109 闇の政治
合流したライム達は、それから一時間程掛けてフォティールに到着していた。
空は、既に夕暮れ時になっており、オレンジ色の日差しがライム達や森の木々を照らしている。
フォティールに到着したライム達は、眼の前に広がる国の在り方に思わず息を呑んだ。
太く大きな木々や崖などの自然と融合し、空中に浮いている様な家や商業施設。
そして、人と動物が助け合って暮らしている。
そんな、原始的な暮らしを連想させる小さな国、それがフォティールなのだ。
「これはこれは、最近噂に聞く勇者様達ではありませんか」
ライム達が草木で出来た門の前で立ち尽くしていると、一人のお爺さんが話しかけてきた。
黒髪で顎髭を少し蓄え、茶色いジャズハットを被った物腰柔らかそうな初老のお爺さん。
「貴方は……」
ゼーレは丁寧な口調で話した。
「自己紹介が遅れました。わたくしはこの国、フォティールの王を務めているウトレスと申します」
「っ! 国王様直々に出迎えてもらわなくても良かったのに。気を遣わせてしまったみたいで、すみません」
ゼーレは、申し訳無さそうに頭を下げた。
「いえいえ。これから先、勇気を振り絞って魔王に挑み、この世界に平和をもたらすかと知れない人達には、最大限のもてなしを持って接させて頂くのが礼儀というものです」
ウトレスの一挙手一投足からは、紳士的な振る舞いがにじみ出ている。
「申し訳ありません、エルフのお方。今、この国には料理人や食料が不足しているのです。なので、今お店には安い食べ物しか無くて」
「僕達はそれでも全然良いですけど……」
ライムの言葉に、ゼーレとレイラは顔を合わせて同意していた。
「いえ、おもてなしをしたいと言ったではありませんか。なので、私の家へご招待致します。お客様専用に取っていた分があるので」
「どうする? ゼーレ」
レイラは、柔らかい表情で問いかけた。
「う〜ん。ウトレスさんもこう言ってるし、ご厚意に甘えるのも良いかもな」
「そうですか。それでは、ご案内しますね」
「「「ありがとうございます」」」
ライム達はそう言って、ウトレスの後について行った。
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ウトレスの自宅に案内されたライム達は、長机の上に並べられた自然を感じる質素だが懐かしみを感じる食事を楽しんでいた。
「そうだ、ウトレスさん。フォティールは、おいしい食べ物があるって有名なんですよね? それなのに料理人が居ないとか食料がないのって、ビジネスチャンスを逃すのは明白じゃないですか?」
ライムは、肉を口いっぱいに頬張りながら話した。
「はい。それは、去って行った料理人や私共も重々理解しております」
「なら、どうして人も食料も少ないんですか?」
ゼーレは、食べている手を止めて質問をした。
「少し前、ラストナイトの一人がこの国にいらした際に、この国の料理や食料の殆どを買い占められたのです。そして、料理人さえも……」
ウトレスの言葉を聞いたライムは、少し怒りの混じった口調で話し始めた。
「は? いくらフォティールが小国だからって、買い占めるのにどんぐらいの金がかかるんだよ。それ以前に、料理人を買うって、買われた人達は奴隷になるんだよな? 国の騎士がそんな事するなんて……」
「恐らくは、スレング王の命令かと……。ラスファートの王は、奴隷商売を容認していると、国王たちの中では有名ですから」
「国王がそんな事をするものなのですか?」
レイラは静かな口調で話した。
「まぁあ、国王とは言っても一人の人間なので、権力を持てば人が変わるなんて事は珍しくないかと。それに、ラスファートは昔から他国の人手や物資を奪って、大陸一の座に座り続けているらしいので」
ウトレスは、何処か浮かない顔をしていた。
「こういう事は、表の世界に居る人達には気付けぬ話ですが……」
ウトレスの話しを聞いて、ライム達は食べる手を止めて静かに黙り込んでいた。
それから、暫く重い空気が漂い続ける中、ライムはと言うと。
そんな危険な国にルミナス商会開いちゃってたの!?
