118 英雄達の始まり
時刻は深夜0時ちょうど。
『奴隷聖女』が居るであろう地下工場へ繋がる階段に着いたライム達。
不気味な雰囲気漂う工場の窓からは月明かりがライム達を照らし、着ている黒のレザージャケットがそれを反射して艷やかに輝いていた。
「今回は、私達が革命を起こした事を国民に知ってもらう為に仮面は被らない。そして作戦通り、工場に入ったら班に分かれて『奴隷聖女』が居る工場中央へと攻める」
ライム達は静かに首を縦に振った。
「ジャスティスクロー班は最初に出会ったラストナイトを確実に倒し、勇者パーティーは私が合図を出したら、ライム君だけ私に着いてくる」
「了解」
ライムは静かに返事をした。
「一応話しておくが、今回の作戦はあくまで『奴隷聖女』の救出だ。殺す必要も死ぬ必要も無い、あまり無理はしないでくれ」
リサは優しい声色で話した。
「それでは、レイラさんお願いします」
リサが静かにレイラへと合図を送った。
「任せて、『反射水球』」
レイラが魔法の杖を突き出して魔力を込めると、地下への階段を水球が突き進んでいった。
水球が階段を降りていって数秒後。
水球の大きな爆発音と共に複数人の悲鳴が聞こえてきた。
「手応えあり、見張りは5人で全員倒した」
「ありがとうレイラさん。それじゃあ一気に突っ込むぞ!」
リサがそう言うと、初めにジャスティスクロー達が階段を降りた。
その次にリサが降り、最後にライム達勇者パーティーが続いた。
階段の先には、鉄で出来た壁に囲まれた大きなトンネルの様な廊下が広がっており、床が下の方へ斜めっていた。
「リサさんの言ってた通り、廊下が螺旋状にに下がっていってますね」
そう言うゼーレの足元には、黒いスーツにサングラスを掛けた男達が倒れていた。
「あぁそうだな。私の推測が正しければ、この地下工場もラスファート同様、五つの区画に別れていて、その一つ一つにラストナイトが待ち構えてる筈だ」
「そんな大きな工場にしないといけない程、奴隷が集められているのか……」
「今は奴隷達に同情している暇は無い」
イーサンは、廊下の先から走ってくるスーツを着たいかつい男達を見て言った。
「そうですね」
リサはそう言い、先陣を切って走り出した。
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壁が鉄で出来た工場内にはレイラの放った水球の爆発音が響き、工場の職員達やラストナイト達は行動を開始していた。
「フライオスさん! 奴ら、薄明同盟が攻めてきました!」
スーツを着たゴツい男が地図を見ているフライオスに慌てながら扉を開けた。
「そうか。俺達は出来るだけ薄明同盟を足止めするだけで良い、死ぬ必要はないからな」
フライオスは深刻そうな表情で優しく言った。
「了解です!」
ゴツい男はそう言って部屋から飛び出していった。
「ふふっ、エリーさんの能力は強力ですね」
アルバートは、慌ただしい様子を傍観しながら不気味に笑っていた。
「おい滅紫の剣、一応言っとくがここは黒キ盾の地であり、我々黒キ盾に仕える者。同じ砦の鎖、同じエンペラーズと言えど、あまり調子に乗るなよ」
「手出しはしませんよ。わたくしはこの男とこの男を取り戻しに来るであろう者達にしか興味がありませんので」
アルバートの視線の先には、手枷で椅子に固定された傷だらけのオスカー王の姿があった。
「オスカー王。分かってると思いますが、あの者達を排除した後はしっかりとヒストア王国攻略の為にお力添えをしてくださいね」
「貴様ら砦の鎖。いや、ナハト教団はあの者達の事を過小評価し過ぎではないか? ワシにはお前達があの者達に勝てるとは思えんが」
傷だらけのオスカー王は、覇気こそ感じられないが眼の光は失っていなかった。
「過小評価など、我々には縁の無い言葉ですね。貴方の様に恵まれた人間には分からないかもしれませんが、わたくしの様に故郷や世間から捨てられた者は他者は勿論信用しませんが、同様に自信の考えすらも信用する事はありませんので」
「そうか……」
オスカー王は、そう呟いて目を閉じた。
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地下工場中央区。
そこの中心部では、フィオナと『奴隷聖女』二人きりで話し合っていた。
「『奴隷聖女』。良かったな、お前はやっと救われる側の人間になったみたいだぞ」
フィオナは自分達の前にある廊下を見ながら優しく笑った。
「私と二人きりの時ぐらい、素の貴方でも良いと思います」
少女は、拘束されながらフィオナを見上げて優しく微笑んだ。
「悪いな。私はもう仕事モードなんだ」
フィオナは、廊下の先を鋭い眼光で睨み続けていた。
「そうですか……」
