126 最後のピース
ライム達が薄明同盟の拠点を後にしてから三十分後。
ライムとサリファは、ルミナス商会本社の社長室前に来ていた。
「あ、あの、ここってルミナス商会の建物ですよね? 壁の札に社長室って書いてあるんですけど、入って大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ」
ライムはそう言いながら、怯えているサリファの手を引いて扉を開けた。
「おっ! ユキネじゃん。今日は居るんだ」
ライムがそういう先には、社長机の上に置かれた大量の書類とにらめっこをしている重い空気を纏ったユキネが居た。
「はい、スレング王との商談が急遽2日後の夕方四時に決まったので、その準備をしている所です。そちらのお嬢さんはどなたですか?」
そう言うユキネは、いつもの妖艶な雰囲気を纏っていたが、目の下にはクマが出来ていた。
「この娘はサリファ。この前話した時に言ってた作戦で救出した女の子だよ。もしかしたら、奴隷聖女って言ったほうが伝わるかな?」
奴隷聖女の名を聞いた瞬間、ユキネの目が瞠目した。
「成る程、確かに砦の鎖を調査している際にその名を聞いたことがあります」
「ま、これからはサンダーパラダイスで預かる事になったから、色々と宜しくね」
「かしこまりました。ライトニング様」
ユキネはライムの言葉に驚きつつも、直ぐに冷静を取り戻して椅子から立ち上がって頭を下げた。
「ライトニング……。聞いたことがあるような……」
「ライトニングは、僕のサンダーパラダイスでの名前だよ。もしかして、サンダーパラダイスすら知らないかな?」
「いえ、フィオナや他の人達の話しで大体知っています。でも、それを明かすという事は、サリファはもう逃げられないと言う事ですね」
「ハハッ、別に脅してる訳じゃない。だって、僕達はずっと昔から既に仲間なんだから……」
「サリファさん。今、何歳なんですか?」
サリファが考え込んでいる間に、ライムはソファーに座っていた。
「え? えっとー、長い間地下に居たから正確には分からないけど、多分七歳ぐらいかな?」
サリファは緊張しているのか、オドオドしながらライムの隣に腰掛けた。
「じゃあ、リサさんの年齢は分かる?」
「リサさんの年齢? うーんっと、確かフィオナさんとほぼ同い年で、フィオナさんの方が年上だから、二十歳ぐらいだと思います」
「そうか。ふっ、やっぱり魂が繋がっていても、同時に集まる訳じゃないのか。全員死んでないのは運が良かっただけか……」
「どうしたんですか?」
「サリファさん。僕と手を繋ぎましょう」
ライムは爽やかな笑顔を浮かべながら、サリファに右手を差し出した。
「へ? あ、はい!」
サリファは顔を赤くして驚きながらも、恐る恐るライムと手を繋いだ。
「え? あれ……、意識が遠くなって……」
ライムとサリファは、手をつないだ瞬間に体がぐらつき、
やっぱり、サリファがノラの転生体だったか。
気を失う寸前、ライムはニヤリと素敵な笑みを浮かべていた。
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「ま、まさかサリファが魔王ディアブロの配下で、リサさんがレオンの生まれ変わりだったなんて……」
衝撃の事実に、サリファは更に緊張度が増して完全に体に力が入ってしまっていた。
「ハハッ、僕もビックリだよ。あんなに元気いっぱいだったノラがこんな大人しくて幼気な少女になってるなんて」
「あの、リヒトさんとクレアさんはもうこの世界に来てるんですよね?」
サリファは両手を前にしてもじもじ交差させてしどろもどろになりながら質問した。
「うん。記憶の中で会った時に話した事は全て事実だよ。リヒトとクレア、今はテンヤとアカネなんだけど、二人は今サンダーパラダイスの拠点で待機してもらってる」
ライムの話を聞いたサリファは、安心したのか表情が崩れていた。
「そうなんですね……。あ、あの、ライムさん」
「サリファもサンダーパラダイスに入らせてもらえるんでしょうか?」
黄色掛かったオレンジ色の瞳が、心配そうにライムを見つめる。
「勿論だよ。その話をする為に、人目を気にする必要のないこの部屋に連れてきたんだし」
「ありがとうございます!」
無造作に伸びた黄緑色のロングヘアが靡く程の勢いでサリファはお辞儀をした。
「でも一つ疑問なんですけど、テンヤさんとアカネさんって魔神の転移魔法で偶々連れてこられたんですよね? それが無かったら、リヒトさんとクレアさんの魂はこの時代のこの世界に来ることは無かったって事何でしょうか?」
