123 聖女の名前
「失礼します」
ゼーレは恐る恐る鉄製の扉を開けた。
扉の先には広い空間が広がり、一番奥の壁に椅子に縛られたまま眠らされているオスカー王が居た。
「オスカー王は……、寝てるだけみたい」
レイラは壁に杖を立てかけ、オスカー王の首元に手を当てて確認し、安堵の表情を浮かべていた。
そんな中、ゼーレ達の居る部屋の下の方から大きな爆発音が響き、ゼーレ達の居る部屋が大きく揺れた。
「下の方から!? ライムとリサさんなら大丈夫だろうけど……」
ゼーレは、心配そうな表情でオスカー王の方に振り返った。
「行こう、ゼーレ。この部屋の扉にユニスの魂之力で空気の鍵を掛ければ、私以外誰も開けれなくなる」
レイラは杖を手に、迷いの無い瞳でゼーレを見つめる。
「そうか。なら行くぞ」
そうして、ゼーレとレイラは部屋を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
舞台は変わり、地下工場東南区。
そこでは、アンナとエリーが未だ距離を取り続けていた。
「あの……。貴方、見るからに戦いが得意そうじゃないけど、戦えるの?」
アンナの質問にエリーは嬉々として答え始めた。
「一応、繋がりの強い者に感覚や魂之力を共有したり、念話の出来る魂之特性『共存者』と未来や見えない物を見る魂之特性『見透眼』を持っています」
エリーは胸に手を当てて自信満々に話した。
「魂之特性を複数個? 逆に珍しいわね。直接攻撃できる魂之力だとは思えないんだけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。私は幼馴染であるフィオナの推薦だけでラストナイトに入団しましたが、それからは対人戦の練習もしてましたから」
エリーは薄紅色の瞳で真っ直ぐアンナを見つめながら話し始めた。
「それに、例え敵わない相手を前にしても私はラストナイトの一員として、闘わないと言う選択肢はありません!」
「そう、分かった。なら、一思いに黒雷で終わらせてあげるわ」
そう言って、アンナは右手に雷を纏った。
しかし、その雷は漆黒色では無く、黄色い雷だった。
な、何で、黒雷が出ない!?
『真実之愛』が無くなったの?
いや、それは有り得ない。
だって、私がライムを好きな気持ちはあの日から変わってないもの。
アンナは深呼吸をし、エリーを見つめた。
「出ないなら仕方ない……。少し痛みが増すけど頑張ってね」
『雷猫肉球!』
雷を纏った掌がエリーのお腹に触れる瞬間、エリーは恐怖で目を瞑っていた。
アンナの掌がエリーのお腹に当たった瞬間、瞬きも許さない程素早い雷撃が放たれる。
そして、雷撃をくらったエリーは白目を剥いて、仰向けで地面に倒れた。
「何か呆気ないわね。何でこの娘一人に一区画任せちゃったのかしら?」
「と言うより、ライトニング考案の可愛い技、初めて使えた。嬉しい! でも、ライトニングに見てもらいたかったなぁ〜」
アンナは嬉しそうにガッツポーズをした後、直ぐに寂しげな表情を浮かべて自身の掌を見つめた。
その後、アンナは気絶しているエリーを壁にもたれさせ、中央区の方に視線を向けた。
「あの二人なら心配は要らないと思うけど、ライトニングも黒雷が使えないんだとしたら心配ね」
アンナはそう呟き、廊下の先へと走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時を同じくして、地下工場中央区の中心部。
そこにはライムとリサ、そしてフィオナが血を流していた。
「まさか、リサが神授之権能を持っているなんてな。レオンの頃は魂之特性すら持ってなかったのに」
ライムは、黄色い雷を全身に纏わせながら、顔の血を手で拭った。
「魂之力はレオンの時から欲しかったので、ありがたく使わせてもらってます」
リサは、白い剣に纏わせている紫色の魔力を嬉しそうに見た後、ライムに微笑んだ。
「破滅帝を奪ったとは言え、ライム君の元々のスペックが高い。そこにリサも居たら、人数不利とか言う次元じゃないな」
息を切らしているフィオナは何かを感じ取り、右手を耳に当てて集中した。
やっぱり! エリーの魂之力が使えなくなってる。
でも魂之力の存在は感じるから、殺されたと言うより気絶されたのか。
フィオナが考え事をしていると、北東方面から足音が聞こえてきた。
「良かった。まだ生きてるじゃん」
足音の元には、余裕そうに堂々と歩を進めるノアが居た。
「北東方面から来た? っ! ……、まさか!」
フィオナは、ノアにとてつもない殺気を込めた眼光を向けて睨んだ。
「殺しては無いよ。騎士を殺すと、山賊とかを殺すより数倍面倒な事になるし」
「そうか。お前等はナハト教団や砦の鎖よりかは賢い組織のようだ」
フィオナは殺気を引っ込め、上から目線で話した。
「ふっ、そんな下劣な組織と比べられるだけで反吐が出る」
ノアは低い声でそう言いながら、冷たい視線でフィオナを見ている。
「とりま、3対1なんだから一瞬で終わらせるよ。『破滅之太陽』」
ノアは右手を掲げて、中央区に巨大な漆黒の太陽を出現させた。
