121 正反対な怪物
地下工場北東区では、ノアとライアンが剣を交えていた。
「ちっ、テメェ何で魔法を使わねぇんだよ!」
ライアンが剣を交えながら、鬼の形相で目の前のノアにキレていた。
「お前こそ、何故使わない?」
ノアは剣を握っている拳に力を込めず、余裕そうな表情でライアンの怒りと剣を受け止めている。
「俺は普通の魔法は使いたくねぇんだよ。どれもしょぼいからな」
ライアンはそう言いながら、剣同士を離して後ろに下がった。
「だからと言って、魂之力を使えば直ぐに戦闘が終わっちまう。お前は強そうだからな、本気で殺り合いてぇんだよ!」
「ふっ、そうか。ボクも本気でない相手には燃えない質だからな。良いだろう、少し本気を出してやる」
ノアは白い剣を鞘に納め、余裕の笑みを浮かべながらライアンへと歩みを進めた。
その歩く姿には一切のブレも無く、色鮮やかな瞳はライアンだけを見ていた。
「ちっ、何が本気だよ。舐めてるとぶっ壊すぞ! 『灰壊之水波』」
ライアンが剣を薙ぎ払うと、剣で斬った空間から3mにも及ぶ灰色の波がノア目掛けて押し寄せた。
灰色の水は、金属やプラスチックを飲み込み、分解しながらノアに触れる寸前まで進んでいた。
「どうしても超えられない壁ってのが、この世にはある。『次元防御』、発動」
灰色の波がノアに触れる寸前、ノアは魂之力を発動し、仁王立ちで波を受け入れた。
しかし、ノアがふと下に視線を向けると、床は灰色に変色してヒビが広がり始めていた。
地面にヒビ? まさか!
ノアが気づいた時には既に遅く、灰色の波が触れた北東区の床は崩れ落ちた。
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地下工場中央区の中心部。
そこでは、中心部からそこそこ離れている北東区の床が崩れた轟音により、ライム達が一時休戦をしていた。
「な、何だ!? 水が滝みたいに落ちてきてる」
ライムの視線の先には、穴が空いた天井から落ち続けている巨大な灰色の滝があった。
「あそこの上は北東区の筈、そこまで激しい戦闘なのか」
リサは、剣を握る手の力を強めて灰色の滝を見つめていた。
「ふっ、駄犬君は勝ったか」
フィオナは誇らしげに言った。
「灰色の水、厄介な人が来た……」
ボロボロの少女は、灰色の滝を見ながらそう呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地下工場中央区の北東側。
そこでは、びしょ濡れのライアンが勝ち誇った顔で剣を鞘に収めていた。
「いやぁ~、フィオナ様から許可は貰ってるとは言え、ちょっと派手に壊しすぎたか?」
ライアンは吹き抜けになった天井を見て苦笑いを浮かべていた。
「ま、さっさとリサを倒して終わりにするか」
ライアンは軽い足取りで地下工場中央区の中心へと向かった。
「おい、何処に行く気だ?」
殺した筈のノアの声にライアンが振り向くも、そこには誰も居らず、ライアンの背後に誰かの気配がした。
「お前の究極之魂、使った事があるから知ってるぞ。便利だよな、魔法に触れた物は全て跡形も無く崩壊するなんて……」
ライアンの後方には、途方もない量の魔力が突如として現れた。
「何で生きてんだよ!」
ライアンは咄嗟に剣を抜いて後方を斬った。
が、ノアは姿勢を低くして剣を避け、剣に漆黒の雷を纏わせながら突きの構えをしていた。
「幽霊と出くわしたみたいな反応しないでくださいよ。ボクはまだ生きてるんですから」
ノアはそう言いながら、剣を思いっきり突き出した。
「あっぶ!」
ライアンは間一髪の所で後ろに飛んで、剣を避けた。
「これは、ボクの知る限り最強の魂之力です」
自身に漆黒の獅子雷獣を纏わせながら、ノアは言い放った。
