108 交わる陰のターニングポイント
ヒストア王国を後にしてから二日程経っただろうか。
僕達は、ミラの居る村を目指して東南方面へとジメジメとした森の中を歩き続けていた。
「そう言えば、ヒストアからラスファートまでの道中って結構小国あるのは知ってるけど、今何処に向かってるんだ?」
ま、ヒストアからラスファートに限らず、ラスファートの周りには星の数ほど小国があるらしいんだけど。
「えっと……。ひとまず、今はこの森にある豊穣と食欲の小国、『フォティール』を目指してる筈なんだけど……」
レイラは、地図を広げて目を細めていた。
そんな中、ライムとゼーレは、周りの景色を堪能していた。
ん? あれはホノカか?
どうしたんだろう?
ライムが横目に見えた人影に視線を向けると、そこには申し訳無さそうに手を合わせるホノカの姿があった。
「あ、ちょっとトイレ行ってきて良い?」
「ん、良いよ。ちょうど冷静に立ち止まって、地図と今居る場所を照らし合わせたいと思ってたし」
レイラはそう言いながら、苔の生えた岩に腰掛けた。
「じゃ、行ってくる」
「あんま遅くなるなよ」
ゼーレは、剣を鞘から抜き出し、素振りを始めていた。
「オッケー」
そうして、ライムはホノカを探して森の奥へと足を進めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大樹の枝の上。
そこで、ライムとホノカは顔を合わせた。
「呼び止めちゃって悪いな。ライム」
「いや、別に良いよ。それより、何の用?」
「実は、会って欲しい人が居るんです」
「ふ〜ん。取り敢えず、雷鳴スーツに着替えるか」
ライムは、自身の影に視線を落とした。
「ま、待ってくれ。今回会う人は、ライムとして会った方が良いと思う」
「ん? 分かったけど……。ライムの姿の方が良いとか、どんな人なんだ?」
「それは、会ってからの楽しみだ」
そうして、ライムとホノカは木の枝から飛び降りた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
場所は、森の中にある少し開けた原っぱ。
「ライム。こちら、『ヘルホワイト』の盟主、ハルカさんです」
ホノカがそう話す先には、目を見開いてライムを見ているハルカが立っていた。
「は!? なんでハルカが居るんだよ!?」
「こっちこそ。まさか私の知ってて、サンダーパラダイスの盟主をしてる人が貴方だなんてね」
ハルカは、驚きと失望で頭を抱えていた。
「ハルカさんは、ライムやゼーレさん、レイラさんと別れた後、本格的にヘルホワイトとして活動をしていた様です」
「僕達と別れてから本格的にって……、組織っていつ結成してたんだ?」
「組織自体は、貴方と会う少し前から結成してたわよ。そもそも、魔族を倒したいけど、仲良くもしたいって言う同士を集める事が旅の目的だったから」
ハルカは、話しづらそうに視線をあちこちに移していた。
「そっか。思い出してみれば、なんかそんな感じの事言ってたな」
確か、色々な種族と仲良くなってやりたい事があるんだよな。
それを僕達に打ち明けた時、何か暗い顔してたけど、理由とかあんまり聞くのは良くないよな。
「有望な人材は皆んな貴方の組織に取られちゃったし、結成して間もないから、人数は百人にも満たないけれど、魔族と戦う気力だけは負けてないつもりよ」
「そ、それと……」
「ん? 何だ?」
「貴方達の活動に感銘を受けて、リスペクトしている者が多いとは言え、パクリみたいな活動をしているのは一応謝っとくわ」
「ふっ、一応ってなんだよ」
「だ、だって、別に全部をパクってる訳じゃないし、組織の服も白いし、リスペクトしてるんだから、パクリっていうより、オマージュ何だもん」
ハルカは、不満そうに頬を膨らませていた。
「いや、僕達は別にパクリだと思ってないぞ。そっちが勝手にパクってるって思ってるだけだろ」
「だって、私達が活動する度に巷ではどう言われてるか知ってる?」
「『またサンダーパラダイスの真似事をやっていて、変な方向に正義感芽生えた英雄症候群の集まり』だよ!」
「そ、それはお気の毒に……」
ライムは、悔しそうに泣き顔を見せるルカに、ただ苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「でもさ、僕達の組織を丸々パクる訳にはいかないからって、組織の服を白に染めるなんて、夜に溶け込む気ゼロじゃん」
ま、闇夜に輝く白のスーツって、月光みたいでそれはそれでカッコいいけど。
「貴方の方こそ、漆黒に染まったコートとかスーツって、ありきたりじゃないの?」
ハルカは、馬鹿にしたような目つきで、口元を隠しながら微笑した。
「なっ! 『雷鳴スーツ』には黄色い雷が散りばめられてるから、オリジナリティに溢れてるし!」
ライムとハルカは、暫くの間ホノカを忘れて言い争っていた。
「んっゔん。お二人共、本題に入っても宜しいでしょうか?」
ホノカは少し声を低くして、怒っていた。
「「あっ、はい……」」
ライムとハルカは言い合いを辞め、静かにホノカの方に視線を向けた。
「先ず、ハルカさんには先に提案したのですが、我々サンダーパラダイスとヘルホワイトで同盟を組むというのはどうだ?」
