122 女王の伝言
地下工場中央区へと繋がる廊下。
そこでは、ゼーレとレイラが殺意むき出しでアルバート達と戦い続けていた。
ゼーレは前線でフライオスと戦い、レイラが後ろから援護し、アルバートは後ろから優雅に見物している。
しかし、フライオスとゼーレの剣が疲れにより落ち着いた瞬間、アルバートが動いた。
「勇者共よ、悪へと堕ちろ。『殺人欲求』」
アルバートは右腕を突き出し、そう言った。
すると、ゼーレとレイラは頭を抑えて辛そうにうめき声を上げた。
少しして。
ゼーレとレイラは何事もなかったかの様に顔を上げたが、明らかに目が血走っていた。
「殺す! お前だけは絶対に!」
ゼーレはフライオスに突進し、剣を交えながら殺意を乗せた眼でアルバートを睨み付けた。
「クロエの気持ちを利用させはしない! 『水之槍』」
レイラは、フライオスの後方に立っているアルバートに向けて魔法を放った。
「クククッ。やはり、対象に触れなくとも魂之力を発動できるのは便利ですね」
アルバートは後ろの方でレイラの魔法を避けながら嗤った。
「おい、滅紫の剣。何で奴らの殺人欲求を引き出したんだよ。これじゃあずっと奴らのペースになるぞ」
フライオスは一旦アルバートの所まで下がり、汗を垂らしていた。
「バカですか、工場長さん。いくら勇者と呼ばれる者や魔力量の多いエルフでも、限界はある。それに戦いは基本、冷静に物事を判断できている方が有利なのです」
アルバートが嗤う先には、全身に力が入り、眼も血走っているゼーレとレイラが居る。
「ですので、このまま勇者達に隙が出来るまで耐えます。まともな精神状態の勇者達と戦っても勝てないでしょうからね」
「お前が工場長? そうか、お前がここのトップなんだな?」
フライオスが工場長と知ったゼーレとレイラは、フライオスにはあまり向けていなかった殺意を向け始めていた。
「ちっ、余計な事言いやがって」
フライオスに、より一層の緊張が走る中、アルバートはフライオスを見て不敵な笑みを浮かべていた。
「分かったよ! やりゃあ良いんだろ!」
フライオスはヤケになって、ゼーレに向かって走っていった。
「お前はここの工場長ってだけで充分罪深き者だ。少しの痛みは我慢しろよ」
ゼーレは剣を鞘に納めて目を瞑り、右手に魔力を集中させた。
「勇者らしさが無くなるから、魔王アビスとの戦いまで取っとこうと思ってたのに……」
この時、人前で初めて勇者ゼーレの魔力が黒く光った。
「ゼ、ゼーレ?」
レイラは、初めて見るゼーレの黒い魔力に戸惑いを隠せずに居た。
その魔力は闇魔法よりも悍ましく、その魔力を見たレイラ達はその場に立ち尽くし、死を感じる程体温が下がっていた。
「生命を司る神達よ、力を貸したまえ……。『死神之寿命吸引!』」
ゼーレが右手を前に出すと、黒い魔力は物凄い速さでフライオスを包み込んだ。
フライオスの悲痛な叫びが聞こえる中、黒い魔力を纏って冷たく微笑むゼーレのその姿は、まさしく死神のようであった。
数秒後。
黒い魔力はフライオスから離れ、ゼーレの右手に吸い込まれるようにして戻っていった。
「な、何をした?」
そう言うアルバートの視線の先には、筋肉は殆ど無く、毛も全て抜け落ち、まるで一瞬にして老衰したかの様な状態で倒れているフライオスの遺体があった。
「先ず、死を司る神『死神』の神授之権能を使ってコイツの寿命を吸い出す。次に森羅万象を浄化する魂之特性『純心』で寿命を誰の物でも無い白紙状態にして、生を司る神『生神』の力で僕の生命力に限りなく近い形に変換して僕の寿命にした……」
「説明はこんな感じで良いかな? ま、これ以上は説明の仕様が無いけど」
ゼーレは淡々と言葉を連ね、アルバートに冷たい視線を送った。
「何で今まで隠してたの?」
レイラは不安そうな表情で話しかけた。
「浄化する魂之力や生神の魂之力ならまだしも、死神の魂之力を持ってるなんて、勇者らしく無いじゃん?」
「く、ククク。面白い! 生命を操る魂之力か。実に面白いじゃないか!」
アルバートは高笑いをしていた。
「ゼーレ、気付いてる?」
アルバートの狂気的な高笑いで我に返ったレイラは、ゼーレに小さな声で話しかけた。
「あぁ、アルバートの奴が興奮しすぎて、僕達に掛けてた魔法が解けてる」
「初めは、まさかここに居るとは思って無くて対処できなかったけど、次は必ず成功させる」
レイラは真っ直ぐとした青い瞳で、アルバートを睨んだ。
「うん。信じてるよ、レイラ」
ゼーレは、レイラを背に爽やかな笑みを浮かべた。
「あの、絆を確かめている所申し訳ないのですが……」
アルバートは咳払いをし、ニヤリと不気味に微笑んだ。
「エルフのお嬢さん。貴方はウブそうですし、顔も性格もイケメンな勇者の近くで旅をしていたら、少しは惹かれている筈」
「な、何を言ってるんですか!?」
レイラは顔を真っ赤にして、いつもより大きな声量で恥ずかしがっていた。
「わたくし、エルフの恋愛や性欲についても研究したかったんです」
