102 漆黒の雷鳴が断ち切れない欲求
舞台は戻り、ヒストア王国のとある地下施設。
そこでは、首輪に繋がれたロープで引っ張られながら歩くエマとスズリがアルバートによって、ライム達の前にある椅子に両手両足を固定して座らされていた。
「クックック、オスカー王様やクロエ王女様はともかく、勇者パーティーの皆様は拷問如きで奴隷に墜ちてくれるとは考えられませんので……」
「エマさんやスズリさんも王族の血を引いていますが、真の王族や勇者パーティーよりかは価値が低いので、見せしめになっていただきます」
アルバートは、両手から紫色の魔力を漏れ出しながら不敵な笑みを黄緑色の瞳に宿した。
「っ……、辞めなさいアルバート」
クロエは、泣きそうな表情で切なくそう呟いた。
「そうだぞアルバートさん。勇者である僕だけでもかなりの値がつく筈だ」
ゼーレは冷や汗を流しながら、真っ直ぐな黄色い瞳でアルバートを見つめる。
「すみませんね、勇者さん。わたくしは強欲なんですよ」
だが、ゼーレの説得も虚しく、アルバートは優しい笑顔を浮かべながらゼーレに冷たい視線を送った。
「ですが安心してください。エマさん達の心は既に墜ちていますので、これ以上傷を増やすつもりはありません」
「じゃあ、どうやって見せしめにするつもりなの?」
レイラは、殺意に満ちた青い瞳でアルバートを睨んでいる。
「それはですね……。わたくしの魂之特性を使うんですよ」
アルバートはニヤリと口角を上げてそう言った。
「魂之特性?」
受けた感じだと、ただの催眠系魔法だと思ってたが、魂之特性による物だったのか?
「はい。わたくしの魂之特性『欲求従者』の効果は、自身や触れた者に眠る欲を最大限まで引き出すことができるのです」
「ですので、今からエマさん達の食欲を極限まで増幅させ、まるで飢えて死んでしまうような苦痛を味わってもらいます。まぁ、本当に死んでしまっては勿体ないので、殺しはしませんが……」
アルバートはそう言いながら、椅子に固定されているエマとスズリの肩に触れた。
「わたくしアルバート。実はこのような拷問を実際にやるのは初めてなんですよ。このような実験をやっていた事も誰にも言っていませんし」
「ですので、流す力の量を少し見誤る可能性がありますが、許してくださいね」
アルバートは優しい笑顔を浮かべながら、エマとスズリに紫色をした霧状の物質を流し始めた。
アルバートが自身の魂之力をエマとスズリに流し始めてから数分後。
エマとスズリの体に異変が起きた。
固定されている体を小刻みに震わせ、口を開けて呼吸が苦しそうに荒げている。
その口元からは大量の唾液が分泌され、ポタポタと自分達の太ももに垂れている。
明らかに体調の優れないエマ達の姿を見て、ゼーレ達は目線を逸らしたり、目を瞑ったりして、己の無力感に打ちひしがれていた。
「何してる、アルバート!」
ライムは殺意を乗せた言葉で怒鳴った。
「ふふっ、言ったでしょう? 私の魂之力は自身と他者の欲求を増幅することができると……」
「なので、今お腹が空いているかに限らず、理性では抑えきれないほどにエマさん達の食欲を増幅させているのですよ」
アルバートは、その後もエマ達に魂之力の効果を乗せた霧状の魔法を流し続けた。
「ククッ、その魂之力の使い方、楽しそうだな……」
楽しそうに微笑みながらエマ達に魂之力を掛け続けるアルバートを見て、ライムは気が狂ったかのように静かに笑っていた。
暫く笑った後、ライムは静かに拘束を解いて立ち上がった。
エマとスズリはともかく、ゼーレ達は目線を下に向けていたり、目を瞑っていたりしており、アルバートも殆ど初めて味わう感覚に浸っていて、ライムの奇行に誰も気づくことはなかった。
それに、ライムは究極まで鍛え上げた魔力操作と空気の流れさえも殆ど作らない卓越した戦闘技術を持っているので、普通の精神状態でも気づくことが難しいのだ。
「ディストラ、僕を影に入れろ」
ライムは小声でそう言いながら、靴で地面を小さく叩いた。
「陰の出番ですね。彼の者を引きずり込め。魂之特性『影之支配者』、『影之門』」
すると、次の瞬間。ライムは影の中に水に落ちていくように消えていった。
数秒後。辺りに雷鳴が鳴り響き、稲妻が落ちたゼーレ達のいる天井は吹き抜けと成り、暗い地下に太陽の光が差す。
「な、何だ?」
下に視線を向けたり、目を瞑っていたゼーレ達も、雷が落ちた場所に視線を向ける。
「ふっ、久しぶりだな。この姿で戦うのは……」
雷が落ちたことにより起きた砂埃からは、一人の漆黒と黄色に染まり、右手には漆黒の剣を握った禍々しい面を被る獣人が姿を現した。
「我は雷鳴の猫王ライトニング。いずれ雷鳴の覇者と成る者……」
「滅紫の剣よ……。貴様はどんな拷問が好みだ?」
ライトニングは、禍々しい仮面の裏で微笑み、体全体から漆黒のオーラを放出した。
それと同時に、アルバートはエマとスズリの肩に手をおいた状態でピタリと動きが止まっていた。
「なっ! 体が動かない。金縛り系の魂之力か」
そう、アルバートはライトニングの放った『破滅帝の威圧』に屈したのだ。
「まぁお前の返答がどうであれ、お前が受ける拷問は既に決まっているがな……」
ライトニングはそう言いながら、エマとスズリが座っている椅子の間まで移動し、アルバートを仮面の下から冷たい視線で見下した。