いや、ラスファートは奴隷制度があるみたいな事はホノカから聞いてたけど。
ユキネって頭は良いけど、そこまで戦闘得意じゃないのに、ラスファートの裏の顔を色々調べて貰っちゃってるよ。
他のサンダーパラダイスも大多数はルミナス商会で働いてるけど、今のルミナス商会って戦闘が苦手な人員に仕事を与える役割だから、ユキネ以外の人も心配だし。
まぁあ、今の所何の報告もないから、多分そういう事なんだろうけど。
沈黙の中、ライムは心の中でユキネ達の事を考えて思考が加速していた。
「ウトレスさん」
沈黙を破る様に真剣な表情をしたゼーレがウトレスを方を見て話し始めた。
「僕達が旅をする目的は、魔王を倒す事です。ですが、その目的を達成したい理由は、悪をこの世から少しでも減らしたいからです」
ゼーレの言葉は重く、ゼーレが話す度に場の空気が引き締まっていく。
「だから、ウトレスさん。僕達がラスファートに入ったら、できるだけ早くに悪事を止めて、この国、引いては被害を受けている者全ての悩みを解決します」
ウトレスはこの言葉を受け、少し焦っている様子だった。
「いえ、勇者様。これは、王や政治をしている者の問題です。勇者様が政治に関与する必要はありません。ましてや、相手は大陸一の国です。無理に敵対関係になる必要はないかと……」
ウトレスの話しを聞いていたレイラが、間を開けないように話しを続けた。
「そうよ、ゼーレ。その勇気は、勇者が持つべき一番大切な信念かも知れないけど、流石に相手が悪過ぎる。敵に回すにしても、魔王を倒してからの方が良いと思う」
ゼーレは、ウトレスとレイラの言葉を受けて、目を閉じて真剣に考え込んでしまっていた。
「レイラ。それって、僕達が魔王を倒すまで、奴隷になっている人達が耐えれると考えているってことか?」
ライムは、ゼーレの作った空気に乗って、真剣にレイラを問い詰めた。
「それは違うけど……。だってウトレスさんの言う通り、政治の部分に勇者が介入するのはリスクがある。私達は魔王を倒す勇者パーティーだから、魔族以外の救世主として持ち上げられているだけで、政治の事に物申せるほど賢くないし、権力も無いの」
レイラは空気に流されること無く、自信と優しさのある口調で話した。
「まぁそうだよな……。僕達は、何処まで行っても魔王を倒すかもしれない救世主ってだけだもんな。そんな奴が急に国を変えようとすれば、国民にすら敵だと思われかねない」
ライムは再び食事を進めて、食べながら話していた。
「皆んなの言い分も理解できる。それでも、僕は誰かを苦しめている奴も苦しんでいる人も見過ごせない」
「ふっ、ゼーレらしいな」
「そうね」
「本当にラスファートを敵に回すつもりですか?」
ライム達はゼーレの意見を受け入れていたが、ウトレスは困惑と不安の表情を浮かべていた。
「それは真実を確かめてみないと断言できません。それに、ラスファートを敵に回すと言うより、国王や奴隷商売や他国からの略奪に関わっている者を敵に回すと言うほうが正しいです」
「そうですか……。そこまで仰るなら止めはしません。ご武運を祈っております」
ウトレスがそう言った後、ゼーレ達も箸を進めて料理をゆっくりと堪能した。
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数十分後。
ゼーレ達は食事を済ませ、旅立つ準備をして門の前まで来ていた。
門の所には、ウトレスさんだけで無く、勇者が居ると噂を聞いた者達も集まっていた。
「ウトレスさん、お食事ありがとうございました。僕達が滞在するのも負担かと思いますので、早めにこの国を出ようと思います」
「どういたしまして。また立ち寄ることがあれば、今度は更に美味しい料理をご用意いたしますので、是非いらして下さい」
ウトレスは、ジャズハットを取り、頭を下げた。
「「「ウトレスさん、村の方々、短い間でしたが有難うございました」」」
こうして、ライム達はフォティールを後にしたのだった。
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6日後の夜。
ライム達は殆ど徒歩で旅をし、やっとの思いでミラ達の居る街に到着していた。
やっとこの街に着いた。ミラ達には1年半も待たせちゃったから申し訳ないな。
この街の人達って、他の所の人よりもケモナー率高いから、正直めちゃくちゃ楽しいんだよな。
そんな事を胸に秘めつつ、ライムは街の中へと足を踏み入れた。