アルバートはニヤニヤしながら、好色そうな目つきでレイラを見ていた。
「き、気持ち悪いぞお前。いや、元々だったか」
ゼーレは怒った表情をしながら顔を赤くしていた。
「さぁ、さらけ出すのです。『愛欲之解放』」
アルバートは右腕を突き出したが、ゼーレとレイラは動揺していた為、対応できなかった。
「うっ!」
魔法に掛かったレイラは、胸を抑えて呼吸を荒くしていた。
「ゼーレ……。どうしよう、私抑えられないかも……。ハグしよ?」
レイラは杖を手放し、両手を広げた。
ゼーレを見ているトロケた綺麗な黄色い瞳は、上目遣いでハグを要求している。
「え?」
ゼーレは驚いた表情で、一歩後ろへ下がった。
しかし、ゼーレの黒真珠の様に輝く純粋な瞳は、目の前の色っぽい青髪ロリエルフから離れる事が出来ずにいた。
「私はゼーレの事好きだよ……。ゼーレは?」
普段の素振りからは想像できない甘えてくるレイラを前に、恋愛経験の無いゼーレが止まれる筈も無かった。
ゼーレは顔を赤くしながら一歩踏み出し、レイラの背中に両手を回して優しく抱きしめた。
「良いですね、良いですね。非常に良いです」
アルバートはニヤニヤしながら、一人で盛り上がっている。
そんな時間が十数秒続いた。
「ふっ、見せもんじゃねぇぞ」
ゼーレは鼻で笑いながら、レイラの背中に回している手に魔力を込めた。
すると、レイラの呼吸は段々と正常な物に戻り、冷静に魔法の杖を拾い上げた。
「な、何故だ? 愛欲は最大限まで増幅させた。そんな直ぐに満足しない筈……」
アルバートが驚いた顔で見ているレイラとゼーレは、まだ恥ずかしそうに耳を赤くしていた。
「言ったろ、僕の魂之特性は『清き心』、森羅万象を浄化する魂之力だって」
ゼーレは恥ずかしい気持ちを押し殺し、ドヤ顔で右手に白い光を纏わせた。
「あぁもう、良い所だったのに。興が冷めました」
アルバートは、髭をいじりながら苛ついていた。
「もう終わりにしましょう。眠り死んで下さい。『死出之睡眠欲』」
アルバートは右腕を突き出し、不敵に笑った。
その瞬間、ゼーレ達の甘い空気は一変し、レイラは魔法の杖を構えた。
「三度目の正直……。『反射水之壁!』」
レイラがそう言うと、レイラ達とアルバートの間を完全に遮断する水の壁が出現した。
「水の壁など無意味だ……。うっ!」
アルバートは段々と威勢が失せていき、眠たそうに目を細めていた。
「な、何故私の方が眠くなっているのだ……」
アルバートはふらふらとした足取りで壁まで移動し、壁を背にして座り込んだ。
「精神系の魔法や魂之力は扱いが難しい。相手の精神の主導権を奪うから当然だ。ましてや、お前は最近究極之魂に進化したばかり……」
ゼーレとレイラは、座り込んでいるアルバートへと近づいた。
「扱いに慣れていない貴方は、『欲求支配』を使おうとする時に右腕を突き出すと言う溜が必要になる。隙が出来るのが分かっているなら、対策なんて容易なのよ」
「冷静さを欠いていたのは、お前の方なんだよ。アルバート」
レイラとゼーレは、アルバートを見下ろし、嫌悪の眼差しを向けていた。
「くっ! しかし何故だ……。私の魂之力をコピーしたのか?」
「少し違う……」
レイラは小さく呟き、話を始めた。
「私の持つ、全てのエネルギーを反射する魂之特性『孤高之才能』は、万物にルールを付与する究極之魂『神秘付与』の効果により、魂之力の効果すら反射できるようになったの」
レイラは自身の平たい胸に手を添え、目を閉じた。
「これも、貴方を倒したいと言う私達の気持ちに友人が応えてくれたから」
レイラは鋭い黄色き眼光でアルバートを睨んだ。
「ぐっ! やはり、直接攻撃できるような魂之力じゃないと戦闘は厳しいか……」
アルバートは抵抗を諦め、脱力した体勢で完全に目を閉じた。
「そうそう、自我が無くなる前にクロエ王女からの伝言を伝えるんだけどさ。『私は、貴方が思っている様な絶望に染まり続けるか弱い王女では無い!』 ってさ」
ゼーレは、クロエが言った時の様に真剣な表情かつ真っ直ぐな瞳で力強くアルバートに伝言を言い放った。
「そうか、やはり王女になっていたんですね。絶望に染まる顔をもう一度見たかったですが、それは叶いそうにありませんね」
アルバートは完全に命を諦めて全てがどうでも良くなったのか、目を閉じたまま鼻で笑った。
「ふんっ、貴方が生きていても叶わないわよ」
レイラはムスッとした顔でアルバートを見下ろしていた。
アルバートは二人に見下されながら、不気味な笑みを浮かべて永遠の眠りについた。
アルバートが眠りについてから数秒後。
ゼーレとレイラは、顔を真っ赤にしてその場に座り込んだ。
「そ、その……、好きって言うのホントなのか?」
ゼーレは横のレイラから視線を逸らしながら話した。
「うん……」
レイラは青髪ショートボブの毛先をいじりながら、顔を真っ赤にして静かに頷いた。
その後もゼーレとレイラは、互いに顔を合わせないように別方向を向きながら顔を赤くして照れていた。