悲しそうに顔を下げる少女の前にある廊下からは、数多くの足音が騒がしく響いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時刻は深夜0時10分。
地下工場南西区に着いたライム達は、ファティーと出会っていた。
南西区は、衣服が多く並べられていて、広々とした空間が広がっていた。
「アハッ! 良い男が増えてるじゃないか! てか、ジャスティスクローと勇者パーティーがリサと行動を共にしてるのか……。なかなか不利な状況で、より面白くなってきた!」
ファティーは鞭をしならせ、興奮している。
「ファティーか。どうやら、地上の担当区と同じ方角で待ち受けてるみたいだな」
リサは殺意むき出しでファティーを睨んでいた。
「リサさん、行きましょう」
ライムが背中を押し、ゼーレとレイラは先に進んでいた。
「あぁわかってる。頼んだぞ、ジャスティスクロー」
リサとライムはファティーを横目に廊下を降りていった。
「任せて下さい」
イーサンはライム達を背に、斧を背中から抜き出した。
「お前達、大陸最強の冒険者が3対1で負ける訳にはいかないぞ」
大きな斧をファティーに向けながらイーサンは言った。
「勿論さ」
エイダンは剣を鮮やかに鞘から抜き、金髪を風で揺らした。
「大丈夫ですよ。今まで、負けるつもりで戦った事無いでしょ?」
サキは真っ直ぐなピンク色の瞳でファティーを見据えていた。
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ジャスティスクローとファティーが出会ってから5分後。
地下工場北西区にて、ライム達はマテオと出会っていた。
北西区には、大きな木材や鉄の棒などが壁側に置かれていて、作りかけの家具などが多く点在していた。
「これはこれは、まさかあのエルフのお嬢さんが勇者パーティーの一人だったとは……」
マテオは雷鳴スーツを着た兎の獣人を横目にレイラを見ていた。
「ですが、すみませんね。どうやら貴方がたの相手をしている場合では無いようなので、先に進んだ貰って構いません」
マテオは緑色の眼鏡を指で上げ、靭やかに剣を抜き出した。
「ボッ……。ゆ、勇者パーティーよ。先に行くが良い」
兎の獣人は一瞬声が大きくなったが、直ぐに冷静さを取り戻してゼーレ達を背に低めの声でそう言った。
「何でここにサンダーパラダイスが……。もしかして、リサさんが言っていた味方ってサンダーパラダイスだったんですか?」
「あぁそうだ。彼らにも私達の作戦は筒向けだっただろうから、ナハト教団絡みの戦いには介入してくると思ってね」
リサは目線でライムの方を指しながら話した。
「そうですね。僕もナハト教団絡みの時にサンダーパラダイスと共闘したので、リサさんの狙いは分かってましたよ」
まあ、ナハト教団との戦いの時に共闘したのは嘘じゃないから、嘘はついてないから。
兎の獣人を横目に、ライム達は廊下の先へと急いだ。
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兎の獣人を横目に廊下を走り続けて15分、ライム達は地下へと更に進み、地下工場北東区に到着していた。
北東区には、金属やプラスチックが保管されており、細々とした数多くの部品がレーンの上に並べられていた。
「ハァハァ、黒服の人達に追われながら斜めの廊下を走り続けるって……。私、皆んなみたいに体力ある訳じゃないのに」
レイラは走り続けたことにより、体力を酷く消耗してしまい、魔法の杖を支えによろめきながら歩いていた。
「テメー、邪魔なんだよ! 教団狙いの小者共が!」
廊下をゆっくり歩いていると、先の方からライアンの叫び声が聞こえてきた。
「あいつはライアン。本気を出せば、フィオナより厄介な騎士だが……」
リサの視線の先には、カラフルな色の入った白髪の猫獣人がライアンの前で余裕の笑みを浮かべている。
「あの人は……」
レイラは少しホッとした様な安堵の表情で白髪の猫獣人を見ていた。
「クレイエスで会った猫獣人だ。前会った時と同じで、ライアンがどんだけ強くても自分なら大丈夫だって言う余裕のオーラを出してるな」
ゼーレは緊張感を持ちながらも、ノアを見て笑っていた。
「ライアン・デストレーだったっけ? さっきの返事だが、ボク達の狙いは魔王討伐だけだ。貴方がたも、ナハト教団も本来眼中に入ってない……。なので、大人しくボクとお話しでもしようか」
余裕の笑みを浮かべながら話すその姿に、ライアンは苛立ちを隠せずに拳を握りしめていた。
「勇者パーティーと最強の魔剣士リサさん。ここはこのボクに任せて、先を急いでください」
ノアはライム達を背に、真剣な表情で白い剣を音も無く抜き出してライアンに突きつけた。