133 勇者の演説
「あ、そうだ。ライトニング」
ナハトは後ろを振り向いて、親しい感じで話しかけた。
「何だ?」
「オレの持つ神授之権能『絶望神』の元と成るディヒルア様は、一人で無と無限を司る神だ。そして、創造神の立場を強くする為に神の世界でもあまり語られていないが、創造神ゼイトよりも先に無の世界に誕生していた勇逸の神でもあり、原初の神とも呼ばれている」
ゼイト様、そんな事してたのか。
ライトニングはゼイトの顔を思い浮かべて、心の中で笑った。
「そんな神様がお前に興味を持ってるみたいだぜ。何か、他の神にも一目置かれてるみたいだし、神に対してのモテ期が来てるんじゃないか? 良かったな」
「ふっ、モテ期うんぬんは置いといて、神に興味を持ってもらえるのは嬉しいな」
でも、何でナハトはこんなにディヒルアに対して詳しいんだ?
ディヒルアの神授之権能は、多分昔ラビッシュが言っていた正式な魔王になったら手に入る力っぽいから、それに加えてディヒルアの事も伝承されてるのか?
ライトニングがそんな事を考えていると、いつの間にかガルノ達とフォパースの姿が消えていた。
「そんじゃ、オレも寄る所があるし帰るわ」
そう言って、ナハトは白雷を身に纏いながら空を飛んでいった。
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ファパースとガルノ達、そしてナハトが魔王城に帰った後、ライムは放送室に到着していた。
「いや〜、流石に疲れたよ〜」
「ライム、何か上で凄い戦いがあったし、魔王の息子を名乗るナハトって奴まで居たけど大丈夫だったか?」
「うん。僕は最強だからね」
ライムは満面の笑みをゼーレ達に向けた。
「ほんと、ライムは直ぐに心配かけるんだから」
レイラは魔法の杖を握りながら、溜息を吐いた。
「それは私も同感です」
リサの言葉に、ライムは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そうそう、ゼーレ君。これをあげるの忘れてたよ」
リサはそう言い、ポケットから紙を出した、
「何ですか、この紙?」
ゼーレは不思議そうにしながら、紙をリサから受け取った。
「それにはスピーチをする時に話して欲しい事と、話さなくて良いことを書いている。勿論一言一句完璧に言う必要は無い。だから、緊張せずにありのままの勇者の言葉を国民に届けて欲しい」
リサは真っ直ぐとした青い瞳でゼーレに思いを伝えた。
「ちょっと、昨日とかに渡しといてくださいよ。僕、何話そうかめちゃめちゃ悩んでたんですから」
ゼーレは少し怒り顔で喋っていた。
「ハハッ、すまない」
リサとの会話が終わると、ゼーレは真剣な顔で紙を手にマイクの前に立った。
そして遂に、魔王を撃ち倒し、世界に平和をもたらさんとする勇者ゼーレ・リィナルによる演説が始まる。
「ラスファート国民の皆さん。えっと、はじめまして、勇者ゼーレ・リィナルです」
ゼーレの声はマイクを通じて、ラスファート中の屋外スピーカーから発せられた。
勇者ゼーレの名を聞いたことで、飛んできた瓦礫などで混乱していた国民達の意識は、一気に屋外スピーカーへと集まりだしていた。
「今回このマイクを使わせて頂いている理由は、国民の皆さんに知ってもらいたい事があるからです。それはこの国には確かに闇、主に奴隷売買や他国への不当な物資要求などがあると言う事です。実際にこの国のスラム街からは多数の奴隷が生まれています」
スラム街から遠くの屋外スピーカーでその声を聞いたステラとマーシは、怒り顔で舌打ちをしていた。
「そして急なのですが、実は僕達『薄明同盟』はその闇、この国の王スレング・ケリーを殺し、その操り人形だったラストナイトも撃ち破りました」
その言葉は、ラスファート中を震撼させた。
特に、王城から少し離れた所に避難していたラスファートの政治家達は冷や汗をかいていた。
「そんな結成して数日で革命を成功させた薄明同盟ですが、この場をお借りして正式にメンバーを公表したいと思います」
