117 スラム街の少女は最強の魔剣士へ
翌朝。
薄明同盟は噂が広がるのを待つ間の二日間を自由期間として設けた。
その自由期間の間に、ライムはゼーレ達の目を盗んで風祭雷霆として暗躍していた。
ここはラスファート東南区のとある酒場。
「お、お前! 『砦の鎖』に楯突きやがって。今の俺達には黒キ盾と滅紫の剣が居るんだ」
筋骨隆々なスキンヘッドの男は、壁に吹き飛ばされ、半泣き状態で叫んでいた。
「ふっ、殺される直前に至っても他人に頼るとは、弱者は大変だな。中途半端な悪人が一番哀れな人間だ」
そんな哀れな男の目の前には、漆黒の忍者装束を身に纏い、冷徹な視線で見下している雷霆が立っていた。
「お主以外の人間は全て殺した。これに懲りたら、違法な武器商売に手を出さないことだな」
そう言う雷霆の後ろにある屍山血河な光景が、この場で起きた地獄を物語っていた。
雷霆は無言で緋色に染まった刀を振り上げ、男の左肩から右脇腹までを斬り裂いた。
「グアァァァ」
男は胸から血を流し、地面に顔を伏せて悶えた。
「その姿は……」
意識が朦朧とする中、男が顔を上げると、そこにはライトニングの後ろ姿があった。
「殺しはしない。お前は我が名声の為に……」
ライトニングは低い声でそう呟くと、漆黒の稲妻と共に姿を消した。
その後も、僕はルミナス商会の情報を使って風祭雷霆として暗躍を続けた。
暗躍の内容は、相手が複数人の場合はライトニングの姿になってからわざと見逃したりを続けて奴隷商や違法業者を片っ端から潰す等々、世間の人々が風祭雷霆とライトニングを結びつけられる様に振る舞った。
その甲斐あって、風祭雷霆とライトニング同一人物説がラスファート全土へとどんどん広がっていった。
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時は過ぎ、リサ達がラストナイトと戦闘を繰り広げてから三日後のお昼。
ライム達とリサ、そしてジャスティスクローはお昼ごはんを食べる為、東南区にある飲食店に入っていた。
顔がバレているリサは、黒い帽子に黒マスクで変装して辺りを警戒し続けている。
「聞いた? 何か、薄明同盟って言う組織が北西区の工場でラストナイトと戦ったって」
ライム達が昼ご飯を食べていると、制服を着たギャル高校生が遠くの席で話し合っている声が聞こえてきた。
「北西区の工場って、奴隷を働かせてるって噂だし、薄明同盟のリーダーがリサ様だから狙いがあるのかもね〜」
ピンク色のショートヘアをセンター分けにし、日光を反射する水の様に煌めく青い瞳をしたネイルの派手な白ギャルが大きなパフェを口にしていた。
「そうそう。それに、同じタイミングで風祭雷霆とか言うチンピラみたいな人物も出てきてるっぽいし。マジカオス」
真っ黒で垂れ目な目におでこを出した稲妻の様に輝く金髪セミロングヘアの黒ギャルが派手な色の飲み物を飲みながら話していた。
「今まではラストナイトがすぐに解決してたのに、今回の犯人は相当な手練れだね〜。私達がやっつけちゃおうか。ニヒヒ」
白ギャルが冗談交じりに明るく笑っていた。
「ちょっと、冗談にしても恐いもの知らずすぎでしょ」
黒ギャルの方も笑って楽しそうにしていた、
「僕達の噂、結構広まってるみたいですね」
ライムはオレンジジュースを飲みながらお姉さん達を横目に言った。
てか、あんなカッコいい忍者をチンピラって。
まぁこの世界の人達に忍者は理解できないか。
それにしても、この世界にもザ・ギャルみたいなギャルが居るもんなんだな。
まぁこの国が平和な証拠か。
ライム達は、自分達の噂が広まっているのを実感しながら昼ごはんを終えた。
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時を同じくして、ラスファート中央区に鎮座する王城。
そこにある玉座の間にガルノとエスメが訪問していた。
「スレング王。あんたらの悪事バレそうだけど、どうすんだ?」
ガルノは煽るように言った。
「ちっ、黙れ魔族共。既にフィオナとは作戦を立てている。手を貸してもらうぞ」
「そういう約束だしね。しょうがない」
エスメは溜息を吐きながら、玉座の間から出ていった。
「へ、俺達が居ない間に殺されんなよ。俺達が協力してんのは、アンタとだけなんだから」
ガルノは不敵な笑みを浮かべながら、スレングを睨んで玉座の間から出た。
「あぁ心に留めておく……」
