125 王之呪
時は進み、お昼頃。
「オスカー王様は、もう少し横になってるって」
レイラは杖を持ちながら、二階から降りてきた。
ライム達は戦闘での疲れを癒すため、薄明同盟の拠点のリビングで思い思いに過ごしている。
「……。サリファさん、お茶です」
そんな中、リサは気まずい雰囲気を出しながら、サリファの座っている前にお茶を出した。
「リサさん。サリファがどうしてフィオナさんを庇ったのか聞きたいんですよね?」
サリファはお風呂に入った事で清潔感は出たものの、長い黄緑色の髪はクセでウェーブがかっていた。
「はい……。フィオナ達ラストナイトとは長い間戦ってきました。あの時は感情的になってしまいましたが、何か裏があるのは薄々分かっていたんです。サリファさん、貴方が知っていることを教えて欲しい」
リサは真っ直ぐとした青い瞳でサリファを見つめている。
「分かりました。ですが、サリファがフィオナさんを庇った理由とラストナイトの裏は繋がっていないので、先ずは庇った理由から話しますね」
「先ず前提として、実はサリファは転生者何です」
サリファの言葉を聞き、その場に居た者は全員固まった。
「信じてもらえますか?」
サリファは、チラチラとライム達の顔を心配そうに伺っていた。
「転生自体は大陸全土で見れば、あまり珍しい事でも無い。少なくとも、私は信じよう」
リサはサリファを真っ直ぐ見つめて話した。
「僕も信じます。でも、転生者って本当に居るんだ。おとぎ話しだけの話しだと思ってた」
ゼーレはお茶を飲みながら会話に入った。
「た、確かに、見た目に反して大人び過ぎてるとは思っていましたが、まさかそんな理由だとは……」
エイダンが呟くと、サリファは更に話しを続けた。
「サリファの転生した先は貴族だったけど、サリファは死にかける程の酷いイジメを家族から受けていた。そんな時に偶々フィオナさんとエリーさんに出会い、奴隷達の労働力維持にサリファの魂之力が使えると判断されて、地下工場に連れて行かれたんです」
サリファの話を聞いて、ライム達の空気は重くなっていった。
「地下工場では拘束されていたけど、死にそうになる事は殆ど無かった。そう、フィオナさん達は結果的にサリファの命の恩人だから庇ったの」
サリファの表情は辛く、暗い物になっていた。
「サリファさん。奴隷の労働力維持に使えるって、どんな魂之力何ですか?」
リサは、問い詰めるように話した。
「サリファの魂之特性『献身快癒』は、他者の怪我や病気、心の病さえも自身の体に移す事ができる力です。この力のお陰で、フィオナさんが筋力や魔力を奪って弱くなった者も、健康な人と同等レベルの労働力を維持出来ます」
サリファの話を聞いて、リサは重い口を開けた。
「つまり、サリファさんはフィオナが力を奪った者達を奴隷として生き長らえさせる為の道具と言う事になる。サリファさん、命の恩人なんて思う必要は無い。フィオナは結局自分の為にサリファさんを使ってるだけだ」
そう言うリサの青い瞳には、怒色が混じっていた。
「では、ここからはラストナイトの裏についてです。皆さんは、フィオナさんが実は脅されていて、嫌々力等を奪ってるとしたらどう思いますか?」
「どうって言われても……、な?」
エイダンの一言でライム達は皆、考え込んでしまった。
そんな空気をかき消すように、サリファが咳払いをする。
「フィオナさん達は、スレング王の魂之力により脅されているんです。自分の為に働き続けなければ“死“あるのみだと」
サリファは、死と言う単語を強調して話した。
「ちょっと待ってくれ。フィオナの魂之力は、相手のあらゆる力を奪えるんだろ? なら、スレング王の魂之力を奪えば良いんじゃないか? 脅されてるなんて言い訳、通用しないぞ」
ゼーレの指摘に、サリファ以外の全員が同意した。
「そうですね。ですが、フィオナさんが物心付く前にスレング王が未来や見えない物を見る魂之特性『見透眼』でフィオナさんの力に気づき、フィオナさん達に手を打ったんです」
「手を打った? どんな方法なんだ?」
イーサンは、肉を食べながら質問をした。
「それは、スレング王のもう一つの魂之力、魂之特性『王之呪』でです。この魂之力を掛けられると、スレング王に命を握られます。これは、代々ケリーの一族に受け継がれてきた特別な魂の特性です」
サリファはライム達の視線に臆すること無く、話を続ける。