「いや、それは違う。そもそも僕がサリファ達に掛けた『魂之力』の効果は、サリファ達の魂と僕の魂を磁石みたいに繋げると言う物。だから、テンヤ達の例は本当に偶々テンヤ達が転移魔法の標的に選ばれただけの事なんだ」
「そうなんですね……」
ライムとサリファがしばらく会話している所へ、ユキネが申し訳なさそうに声を掛ける。
「あの、すみませんライトニング様。集中したいので、難しい話しは他の場所でしてもらえますか?」
「あ、邪魔してごめん。用はもう終わったから出るよ」
ライムはそう言いながら立ち上がる。
「あっ! そうだ。2日後にあるユキネ達の商談の後に、リサと一緒にスレング王達と戦うことに今決めたから……。雷鳴スーツも用意しといてね」
ユキネは一瞬驚いた表情をしていたが、直ぐに意図を汲み取って椅子から立ち上がり、タンスの方へと足を進めた。
「今決めたのですか。ライトニング様らしいですね」
ユキネは楽しそうに微笑みながら、タンスの奥から服を取り出した。
「商談にこの服を持ち込む訳にはいかないので、ディストラさんに預けたいのですが……」
「そうだな、そっちの方が良いか。おい、ディストラ。起きてるか?」
ライムがそう言うと、ライムの影からディストラが現れた。
「話しは聞いておりました。ユキネさんの雷鳴スーツ、しっかり預からせていただきます」
ディストラはそう言いながら、ユキネの雷鳴スーツを両手で丁寧に受け取った。
「それでは、私はこれで。またいつでもお呼びください」
そう言って、ディストラはライムの影の中に姿を消した。
「そうだユキネ」
ライムはそう言いながら、社長机の後ろにある窓まで移動して開けた。
外からそよ風が入り込み、ユキネの雪の様に綺麗な長い白髪がふわりと靡く。
「何でしょう?」
ユキネは風で靡く髪を抑えながら、ライムに問いかけた。
「この青天井に終わりなど来ない……。ユキネもそう思わないか?」
ライムは窓辺に肘をつき、雲一つ無い晴天を見上げていた。
そう、僕達は絶望に飲まれたりしない。
ライムは強い意思を宿した瞳で空を見つめている。
そんなライムを見て、ユキネはふと何かに気づいたかの様に目を見開いた。
「はっ! ライトニング様、私も同じ考えです。今回の商談、安心して私にお任せください」
ユキネはそう言って、深々と頭を下げた。
うん? 比喩を使ってカッコつけただけなのに妙な反応だな。ま、ユキネ達もこの青空を見上げられる幸せを守りたい気持ちは同じって事か。
「じゃあ、サリファはサンダーパラダイスの拠点に送っといて」
ライムはそう言いながら、扉の取手に手をかけた。
「かしこまりました」
ユキネは背筋を伸ばしながらも、ふんわりとした雰囲気を纏ってお辞儀をした。
「サリファ、絶対にライムさんのお役に立ちます!」
サリファはか細い声を張って、真っ直ぐなオレンジ色の瞳をライムに向けた。
「ああ、期待している」
そう言うライムの声は、低く、ディアブロの声を思い出させる物だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2日後の夕方。
雲一つ無い空を夕紅が照らす頃。
ラスファート中央区の中央に位置する王城。
そこの一番高い所に、月明かりに照らされたリサと風祭雷霆が居た。
「情報によると、ラストナイトや魔将軍達は二日前からずっとスレング王の側を離れていない」
漆黒と雷が輝く忍者装束に身を包んだ雷霆は、夜風に吹かれながら直立不動で佇んでいた。
「それで今更なんだが、フィオナに奪われた魂之力って取り戻せるんだよな?」
「はい、フィオナ自身に力を手放す意思があればの話しですが。それに、月日が経ち、完全にフィオナと同化した力は手放せないとも言っていました」
リサは覚悟が決まったのか、冷たく据わった綺麗な青い瞳をしていた。
「そうか、奴隷達の力は返してあげられなさそうだな……。まぁ取り敢えず、言う事を聞くしか無い程の地獄を見せるか」
雷霆は抑揚の無い声のトーンで呟いた。
「ユキネの話しでは、商談は三十分程で終わらせると言っていたから、それまで暇潰しになんか話すか」
そう話す雷霆の雰囲気は、一気に緩い物へと変わっていた。
「でしたらライムさん……。いえ、雷霆さんのこれまでの旅路を聞かせてくださいよ」
「良いぞ。でも、三十分で終わるかな? ま、途中まででも話すか」
こうして夕影が大地を照らす中、ラスファート王城の屋根でライムは語り始めた。