。『無世界之門』」
ディヒルアはライトニングに微笑みかけながら魔法を発動した。
すると、ライトニングは白い光に包まれた。
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それから少しして。
くっ、ここは……。
次に目を覚ますと、そこは時空すらも存在しない真っ暗な無の世界だった。
「ここは妾の作った完全なる無の世界、神であってもこの世界に立ち入ることは出来ない。そう、フライムを除けばな……」
ディヒルアがそう言うと、ライムの背後に空間の穴が出現した。
「よいしょ」
その穴からは、空間の神フライムと時間の神ヘライトが姿を現した。
「もう君とは会わないと言っていたが、彼女が動くなら話しは別だ。私が趣味の未来視をしてたら、急に時空が歪んでここに彼女が現れるのが見えたのでな」
ヘライト達はディヒルアに敵意剥き出しの視線を向けて警戒している。
「ディヒルアは、余達古の神に分類される者達ですら素性が全く分からない原初の神。そんな奴が君の前に現れたんじゃ、流石に見過ごせないからね。ヘルト様に特別に許可を貰っちゃった」
「まさか貴方が代々魔王になった者へ力を分け与え、邪神達に手を貸しているとは。ヘルト様達も驚いてましたよ」
表情は強張っているが、それを隠すようにへライトは冷静な態度で話している。
「勘違いするな、ヘライトよ。妾はただ暇つぶしが欲しいだけ。妾は誰の敵でも味方でも無い」
「たが、妾の敵になるのはお勧めせん。妾は宇宙の始まりである無のエネルギーと無限宇宙の持つ無限のエネルギーと言う二つを司る神。言わば、妾は『意思を持った宇宙』とも言える」
「その気になれば、ゼイトの作った全ての宇宙は一瞬で無と帰すだろうな」
ディヒルアの言葉に、ライトニング達は生唾を飲み込む。
「さて、今回は噂のライトニングと言う童の顔を見に来ただけなんじゃ。強引に呼んでおいて悪いが、汝らには帰ってもらおう」
ディヒルアは軽い流れでそう言った。
『無世界之拒絶秩序』
そう言いながらディヒルアが手を前に出すと、ライトニング達は金色光に包まれ、ディヒルアの姿を見失った。
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ディヒルアによって無の世界から追い出されたライトニング。
光が収まってから少しして目を開けると、そこは無の世界に吸い込まれるまでライトニングが立っていた場所と同じ所だった。
ん? フライムとヘライト様が居ない。
僕が押し出されたのと同じ様に、フライム達も元いた場所に戻されたのか。
「ライトニング、大丈夫だった?」
ライトニングが状況を整理していると、心配そうにアンナが話しかけてきた。
「あぁ大丈夫だ。それより、絶望神様の提案通り、この戦いは『神授の滅亡大戦』にしよう。リサもそれで良いか?」
ライトニングは椅子に座りながら話した。
「はい。次に国へ戻った時には、その名を広めておきます」
リサは丁寧な口調で返事した。
「それともう一つ。ヘルホワイトの目的である『種族関係無く仲良くなれる世界を作る』と言うのは、我は実現可能だと思っている。種族関係なく手を取り合えるのは、何も我らだけに限った話では無い筈だ。なんせ、我らが今まさに種族関係なしに手を取り合っている訳だからな」
ライトニングは真剣な表情で会議室に居る全員に語りかけた。
「そして、我々サンダーパラダイスの目的は『勇者を魔王の元へ陰から導く』だ。皆んなには、この二つの目的を忘れずに戦いに臨んでほしい」
ライトニングがそう言うと、皆んなは静かに頷いた。
「じゃ、今回の会議はこれで終了となる。各々、やり残しがない様にしっかりと準備しておくように」
ライトニングは軽く手を叩いた。
「「はい!!」」
覚悟の決まった威勢の良い声と共に、会議に参加していた者達はライトニングとアンナを除いて、全員各々会議室から出ていった。
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皆んなが出ていってから数分後。