「この魂之力の仕組みは、逆らった者の魂をも破壊する爆弾を体の何処かに埋め込むと言う物。もしスレング王に逆らう様な発言や行動をすると、その場にスレング王自身が居なくとも爆弾が爆発し、体と魂が爆ぜます。これがフィオナさん達、もっと言えばこの国の騎士全員に掛けられているんです」
「確かに、逆らえば死ぬ状況になれば従うほか無いですね」
サキは、オレンジジュース片手に頷いた。
「だが、実際に奴隷達はフィオナの『剥奪者』によって筋力や魔力等をサリファさんありきの限界まで奪われている。脅されているからと言って、この行為は許される物ではない」
そう言うリサの表情は怒色に塗れている。
「分かっています。なので、サリファは皆さんとはここで別れます。サリファが居る事で皆さんの判断を鈍らせる訳にはいきません」
サリファは思い詰めた表情で語った。
「いえ、それは危険です。捕まったら今度は拘束だけでは済まされないかもしれないんですよ」
覚悟を決めたサリファを何とか止めようと、ゼーレは真剣な表情で話した。
「それも承知の上です。それに、サリファは転生者です。幼い容姿をしているからって過保護にならなくても大丈夫です」
サリファの覚悟を前に、その場の全員が言葉を飲み込んだ。
「サリファの覚悟は分かった。僕、この国には知り合いが多いんだ。安全な馬車の手配ぐらいなら簡単にできる、僕がサリファさんをこの国から逃がすよ」
ライムは、そう言いながらリサに目配せをした。
「分かった。サリファさんの事はライム君に任せよう」
リサが承諾した事で、その場の皆んなもライムの提案に賛成した。
「サリファさんの救出は成功した。残りは、フィオナとスレング王を倒すだけだ」
リサは力強い口調で皆を鼓舞した。
「それが難しいんだけど、このメンバーなら怖くないな」
エイダンは爽やかな笑顔でそう話した。
「いや、皆んなには悪いが、今回の戦闘は私とライム君だけでやらせてもらう」
リサの言葉に、皆んなが戸惑いを見せた。
「ど、どうしてですか?」
イーサンは眉を下げ、小さな声量で淋しげに問いかけた。
その問いに、リサは真剣な表情で淡々と言葉を連ね始める。
「私とライム君は、皆に比べて軽傷だ。それに、今度は本気でフィオナとぶつかりたい。私の魂之力の関係上、仲間は少ない方が伸び伸びと戦える。それに、獣人のライム君なら、私とフィオナが本気で戦っても耐えられるだろう」
リサの言葉を聞き、ライムは自信満々の表情でニヤけていた。
「だから、他の皆んなには私達の戦いから国民を守る事と、ゼーレ君には真実を伝える役目を担って欲しい。王城の放送室にあるマイクが、国中に設置されている屋外スピーカーに繋がっている筈だ」
「な、何で僕なんですか!? 戦いが終わった後にリサさんが演説すれば良いんじゃないですか?」
ゼーレは、いきなりの提案に動揺を隠せずに居た。
「それもそうなんだが。やはり、私とスレング王が対立している事実を目の当たりにしている中、選ばれし勇者である君の言葉で語られた真実は、国民の胸に信憑性のある言葉として届くだろう」
リサの青く真っ直ぐな瞳は、ゼーレにリサの真剣度を伝えるには十分だった。
「それに、当の本人である君では感じづらいのかもしれないが、長年顯れなかった勇者の素質を持ち、魔王倒すために旅を続けていると言う勇気に溢れる君の事を尊敬している者は多い。今頃は薄明同盟に勇者ゼーレが居ると、話題が飛び交っているだろうな」
「そんなに何ですか?」
そう言うゼーレは、少し口角が上がっていた。
「ゼーレさん。実は私、魔法学校へ偶に先生として行ったりするんですけど、女子男子問わず、結構ゼーレさん達勇者パーティーの話題が上がっていますよ」
サキはゼーレに自信を与える様に、優しく微笑みかけた。
「そ、そうなんですね〜」
ゼーレは気恥ずかしい様子でニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ん゙っゔん゙。分かりました、演説は任せて下さい。でも、決行はいつにするんですか? それぐらいは教えてもらわないと、心の準備とかが……」
ゼーレはそう言いながら、チラチラとリサの方に視線を向けていた。
「悪い、いつ決行するかはまだ決めてないんだ。あちらの動向が掴め次第、伝える」
「じゃあ、僕はサリファを馬車の所まで送ってくる。サリファさん、行きましょう」
ライムはリビングの扉を開け、サリファに手を差し伸べた。
「はい」
サリファもソファーから立ち上がり、ライム達は家から出ていった。