ラスファート中央区に位置する『魔剣士魔法総合国立学園』で放送を聴いているサラとセレストは待ち遠しそうに目を輝かせている。
「先ず初めに、僕達勇者パーティーのゼーレとライム、そしてレイラです。そして次にジャスティスクローのイーサン、エイダン、サキ。最後に、薄明同盟立案者のリサ。この7名が薄明同盟のメンバーです」
薄明同盟メンバーの豪華さに、国中では驚きの声が上がり続けていた。
「正直、僕自身は最南端の小さな村出身で、皆さんがどういう考えを持っているのか分かりません。ですが、自分が明るい生活を送っているからといって、同じ国に生きる者が明るい生活を送っている訳ではない。“普通“は一瞬でも判断を間違えれば変わるものです」
近くでゼーレの演説を聞いているフィオナとエリーは、その言葉に自分達を照らして重い空気になっていた。
「僕からの言葉はこれで以上です」
「それではこれより先は、人類史上最強の魔剣士であるリサさんにマイクをお渡ししたいと思います」
ゼーレと交代でマイクの前に立ったリサは、覚悟が決まった凛々しい表情をしていた。
「あーあー、どうもリサです。私はこれからラスファート、いや、この世界を変える為にこの国の王に成ります」
その言葉を聞いた瞬間、ラスファート中の国民が息を飲み込んで静まり返った。
その空気を遠くから感じても尚、覚悟が決まり、輝きを放っている真っ直ぐな青い瞳が閉じる気配は無かった。
「私が王になった暁には、身なりや種族を理由に身分を決めたり、権力がある者が他者の自由を奪ったりしない、そんな世界に変えていきたいと思っています」
「勿論そんな事出来る訳がないと言う意見も理解できます。正直、今ある奴隷制度や権力等を綺麗さっぱり浄化し切るのはほぼ不可能でしょう……」
そう言うリサの声量は小さくなっていっていた。
「それでも、行動しなければ何も変わらない。悪を倒す為にはいつだって勇気の一歩を踏み出す必要があるのです」
力強く言い放つリサの言葉には、溢れんばかりの自信と勇気が乗っている。
「なので、この度私が王になった暁には、薄明同盟のメンバーでもあるジャスティスクローの皆さんに『空想教会』と言う組織の代表を勤めて頂きます」
それを聞いたゼーレは驚きの眼差しでリサを見ていた。
「『空想教会』の教えはただ一つ。『己の衝動と空想に従え』です!」
リサは力強い声量で言い放った。
「そして、『空想教会』の主な役目は、完全に国や種族の垣根を越える存在として、魔物退治や犯罪者の捕獲等を任せようと思っています。この組織に入る者は、奴隷である者や自由を欲する者。そう、今の自分達の空想を現実にせんとする者達だと思っている」
「そう、『空想教会』こそが悪しき制度と悪しき権力に対抗する皆さんの勇気の一歩を踏み出す土台となるのです」
そう言ったリサは大きく息を吸い込んだ。
「もう一度言います。行動しなければ何も変わらない。悪を倒したいなら目の前の光にしがみついて下さい。我々がこの世界の光と成り、皆さんを導いて行きます!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
演説を終えたリサは、大きな溜息と共にマイクから離れた。
「お疲れ様、リサ」
リサとの戦闘でボロボロなフィオナは、エリーの肩を借りながらリサに近づいた。
「フィオナ……、いや違うな。ラストナイトよ、これから私は何が何でも死に物狂いでこの国の王に成る。その時はまたこの国の最後の騎士として、この国と大陸を守って欲しい」
「なっ! 私達は処罰を受けるのでは無いですか!?」
エリーはリサを抱えながら、大きな声を張った。
「勿論処罰は受けてもらう。だが、騎士としてのお前達の実力は本物だ。お前達の事情を鑑みた上だと、ただ牢屋に入れるだけでは勿体無い。処罰を受けた後にまたラストナイトを再始動すれば良い」
その言葉を聞いたフィオナとエリーはどんどん涙が溢れ出し、最終的には抱き合いながら大きな声で泣いていた。