「待って下さい!」
少女の儚げな声が地下工場中央区に響き渡る。
「あ? 助けてあげようとしてるのに何?」
ノアの上から目線発言を聞き、ライムは怒った顔でノアの傍に詰めていった。
「お前こそ、強いからって威張るなよ。真の最強は己の力を過信せず、常に上だけを見る者。間違っても、見下す様な発言はするな」
「ま、敵相手の場合はカッコつけたくなるからしょうが無いと思うけどね」
ライムが詰めたノアの真上には、未だ漆黒の太陽が揺らめいている。
「で? 何で止めたんだ?」
ノアは漆黒の太陽を引っ込めて、冷静に質問を投げた。
「それは……。だって、ここでそんな魔法を撃たれたら私にも当たりますし、フィオナには傷ついて欲しくないんです」
少女は拘束され、地面に座らせれながらも、強い意思でノアを見つめていた。
「フィオナさんは普段はカッコいい騎士で、今は貴方達から見たらただの悪者です。ですが、本当のフィオナさんは平和に暮らしたいだけなんです」
「信じられないな……」
フィオナに剣を向けるリサの青い瞳は、怒色に満ちていた。
「奴隷聖女、命令だ。それ以上喋るな」
フィオナは漆黒の雷を大剣に纏わせて、ライム達の動きを警戒している。
「そんなに冷たくしないで下さいよ。フィオナさん……」
少女は、悲しそうに下を俯いた。
その後、少しの間沈黙の時間が続いたが、そこにとある二人組が現れた。
「おいおい、フィオナ。何で敵に情をかけられてんだよ」
中央区の上方にある鉄の足場から、ガルノとエスメが静かに飛び降りて、フィオナの前に着地した。
「っ! 魔将軍……。居たのか」
フィオナは大剣を引っ込め、少女を守るように近づいた。
「あぁ、ずっとお前らの事見てたぜ。冷めきった戦いが続いてたから寝ちまうところだったんだよ」
「貴方との共闘が黒キ盾のお願いだからね。人数的にも平等になるし」
ガルノとエスメは、魔法を自身の周りに纏わせながら、敵意をライム達にぶつけていた。
アイツラがアンナ達と戦った魔将軍か。てか、今までナハト教団と魔王軍が協力してる様には見えなかったが、やっと本気を出してきてるんだな。
ライムがそんな事を考えていると、廊下から数名の足音が聞こえてきた。
「魔将軍も関わってたのか。でも悪いな、一瞬で人数不利になって」
勇者の煽るような言い方が、エスメを苛つかせた。
「ちっ、勇者にジャスティスクローまで来たか。面しれぇじゃんか」
ガルノはゼーレやジャスティスクローの人達を見て、嬉しそうに笑っていた。
「私達も居るから、忘れないでね」
ゼーレ達の後ろには、雷鳴スーツにフードを深々と被ったアンナとラビッシュが居た。
「ラビッシュ、お前に仕返ししたい!」
ラビッシュは足にオレンジ色の風を纏い、牙を出して怒っている。
「うふふ、出来たら良いわね仕返し。ガルノ、行くわよ」
エスメは大量の細い血を自身の身体に戻した。
「ちっ、俺達の魔法でも流石に室内戦じゃ数的不利を覆せないからな。フィオナ、そいつはもう良い。取り敢えずここから去るぞ。霧を出せ」
ガルノは赤い風を腕に纏いながら、フィオナに目配せした。
「他のラストナイトを助けるのも忘れるなよ」
そう言うフィオナの手は、白く輝き始めていた。
「分かってるよ。お前等は黒キ盾の大事な戦力だからな」
ガルノがそう言うと、フィオナは手から大量の眩い白霧を放出した。
「『白光之霧』……。奴隷聖女、お前の苦しみももう少しで無くなる。良かったな」
そう言って、フィオナは眩い白霧に姿を眩ました。
「そうだ。貴方達、ナハト様にはこのエスメが指一本触れさせないから……」
霧で姿が殆ど見えないエスメの声は低く、霧の外からでも分かる程、殺意を全身に纏っていた。
「次に会う時は毒殺確定だからね♪」
エスメは、明るい笑顔をライム達に向けながら、フィオナとガルノと共に霧の中へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ〜。取り敢えず、薄明同盟の作戦の一つは達成出来たな」
ゼーレは安心しきった様子で地面に座り込んだ。
「そうだな。まぁ、サンダーパラダイスの手も借りて達成したってのはなんか癪だけど……。って、あの三人は?」
イーサンが中央区を見渡すも、既にアンナ達の姿はどこにも無かった。
「居ないようですね。アイツラはいつも気がついたら居なくなってるからな〜」
ライムはニヤニヤしながら話していた。
そう、リサに子供を見るような目で見られているとも知らずに。
その後、ライム達は少女を縛っている物を解き、各々リラックス過ごしていた。
そんな中、リサは晴れやかな表情でライム達を遠目に眺めている少女に近づいて話しかける。
「そう言えば、私達は君の本当の名を知らないんだが、教えてくれるか?」
それを聞いて、ライム達は静かに少女の方へと視線を向けた。
少女は柔らかい笑顔を浮かべて明るく言う。
「はい。サリファの名前は、サリファ・ディスレ。呼び方はサリファでも奴隷聖女でも、両方気に入っているのでどちらでも良いですよ」
その笑顔は、暗い地下工場を優しく照らす光の様だった。