ライトニングとアンナは、ライムの部屋に来ていた。
「アンナ、ちょっと後ろ向いててくれ」
「え?」
アンナが不思議そうに頭を傾げていると、ライトニングはライムの時に着る服を手に持っていた。
「わ、分かった!」
アンナは慌てて後ろを振り向いた。
一分後。
ライムとアンナはふかふかのベットに、隣り合わせで座っている。
二人の間には、何とも言えないもどかしい空気が漂っていた。
「ゔっゔん。あ、あのさ」
ライムが何とも言えない空気感を変えようと、話題を振ろうとして咳払いをしながらアンナの方を向く。
「どうしたの?」
アンナもライムの方に視線を向けた。
アンナの艶やかな金髪がふわっと浮き、甘い香りが二人の近くに漂う。
「この前、ラスファートでガルノ達と戦ったんだ」
ライムは姿勢を崩して、砕けた口調で話し始めた。
「その時にガルノの攻撃に乗ったガルノ本人の感情を受けたり、ディストラやミア、他の魔将軍と戦う中で、魔王軍側にだって正義があるのに、僕はこれまでずっと自分のやりたい事しか優先してこなくて、鍛える理由に正義も悪も無かったんだって改めて思い出させられた」
ライムは少し暗い顔を浮かべいる。
「まぁそりゃあそうなんだよね。だってサンダーパラダイスを作ったのも、皆んなを元気付けたかったからじゃ無い。ただ、僕がそう言うのに憧れてたから……。騙しててごめん」
ライムは、申し訳なさそうに小さな声で話しながら下を俯いた。
「謝らなくて良いよ。だから顔を上げて、ライム」
アンナは明るい声色で優しく話しながら、ライムの顔を両手で上げた。
「ライムが中二病で、行動の指標がカッコいいかどうかなのは、ノアが早い段階で気づいてた」
それを聞いて、ライムは苦笑いを浮かべている。
「それに、サンダーパラダイスの皆んなは強い貴方に憧れたりして入ってくれてる。そして私は、誰よりも強くて優しくて、でもカッコ付けたがりな、素の貴方が好きなの」
アンナは真っ直ぐな黄色い瞳で、ライムに対する想いをいつもの様にストレートで伝えた。
「ありがとう、アンナ……。でも、別に僕だって、今の自分がダメだなんて思ってないよ。ただ、へライト様に言われたり、実際アンナが危険な目に遭うのを想像したりして、やっと自分の気持ちに正直になれた」
アンナは不思議そうにライムを見つめている。
「最初は幼馴染が欲しいなんて、軽くて邪な気持ちから始まった関係だけど。僕の事を支えてくれて、ずっと好意をストレートにぶつけてくれる女の子を、僕はとっくに幼馴染として見てなかった」
その言葉にアンナは驚き、金色の猫耳はピンと立ち、目は見開いていた。
ライムは少しの間しどろもどろしていたが、直ぐに冷静さを取り戻し、真剣な表情でアンナと向き合った。
「アンナ、今まで僕の我儘を支えてくれてありがとう。これからの生涯、アンナの為に命を使いたい。だから、僕と付き合って欲しいです」
ライムの告白を聞いたアンナは、驚いた表情をしながら月光を反射して光る黄色い瞳を涙ぐませた。
そして、涙がアンナの頬を伝い始める。
「私の想いちゃんと届いてたんだね。もう、遅すぎ〜」
涙を浮かべるアンナは、幸せそうな笑顔で優しくライムに抱きついた。
ライムに抱きついたアンナは静かに泣きながら、ライムを離さない様に徐々に抱きついている腕を強くしていく。
強く抱きしめてくるアンナの猫耳と背中を優しく摩っているライムは、穏やかな笑顔を浮かべている。
「返事聞かせてくれる?」
ライムはアンナを優しく摩りながら話した。
「私も好き、絶対付き合う。てか何年も待たされたんだから、もう結婚の準備初めても良いよね!?」
大きな声で気が早い返事をするアンナに、ライムは苦笑いを浮かべていた。
「アハハ、まだ戦いに勝った訳でもないのに気が早すぎるよ。それに、そんな大きな声を出したら皆んな起きちゃう」
その後、ライムはアンナが落ち着くまで優しく寄り添い続けた。
そして、月明かりに照らされる二人の獣人は、互いに相手を離さない様に抱き合い、暖かく安心する時間を感じながら眠りについたのだった。