「え? あ、まぁ僕は良いと思うよ。活動内容も目指す所もほぼ同じみたいだし、これから起こるであろう魔王軍との戦いは、魔界に住む魔族達も相手にしないといけないだろうし」
「そうなった時に、お互いの関係が曖昧では、絶対に犠牲者の数が多くなる。組織の盟主同士が協力関係を築くのは重要な事だ」
組織同士の関係が曖昧だと、僕とハルカは知り合いだから良いけど、お互いに面識の無い人達だと、仲間なのか敵なのか判断できなくて、変な思考に気を取られるかも知れないからな。
「ライムも同意してくれて良かった」
「僕もって事は、ハルカも同盟に同意なの?」
「えぇそうよ。私達は少数で、しかも結成から日の浅い組織だから、貴方達の様な化け物だらけの組織と手を組めるなんて願ってもない事だもの」
「そうか。じゃあホノカ、ハルカ達『ヘルホワイト』をサンダーパラダイスの拠点にご案内してくれ。くれぐれも丁重に、変な刺激もするなよ」
「了解しました」
ホノカはそう言って、ライムに少し頭を下げた。
「でもその前に、私はライムと話をしたいんだ。ハルカさん、少し遠くに行っててもらえるか?」
「えぇ構わないわ」
ハルカは、金色に輝く長い髪を風で揺らしながら、木の陰に消えていった。
「それじゃあ、ライム。ここからは気を緩めてくれ、久しぶりに世間話でもしようじゃないか」
ライムとホノカは、少し距離を置いて近くの木の幹に腰掛け、リラックスした表情で景色を眺めていた。
「ねぇ、ライム。ハルカさんから聞いたんだけど、貴方達獣人って魔王の血が流れていたんだってね」
そう話すホノカは、自然があちこちに泳ぎ、何処かぎこちない様子だった。
「うん。そうみたいだね」
ライムは、ホノカの方も見ずに、適当に返事をした。
「なんか、おかしいね。ライトニングの前世は、魔王ディアブロなのに、その子孫の血が流れている種族になるなんて」
ホノカは、若干苦笑いを浮かべている。
「……。ホノカ、誤魔化さなくて良い。」
先程までの適当な雰囲気から一変。
ライムは、急にホノカの隣に座り、目線をしっかりと合わせて真剣な眼差しを向けていた。
「へ?」
ホノカは、咄嗟に目線を逸らし、空の方を見上げていた。
「僕達獣人が魔王の血を引く種族だと聞かされたのなら、勇者の村についてもハルカは話した筈だ」
「うん……」
「重いか? この世で唯一、勇者の血を濃く受け継ぐものなのは」
「いや、ライム。私は唯一じゃないんだ」
「え? でも、勇者の村の生き残りはホノカだけだろ? だから、死ぬ覚悟でジャイアントウルフを追っかけてたんだし」
「そう……、その筈だったんだ。でも今となっては、最後の生き残りだった方が楽だったかも知れないな」
「楽だったかもって……、そこまで言う程嫌いだった奴が生きてたのか?」
「嫌いだったと言うより、嫌いになった、の方が正しいかな……」
ホノカは、ヒストア王国でセイカと出会った事と、セイカがホノカに語った事をそのまま話した。
「……。おいおい、それってホノカのお兄さん重度のヤンデレシスコンってやつじゃないか? ヤバ過ぎるって。何ならそれ、疾うの昔にサイコパスの領域に入ってるだろ」
「うん、私もそう思う。だから、昔のお兄ちゃんは好きだったけど、今のお兄ちゃんは嫌い。もう会いたくない」
ホノカの声は弱々しさ感じる小さな声になっていた。
「それでも、自分がお兄さんを止めたいと思ってるんだろ? じゃなきゃ、いつでも真っ直ぐに言葉を口にするホノカが、わざわざ勇気を振り絞ってまで回りくどい話し方はしない」
ライムは、ホノカの肩に手を置き、ホノカを真っ直ぐ見て話した。
「ふっ、ライム。私の事をよく分かっているじゃないか」
ライムの話しを聞いたホノカは、笑みを零し、いつもの勝ち気なお姉さん口調に戻っていた。
「そうさ、私はお兄ちゃんの事は好きだった。でも、村の皆んなを皆殺しにしてまで私を勇者にしたいと本気で思っているイカれたシスコンサイコパスの事は嫌い……」
ホノカの赤い瞳には、凄まじい嫌悪の念が乗っていた。
「私がサンダーパラダイスに入った理由は、村の皆んなを殺した魔王軍を滅ぼす為。だから、村を襲った元凶が分かった今、私の倒す敵はお兄ちゃんになった」
ホノカの声量がどんどん増していく。
「だから安心して、ライム。兄妹のいざこざには巻き込まないから。思う存分、魔王達にぶつかってくれ!」
「ハハハッ。やっぱ、ホノカは勝ち気な口調が一番だな」
「ホノカの気持ちは受け取った。その、セイカとか言う奴の事はホノカに任せる。そういう事なら、一度拠点に全員で集まって作戦会議しないとな」
向こう側は、既に総力戦を計画してるみたいだし、こちらも相応の作戦は準備しとかないと。
「確かに、ハルカや他にも最近仲間になった奴は少なくない。お互いの考えている事をまとめる必要はあるかも」
ホノカは、真剣な表情で語った。
「それじゃあ、次はサンダーパラダイスの拠点で会おう」
「うん。待ってる」
ホノカは、吹っ切れたかの様に明るく微笑んだ。
赤に艶めく長髪は、木漏れ日にふんわり照らされ、森に吹くそよ風によって波打っていた。
それから少しして。
僕はホノカと別れ、ゼーレ達の元へと走っていった。