107 献身的過ぎる少女
ライム達がヒストア王国を後にした頃。
ラスファート中心部にある丘上に建つ王城。
その最上階に位置する玉座の間に、ガルノとエスメが訪問していた。
「お初にお目にかかります。スレング王」
エスメは、玉座に座る人間に礼儀正しく会釈した。
「ようこそ、我が城へ。お主らが黒キ盾が言っておった魔将軍だな」
玉座に座る男は、エスメとガルノな負けず劣らず、異様なオーラを纏っている。
黒い瞳をしていて、髪は短髪で黒髪に赤色のメッシュが入っている。
年は30歳後半ぐらいのおじさんだ。
「あぁそうだ。黒キ盾から、スレング王の手伝いをする様にと言われた」
「ちょっと、ガルノ!」
エスメは小声で喋りながら、ガルノの脇腹を小突いた。
「イッ! 何すんだよ!」
ガルノは、エスメに小突かれた脇腹を擦りながら、不満そうに怒った。
「人間と言えど、利害関係のある相手に対して態度がデカすぎます」
エスメは、少し声のボリュームを下げて、頬を膨らませながら怒った。
「へいへい」
ガルノは、そんなエスメを横目に気だるげな表情を浮かべて軽く返事をした。
「ふふっ、別に良いんだ。役に立ってくれるなら、な……」
スレングは含みのある言葉を言いながら、怪しく微笑んでいた。
そんなスレングを見て、ガルノとエスメは若干引いていた。
少し凍りついた空気も意に介さず、スレングは普段の威圧感溢れる声で話を進めた。
「それでは、早速2人には奴隷商の新たな奴隷確保の手伝い。そして、我が国が誇る工場にて、奴隷達の管理をお願いしたいのですが……」
「お任せ下さい、スレング王」
エスメは、スレングに対して優しく微笑みながら頭を下げた。
「奴隷の監視と奴隷を作る仕事か。ハッ、魔将軍にしては、子供のおつかいみたいだな」
ガルノは、スレングをバカにする様に鼻で笑った。
「まぁアビス様の命令だし、いっちょ本気でやるか。エスメ」
少し気だるげに、しかし強く拳を握るガルノは、エスメの方に視線を向けて不敵な笑みを浮かべた。
「はぁ〜、ナハト様。私、貴方様の為に身を粉にして働きます……。ですので、どうか……」
そんな事には目もくれず、エスメは空を仰ぎながら、ナハトへの愛を言葉にしてエメラルドグリーンの瞳を輝かせて言葉を連ね続けていた。
「駄目だこいつ。完全に自分の世界に入ってる」
そんなエスメを見て、ガルノは呆れながら玉座の間を後にした。
その数分後に、我に返ったエスメも玉座の間を出て行った。
「あの者達、黒キ盾の言っていた通り、なかなかの曲者だな。まぁそんぐらい我が強くないと魔将軍なんぞに成れないと言う事か……」
スレングは、玉座から立ち上がって遠くの机まで移動した。
そして、机の上にあるワイングラスを手に持ち、少し口に含んだ。
「期待しているぞ、魔将軍に黒キ盾よ……。我が安寧の為に、邪魔者は全て消していく」
スレングは、玉座に向かってワイングラスを掲げ、不敵な笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
舞台は変わり、ラスファートの地下深く、そこには巨大な工場の様な施設があり、丸い形で壁に囲まれ、天井は暗く、空は見えない。
幾つもの入り組んだ道が存在しているが、殆ど密室状態で、焼けた鉄の匂いが充満している。
そこで、老若男女の奴隷達ボロボロの服を着て鉄を叩いたり、重い荷物を運んでいる。
そんな姿を上から監視しているのは、汚れ一つ無い綺麗な服を着たイカツイ顔をした屈強な男達。
「おい! さぼるなよ!」
黄色の髪をモヒカンにした男が、端の方で座り込んでいた痩せ細っているお爺さんのお腹を蹴り飛ばした。
周りの奴隷は、お爺さんを助ける素振りすら見せず、無心で自分達の仕事を淡々とこなしている。
奴隷達を監視しているイカツイ男達は、モヒカン男の行動を遠目に楽しんでいた。
「す、すみません」
