130 世界の不平等
ライトニングが雷鳴と共に姿を現した頃。
ラスファート全土には、王城から聞こえる轟音の噂が広まりつつあった。
ラスファート中央区、王城の近くに位置する貴族や名だたる実力者が通う『魔剣士魔法総合国立学園』では、生徒達が校庭に集められていた。
「さっきから王城の壁が崩れたりしてるけど、大丈夫なのかな」
金髪ショートに綺麗なピンク色の瞳をしたモデル体型のギャルっぽい女子が、王城を見つめて佇んでいた。
「ここ暫くは、ラストナイトの人達が王城に常駐してたみたいだから、きっと大丈夫よ」
黒のアンダーリム眼鏡を掛け、赤い瞳に青髪ショートを斜めパッツンにした生真面目そうな女の子が金髪の女子に近づいた。
「なんなら、私とサラで加勢しに行く?」
青髪の女子は、眼鏡に手をかけながらサラに微笑んだ。
「ふふっ、流石に無理。セレストは血の気が多いよね〜」
サラは両手を空に上げて伸びをした。
「あら? この学園の生徒会長にして魔法成績トップの私とこの学園最強の魔剣士と言われている貴方なら申し分ないんじゃない?」
セレスト達がそんな話しをしていると、後ろから声がしてきた。
「おーい。そこの二人も一応集まってくれんか」
先生は、列を作って既に集まっている生徒達の前からセレスト達を呼んでいた。
「先生に呼ばれちゃったか」
セレストは残念そうにそう呟いた。
「「はーい」」
そうして、セレストとサラは先生達のもとに向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラスファート北東エリアにあるスラム街の更に路地裏。
そこでは、ある兄弟が同じスラム街の住人を襲っていた。
「ぐっ、ガキが金を返しやがれ!」
筋骨隆々なスキンヘッドの男が、薄汚れた服を着て、金髪ショートにオレンジの瞳をした少年に殴りかかった。
「うるさいおっさんだな……。魂之特性『無慈悲之邪蛇影』、『邪蛇之幻影牙』」
金髪ショートの少年がそう呟くと、少年の影が男の背後まで伸びて、男の背中を貫いた。
背中を貫かれた男は、血を吐きながらうつ伏せで倒れている。
「ステラ、魂之力の扱いにも慣れてきたな」
ステラの後ろからは、長い金髪を後ろで結び、オレンジ色の瞳を輝かせている少し年上の男が近づいてきた。
「慣れるも何も、この魂之力は相手に当たれば、その箇所が確定で相手の弱点になるんだから扱うのは楽勝でしょ」
ステラは、マーシに余裕の笑みを向けていた。
「マーシ。急所を貫いたけど、ちょっとの間なら意識あるよ」
それを聞いたマーシは男の真ん前まで行き、ヤンキー座りをする。
すると辺りの重力が急に重くなって顔を掴まれていた男は地面に叩きつけられた。
だがマーシは意に介さず、路地裏の暗闇で冷徹に光オレンジ色の瞳で男を見下しながらこう告げる。
「おっさん、この街のモンじゃねぇだろ? この街唯一のルールは『無慈悲』。負けた奴は死あるのみだ」
マーシはそう言いながら男の顔を掴んだ。
「それに、俺達は奪われた分だけ奪い返してんだよ。いずれ、この世界でぬるく生きてる奴ら全員に俺達の存在を植え付けてやる。今、俺達がやってる事はその足がかりに過ぎない」
そう言い放った頃には、男は既に死んでいた。
マーシは男から手を離し、ステラと手を繋いだ。
「見てろよ、世界。俺達二人が最強だ」
マーシの見据える王城からは、遠く離れたスラム街まで微かに戦闘の音が届いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
場所はラスファート王城3階ある放送室。
そこには、見事王城潜入に成功したゼーレとレイラが話し合っていた。
「ふぅ〜。やっぱりユニスさんの魂之力は凄いな」
「えぇ、まさか空気に音を伝わらせないルールを付与出来るなんて」
ゼーレ達は周りを警戒しながら息を整えている。
「なぁ、今やってる戦いが終わったら僕がこのマイクで話すんだよな?」
ゼーレはマイクを握りながら冷や汗をかいていた。
「何、緊張してるの?」
レイラは杖を壁に置き、ニヤニヤしていた。
「いや、そりゃあ緊張もしてるけどさ、何話したら良いんだろって」
「それはリサさんが言ってたでしょ。それをゼーレの言葉で国民に伝えれば良い」
レイラは真っ直ぐとした瞳でゼーレの背中を押した。
「そうなんだけどさぁ……。まぁでも頑張るよ」
ゼーレは不安そうに溜息を吐いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラスファート王城応接室。
そこでは、ライトニング達がガルノやエスメと激しく戦っていた。
「おいおい、ライトニング! お前の力はこんなモンか!!」
ガルノの赤い風を纏った拳がライトニングの漆黒の剣を殴り続ける。
一方ライトニングは、ガルノの猛攻を剣でいなし続けていた。
コイツの拳、時間が立つにつれて重くなってる。時間が立つと強化される魂之力なのか?