スレングは険しい顔で呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私の名前はリサ、15歳。
ファミリーネームは知らない。
リサと言う名も、友達のお母さんに付けてもらった名だ。
私は物心つく頃には、既にスラム街で一人だった。
ただその日を生きることに必死で、同じスラム街の男達に追いかけ回される日々。
男達の目的が殺すことでは無く、私の身体目当てなのは薄々感づいていた。
だが、どうやら私には戦いの才能だけはあったみたいだ。
「や、辞めてくれー!」
そう叫び泣く男を私は自分よりも遥かに長い剣で貫いた。
こいつは私を襲ってきた。
だから、私に殺されても仕方ない、それがこの街のルール。
でも何でだろう? 胸がすごく痛い。
次の日。
私はスラム街で唯一仲良くなったユナちゃんと言う女の子の家に遊びに行った。
「昨日のモヤモヤなんだったんだろう……」
私がそんな事を考えながらユナちゃんの家の前に着くと、中から男と女の子の話し声が聞こえてきた。
「くっ、何で殺したのよ」
「だって、コイツラがしつこく抵抗してきたんですもん。奴隷候補なんて、このスラム街に腐る程居ますよ」
「ちっ、私の寿命にしたかったのに。ま、こんな汚い所に居る奴の寿命なんてたかが知れてるけど」
「アハハ。そうですね」
ユナちゃんのお父さんとお母さんじゃない? 誰か来てるのかな? まぁ良いか。
「ユナちゃん。遊びに来たよ!」
私が玄関の布を潜ると、そこには血が付いた白色の甲冑を着た二人の騎士と黒髪ロングに紫紺の瞳をした同い年ぐらいの女の子が立っていた。
その視線の先には、血塗れの遺体が三つ床に転がっている。
「ユナ、ちゃん?」
リサの視界は歪み、死体の先に立っている二人の騎士と女の子が悪魔の様に映った。
「う、うわぁぁあ!!」
リサは動揺を隠しきれず、喚きながら全速力で家から飛び出した。
「ちっ、見られた……。まぁあんな泣き虫じゃ何も出来ないでしょ。取り敢えず、この死体片付けるよ」
黒髪の女の子は溜息を吐きながら、暗い顔でユナの死体に手を触れた。
「は、はい!」
二人の騎士はユナの両親を抱えて家から出た。
あの娘が、あいつらがユナちゃん達を殺したんだ。
リサは泣きじゃくりながらスラム街をひたすらに走っていた。
許さない……。絶対に許さない! あの女達をぶっ殺してやる!!
幼いリサの青い眼は怒色に染まりきっていた。
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「……ん。……さん。リサさん!」
サキがリサの肩を強く揺さぶって顔を覗き込んでいた。
「はっ!」
リサは現実に戻り、眼の前がハッキリとした。
「すまない。少しの間、昔の事を思い出してた」
リサはそう言いながら、頭を抱えた。
時刻は深夜0時直前。
場所は北西区のリサとフィオナ、そして風祭雷霆が戦った工場近くの建物の屋上。
ライム達やジャスティスクロー達は皆、膝立ちの状態でリサを心配していた。
リサ含め、ライム達は全員黒いレザージャケットを各々のスタイルで着こなし、自信のイメージカラーのズボンやスカートを着て、シックな雰囲気を纏っている。
「いや〜、それにしても奪還作戦の時にレザージャケットを着てると、一気にスパイ感が増すな」
ライムはニヤケが抑えきれずにいた。
「スパイが何か分からないが、サキやレイラさん、それとリサさんもカッコいい女性って感じがして良いですね」
エイダンは口説くような口調で話した。
「えへへ、ありがとう。エイダン君」
サキは顔を赤くして恥ずかしがっていた。
「さて、この前の作戦で待ち伏せされていたのを考慮すると、おそらく今回も待ち伏せされているだろう」
イーサンはキツめのレザージャケットのチャックを閉めた。
「そうですね。しかも今回はこちらを敵側も全員集まっていて、戦場は地下深く。『奴隷聖女』や奴隷達を救出したいこちらにとってはかなり不利な立地」
レイラは杖を構えて辺りを警戒している。
「だからこそ、さっき話した作戦が突破口になる」
リサは真っ直ぐとした目をして言った。
「でもその作戦を話してる時、結構あやふやな説明でしたよね? 本当に大丈夫何ですか?」
イーサンは斧を担いで立ち上がった。
「大丈夫だ。ね、ライムさん」
リサは明るい笑顔でライムの肩に触れた。
「え? あぁうん。それに作戦が上手く行かなかったとしても、このメンツならどうとでもなる。そうだろ?」
ライムは自信に満ち溢れた表情で笑った。