「それでは勇者パーティーの皆さんは薄明同盟の拠点に帰っていて下さい」
「リサさんはどうするんですか?」
ゼーレは寂しそうに話した。
「私は、ラストナイトの監視やこの国の王を目指す上で政治家の皆さんとも話しをしたいので、数日は王城に残ります。と言っても、政治家の皆さんもスレングの言いなりになっていただけなので、国民の信頼を持っていて、勇者にも後押しされているとなると、簡単に王に成ることができそうですが」
リサは怖い笑顔を浮かべて微笑んでいた。
「それと、ジャスティスクローの皆さんやオスカー王様とも王城で合流する約束をしているので、拠点には既に誰もいないと思います」
「分かりました。僕達がラスファートを後にする時は、皆さんの所に一度顔を出しますね」
「はい。首を長〜くして待ってます」
リサは冗談まじりに言った。
「ふふっ、そんなに長居はしませんよ」
レイラは口元を抑えて静かに笑っていた。
「それじゃあ、さっさと薄明同盟の拠点に戻るぞ」
「そうだな。いや〜、緊張が解けてめっちゃ眠いわ〜」
「私も、王城に侵入する時にずっとユニスに体預けてたから変な気分」
ゼーレ達はそう言いながら、手を繋いで歩き出した。
「おいおい、ゼーレとレイラの距離がまた前より近くなってるぞ」
ライムは遠目にゼーレ達の後ろ姿を眺めている。
「やはり、勇者とエルフは恋に発展しやすいのでしょうか? リヒトとクレアもそうでしたよね?」
リサはそう言いながら、ライムの近くに寄った。
「まぁ勇者って大体純粋な奴だし、長年生きてきて色んな黒い世界を見てるエルフからしたら、逆に惹かれるのかもな。そもそも、魔王討伐の旅って危険だから、死の恐怖を共に乗り越える中で惹かれ合うって言うのはあると思うけど」
「確かにそうですね」
「ん……? てか、アイツら付き合ってるのか!?」
ライムは驚いた表情でリサの顔を二度見した。
「いや、あの距離感はどっからどう見てもそうでしょ。流石に仲間だからって手は繋がないでしょ」
リサはライムの反応に驚きながらツッコミを入れた。
「確かに……。ま、旅に支障が出ないなら良いんだけど。てか、出たとしても僕達サンダーパラダイスが魔王の元に強制的にでも導きますけど!」
そう言うライムは、何処か悔しそうだった。
「あ、後さ、王に成るので忙しいかもしれないけど、リサにもサンダーパラダイスの拠点で開く会議に参加してもらいたいんだよね」
ライムがそう言うと、リサは難しい顔を浮かべていた。
「それは是非とも参加したいのですが、流石に難しいかと……」
「じゃあさ、後日サンダーパラダイスの人に詳しい日時を伝えさせるから、一瞬だけでも参加してくれない? 魔王軍との決戦にはリサの力も必要だと思うから」
ライムはまっすぐな瞳でリサに話しかけている。
「分かりました。ジャスティスクローやラストナイトの人達に協力して貰って時間を作れるようにしておきます」
「まだ頼み事あるんだけど、その会議で決定した作戦をラストナイトの人達にも共有して欲しい。何処まで共有するかは、サンダーパラダイスのアンナって猫の獣人と話し合って。それと、フィオナにはライトニングとか雷霆の正体バレてるから話し易いと思うよ」
ライムの話を聞いて、リサは何かを閃いたかの様に話し始める。
「流石です。先の事に向けてわざと正体がバレる様な立ち回りをしていらしたのですね」
いや、外部の人間に多少身バレしてる方がカッコいいと思ってやっただけなんだよな。
そう思いつつ、ライムは話しを進める。
「それでさ、リサが王に成ったら、ラストナイトに『空想教会』を設立するんだったら、協力して欲しい事があるんだけど……」
ライムはそう言って、リサに何やら耳打ちをした。
「っ! 了解しました。お任せ下さい」
リサはキリッとした顔でそう返した。
「うん。宜しくね。じゃ、僕はゼーレ達の所に行くよ」
ライムはリサに背中を向けた。
「はい。この度は私達の作戦に助力してくださり有難うございました」
リサが頭を下げてそう言うと、ライムは優しく微笑んでからゼーレ達の元へと歩みを進めた。