壁まで蹴り飛ばされたお爺さんは、身を縮めて震えながら倒れ込んでいた。
モヒカン男は、ニヤリと笑いを浮かべ、指をポキポキと鳴らしながら、ゆっくりとお爺さんに近づいていく。
「ま、待て! このモヒカン野郎!」
モヒカン男がお爺さんを殴ろうとして拳を振り上げると、横から小学生ぐらいの男の子が飛び出し、モヒカン男の前に両手を広げて立ちはだかった。
「あ? 何だ小僧……。ガキは大人の言う通りしてりゃあ良いんだよ!!」
男の子は、怒鳴られて涙目になりながらも、お爺さんの体にすり寄って守ろうとしていた。
お爺さんと男の子は、恐怖による精神的苦痛で息が浅くなっていた。
「っ……。や、辞めて下さい!」
青空から隔離されて、ほぼ密室状態の地下深くに、弱々しいがよく通る少女の高い声が響く。
「あ? おいおい、お前は黙ってそこに居れば良いんだよ。『奴隷聖女』がいちいち口出しすんな」
モヒカン男は、工場の中心に向かってそう吐き捨てた。
そこには、両手両足を鎖で柱に固定され、地面に座り込んでいる幼気な少女の姿があった。
少しくすみ、無造作に伸びている黄緑色のロングヘアに黄色がかったオレンジ色の瞳。
服装は、明らかにオーバーサイズの灰色のシャツ一枚。
胸も平らで、体の至る所が包帯などで覆われている為、ブカブカのシャツ一枚でプライベートゾーンを隠し切れるのだ。
少女の真っ直ぐな黄色い眼光が、モヒカン男を睨んでいる。
「ふっ、捕まってる側だったのに良くもまぁそんなに強気で居られるもんだ」
そこに筋骨隆々の男が階段を降りて歩いてきた。
逆立った黒髪をしていて、垂れ目の中に据わった水色の瞳が輝いている。
ボクサーの様に血管の浮き出た大きな腕の筋肉が半袖のシャツから出ている塩顔イケメンの男。
「フライオスさん! お疲れ様です!」
モヒカン男は、背筋を伸ばし、頭を深く下げて大きな声で挨拶をした。
周りに居た男達も、一斉に頭を下げていた。
フライオスは、倒れ込んでいるお爺さんと男の子の服を掴み、少女の前まで引きずって歩いた。
「ほら、『奴隷聖女』。奴隷達を治してやってくれ」
フライオスは、お爺さんと男の子を少女の前に優しく横たわらせ、少女の腕を縛っている鎖を解いた。
「はい……」
鎖を外された少女は小さく返事をして、両手をお爺さんと男の子の体に添えた。
「痛みをこの身へ、邪をこの心へ……、『献身快癒』、『聖人之生贄』」
少女が手を添えて魔法を掛けると、辺りはオレンジ色のほんわかとした明かりに包まれた。
光が灯されてから少しすると、お爺さんと男の子の体の傷が見る見る消え、二人の呼吸も段々深い物に変わっていった。
そうして暫くすると、オレンジ色の光は段々と消えていき、お爺さんと男の子は安心しきった顔で深い眠りについたのだった。
「ハハッ。やっぱ、奴隷をどんだけ痛めつけても死ぬ事が無いのは便利だな。お前の勇者の素質、じゃなかった。魂之特性は」
モヒカン男が見下ろす先には、お腹を押さえて座り込み、浅い呼吸をしている少女の姿があった。
「くっ! 別に貴方達の為にこの力を使ってるんじゃないんです」
少女は鋭い目つきでそう言いながら、浅い呼吸をしたまま地面に倒れた。
「はいはい、分かってますよ〜」
モヒカン男は、軽いノリで返しながら、少女を再び鎖に繋いだ。
「おい、お前。あんま調子乗んな」
フライオスの怒色が混じった水色の瞳がモヒカン男を睨んでいた。
「は、はい……」
少女を鎖に繋げ終わったモヒカン男は、先程までの威勢を何処かに捨て、子犬の様な返事をした。
「お前達も、奴隷達で遊ぶのは程々にしとけよ」
フライオスはそう言い残し、お爺さんと男の子を抱えてその場から姿を消した。
「「「はい!」」」
周りに居た男達は大きな声で返事をした後、手の止まっている奴隷達に業務を再開させた。
こうして、ラスファートの地下深くでは、今日も奴隷達が光の届かない世界で、光の世界の住人の為に働き続けるのだった。