「へっ、俺の『星之灰壊』より対人が強い魂之力はねぇよ!」
ライアンは、灰色の水を白い剣に渦巻かせて、飛び出した。
「粉々にしてやるよ! 『灰壊之小滝斬』」
ライアンはそう大声で言いながら、飛び上がって剣を灰色の水と共に振り下ろした。
「最強に屈しろ。『獅黒怒雷』」
黒き雷を纏いし剣が振り上げられると、獅子雷獣の爪も下から上へと綺麗に流れ、灰色の水を纏った剣とぶつかった。
二人の剣がぶつかった瞬間、獅子の咆哮の如き激しい雷鳴と共にライアンの剣は真っ二つに折れた。
「ふっ、やはりこっちの勝ちだな」
折れた剣を支えに跪いているライアンを見て、ノアは鼻で笑った。
「うるせぇ……」
ライアンは唇を噛みながら小さく言った。
「うるせぇよ! こっちだってフィオナ様にも他の皆んなにだって認めてもらってるんだ。だから、俺の魂之力が最強なんだよ!」
ライアンは狂った様に大声で叫び、折れた剣でノアに斬りかかる。
「そんなに言うなら、お前の魂之力で終わらせてやる……」
ノアは小さくそう呟くと、居合いの構えを取り、剣に灰色の光を纏わせた。
「灰壊の光よ、かの者を崩せ。『灰壊之光』」
ノアは、そう言いながら居合いの構えでライアンに突っ込んだ。
ライアンは光を見た瞬間に“死“を感じ、咄嗟に体をずらして避けようとしたが、間に合わず、右腕から血を出した。
「ぐっ!」
ライアンは折れた剣を手放し、傷口に手を当てながらお尻を地面についた。
「どうだ? 自分と同じ究極之魂の効果が付与された魔法を喰らうことなんてそうそう無いだろ? 効果を薄めてあるから、お前の言う最強の魂之力の力、長く体験できるぞ」
ノアは右腕を抑えながら地面にうずくまるライアンを見下してそう言った。
「まさか、お前も俺と同じ究極之魂を持っているなんてな……」
「いや、持ってはないよ。ただ、ボクの神授之権能は、全ての魔法と全ての魂之力を使えるってだけだ」
ノアは、白い剣に付いた血を拭きながら、淡々と答えた。
「ちっ、怪物が……」
ライアンの右腕はどんどん灰色に変色していき、崩れ始めていた。
「てか崩壊させれても、崩壊を止めることはできないんだな」
ノアはゆっくりと剣を鞘に納め、余裕を見せつけた。
「崩壊させる魔法をまともに喰らったなら、体が崩れ落ちるみたいにして粉々になるのが常識だろうが!」
ライアンが頭を上げて大声を出した事で、右腕の破片が地面に落ちた。
「ふふっ、そうだね。でも、僕はまともに喰らってないから」
「は!? 何でだよ。避けてる素振りは無かったのに」
「いや、言ったじゃん。『次元防御』、発動って」
ノアはそう言いながら、座り込んでライアンと視線の位置を同じにした。
「は? 次元防御?」
ライアンは理解できず、呆けた表情でノアの美しい顔を見ていた。
「うん。ほら、触ってみ」
ノアは右手を差し出し、ライアンは左手を伸ばした。
ライアンの左手がノアの右手に触れる距離まで近づくと、ある一定の場所でライアンの左手が何かにぶつかった。
「空気の壁? いや、それぐらいなら水圧で壊せる筈……」
ライアンは同仕様も無い無力感に覆われ、泣きそうな顔でノアの手を体重を掛けて押し続けた。
その手には力が入っておらず、ライアンは段々と涙を流し始めていた。
「これは、簡単に言うと別次元と繋がっている空間なんだよ。だから、どんな攻撃も別次元に飛ばされてボクまで到達することは無い」
「ハハッ、本当に怪物だな……」
ライアンは涙を流しながら笑っていた。
「君も中々の怪物だと思うけど……。ま、実際全ての魂之力を使えるボクが最強何だよね」
ノアは、ライム達が戦っている中心部へと足を進めながらそう呟いた。
その後ろでは、右腕を失ったライアンがうつ伏せで倒れ、隊服と折れた剣と共に灰色の水で濡れていた。