いや、時々軽くなる時もあるからそれは違うか。
なんにせよ、手負いのリサとシエル達がいる以上ここら一帯を吹き飛ばして終わらせる手段は使えないな。
ライトニングはそんな事を考えながらガルノの拳を剣で受け止め続けている。
すると、ガルノは突然拳を止めて後ろに引いた右腕に赤い風を集めだした。
「その剣ごとぶっ壊してやる! 『紅蓮激情之旋風!』」
ガルノは右腕を大振りし、ライトニングを中心とした旋風を巻き起こした。
「そよ風だな……」
ライトニングはそう呟き、漆黒の剣を頭上に掲げ、漆黒の剣は黒雷を放っていた。
「破滅の黒雷よ、全てを蹴散らせ、『黒雷之衝撃!』」
ライトニングが素早く剣を振り下ろすと、一筋の黒雷が剣の振り下ろされた地点に落ちて凄まじい衝撃音と共に赤い旋風をかき消した。
赤い旋風がかき消された後、ライトニングは何事も無かったかのように静かに直立していた。
「ぐっ、やはりこの程度では効かないか。まぁ想定通りだ」
ガルノが腕を組んでライトニングを見つめている中、エスメはシエル、アイ、カルラ、そしてリサの4人を一人で相手にしていた。
「ちっ、私は手数が武器だからって、リサまで押し付けられたら流石にキツいんですけど」
エスメはキレ気味に言いながら、血の棘でシエル達を攻撃している。
「もう、コイツら攻撃避けすぎ! いい加減当たりなさいよ!! 『血女王之毒雨!!』」
エスメが上空に掲げた指先からは、大量の血が空に向かって伸び、その血は雨となって応接室全体にに降り注いだ。
「なっ! コンクリートをいとも容易く貫通するだと!」
リサ達が避けた血の雨は、風邪や床を貫通するほどの威力を持っていた。
「その血の内部は血を鉄のように硬くする毒で鋼鉄化し、表面には血を穴という穴から吐き出させる毒を入れている。つまり、その血の雨は当たるだけでも致命傷、当たってからも解毒しない限り、死は確実なのよ」
エスメは手で口元を隠しながら、冷笑を浮かべている。
「おい、エスメ。俺たちの戦いまで邪魔すんなよ!」
ガルノは、血の雨を避けながらエスメを怒鳴った。
一方ライトニングは、軽い足取りで血の雨を避けつつ、避けきれない物は漆黒の剣で素早く跳ね返していた。
そんなライトニングを見て、リサは笑みを浮かべていた。
「なら、当たらなければ解決だな」
ライトニングを見たリサはそう言いながら、不敵な笑みをエスメに向けている。
「空想が、我らを守らん。『空想之空気鎧』」
リサがそう言うと、リサやシエル達4人の体を囲むように透明な鎧が出現した。
「その鎧はドラゴンの鱗より何倍も硬い。この雨も完全に凌げます。皆さん、一気に詰めましょう!」
リサの掛け声と共に、シエル達は一気にエスメの間合いまで距離を詰めた。
「ちょっと、私近距離戦ダメなんだって! 助けなさいよ、ガルノ!!」
エスメがそう叫ぶと、赤いそよ風がエスメの頬を撫でた。
「はぁ〜、お前の王子様は俺じゃないだろうが。ま、魔王様の命令だし助けるけど……。吹き飛ばせ突風! 『紅蓮激情之突風拳!!』」
エスメの前に立ったガルノは、赤い風を纏わせた拳を勢いよくリサ達に突き出した。
「まずい! 鎧があるとは言え、もろに喰らってしまっては……」
リサ達が突風との衝突に身構えている中、リサ達の背後からは影が迫っていた。
「ディストラ、出番だ……」
ライトニングの足元から影は伸び、ライトニング自身は余裕の笑みを浮かべていた。
「『影之支配者』は、究極之魂『漆黒之君主』へと進化し、影のみならず闇をも支配下に置いた。そんな私に引き込めない物など存在しない! 『漆黒之門!!』」
ディストラが影の中でそう言うと、赤い突風の前に巨大な渦巻く黒い闇が影から出現した。
その闇は赤い突風を飲み込むと静かに消えていった。
「クソッタレが!!」
赤い突風を飲み込んだのがライトニングの仕業だと思っているガルノは、逆上してライトニングに飛びかかった。
「ぶっ壊れろ! 『紅蓮激情之怒角!』」
ガルノは鬼の角に赤い風を纏わせてライトニングに頭突きをした。
それをライトニングは漆黒の剣で受け止めて楽しそうに笑っていた。
「俺はなぁ〜。魔族の分類であるにも関わらず、人間共と仲良くしてるテメェらが嫌いなんだよ!」
ガルノは角でライトニングと力勝負をしながら、怒りを乗せた言葉を吐いた。
「ドワーフは完璧に人間と共存し、獣人やエルフは何故か神格化されている。俺はそんなお前らに、魔族としての本能を思い出させてやりてェんだよ!!」
赤い風は激しさを増し、ライトニングの体に傷を付けた。
ガルノの赤い風を受けたライトニングの脳裏には、怨情に加虐心など、誰かを痛めつけたいと言う感情が溢れんほどに流れていた。
これは何の感情だ? もしかして、ガルノの感情か? 面白い魂之力だな。
ライトニングは暫く目を閉じて、暫く何かを考えていた。
「お前の感情は伝わった。その上で、やはり我は感情に支配された戦いは嫌いだな」
ライトニングはそう言うと、ガルノを弾き飛ばし、漆黒の剣を頭上に掲げた。
その瞬間、ラスファートの空は黒一色に染まり、ライトニングの魔力に覆い尽くされ、ライトニングは漆黒の雷を全身に漂わせていた。
「お前ら2人の強さは分かった。ここでお前らを倒せるのなら、出し惜しみしてる場合じゃない……」
その声はあまりにも低く、感情など感じることの出来ない冷酷無慈悲な声だった。