「くっ! 貴様が噂のライトニングか」
アルバートは、禍々しいオーラを放つ漆黒と黄色に染まった獣人を見て冷や汗を垂らしている。
だが、ライトニングはそんなアルバートをお構いなしに壁へと蹴り飛ばした。
「ぐっ……」
アルバートは地面に俯き、蹴られたお腹を抑えて血を吐いている。
一方ライトニングは、一歩また一歩とゆっくりアルバートの方へと近づく。
そして、ライトニングは漆黒に染まった剣先をアルバートに突きつけた。
「おい、アルバート。死ぬ前に一つ答えろ」
「『紅の牙』もとい、クロエ王女の弟であるアカキは、何故ナハト教団に入った。同じエンペラーズで、しかもこんだけ近い関係なら、何か知っているだろ?」
「ははっ、何故って? それは、わたくしが誘ったからですよ。あの人は、クロエ王女やお父様、引いては国民を守れる力を欲していましたからね。魔王の血を渡す代わりに、わたくし共の闇仕事に協力してもらっていたんですよ」
「まぁでも、ムーアの国王に成ったのも、クロエ王女を奴隷にしようとしたのも、全部わたくしの計画通りで、今でも笑いが止まりませんよ! アハハハハ!」
アルバートは気が狂った様に高笑いを続けた。
「ちっ、アカキも利用されてただけか……。ますます我らの負い目が増えただけだな」
「そんな……。アカキ、気づいてあげられなくてごめん」
クロエの煌びやかな赤と水色のオッドアイの瞳からは、後悔の涙が流れていた。
「人を操り、平然と人を苦しめるクズが……」
「苦しみ、もがき続けろ、『黒雷獄縄』」
ライトニングがそう言うと、剣先から何本もの細い漆黒の縄が伸び、アルバートの体を縛った。
「グワァァァ!」
漆黒の縄は、アルバートを縛ったと同時に強い電流を流した。
「ふっ、ただ痛いだけだと思うなよ」
アルバートは電流では気絶せず、暫くすると、何かが壊れる感覚が頭を走った。
「なっ!」
アルバートは涎を垂らし、電流で痺れながら意識を失った。
「すまんな。俺の究極之魂は、攻めの分野においては万能何だ」
アルバートが意識を失ったことで、一旦漆黒の縄に流れていた電流が止まった。
それから少しして、ライトニングは再び漆黒の縄に電流を流した。
「はっ!」
アルバートは意識を取り戻し、思い出したかのように荒い呼吸で力強く空気を吸い込む。
「い、今のは……」
「気になるか? まぁ教えても良いだろう。今のは、我が究極之魂『破滅帝』の効果で、お前の食欲のリミッターを破壊したんだ」
「そ、そんな横暴な魂之力が許されるのか。しかもこの拷問の仕方は……」
アルバートは、漆黒の縄に縛られながら弱々しい声で呟いている。
「ふっ、ズルいよな。でも、この魂之力を手に入れるのに相当苦労しているからな。許せ」
「ふっ、別に良いですよ」
アルバートは鼻で笑いながら、おぼつかない足取りで壁にもたれながら立ち上がった。
人の欲を使った拷問は、私が編み出したもの。魂之力で再現できるからと言って、力ある獣人がこのような回りくどい戦い方をするなんて。
まさか、この獣人……。
ライムか!
アルバートは心の中で状況を整理し、目の前にいる漆黒に染まった獣人の正体を勘づいた。
「ふふっ、ライトニング。貴様、何故勇者パーティーに近づいた」
「ん? そんな物、決まっているだろ?」
「お前たちみたいなクズを消す為だ」
「そうですか……」
その時、死地に立たされたアルバートの中で何かが目覚めた。
「究極之魂……、『欲求支配』」
アルバートはそう呟きながら、ライトニングに向けて右腕を突き出した。
すると、ライトニングの中で何かが変化し、ライトニングはその場に膝をついた。
「ふふっ、貴方は確かに強い。だが、流石に生への執着、生きたいという欲求は抑えきれないようですね」
「触れられていないのに! まさか、魂之力の進化か……。ふっ、この場で起こるとはな」
ライトニングが倒れ込んだことで、アルバートを縛っていた漆黒の縄は消え、アルバートはオスカー王の元へ足を進めた。
「この中では、オスカー王が一番抵抗されても問題ないでしょう」
アルバートはそう言いながら、オスカー王に魂之力を使って眠らせた。
「クロエ王女。わたくしが貴方から家族全員を奪うことになってしまい、すみませんね」
「絶望に染まった貴方の弱々しい顔好きですよ。出来れば、ずっとその顔のままでいてください。またその顔を見たいので」
アルバートは、眠っているオスカー王を背負い、笑みを浮かべながら階段を上がっていった。
「ま、待って……。お願い、お父さんだけは……」
クロエは更に涙を浮かべながら、震えた小さな声でアルバートを引き留めようとしていたが、途中で意識を失った。
こうして、アルバートはオスカー王を連れて地上へと姿を消したのだった。
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数分後。
アルバートの魂之力の効果が切れた事により、ライトニングは頭を抱えながらも立ち上がっていた。
ゼーレとレイラも正常な精神状態に戻り、状況を整理していた。
クロエ王女は、父がさらわれたことにより、情緒が崩れ、顔全体が涙でぐしゃぐしゃになっていた。
エマとスズリは、未だ意識を取り戻していない様だ。
「ちっ、我にこの様な弱点があったとは……」
「確かに、最近は『魂神』を取り戻したり、強くなり過ぎて考えもしなかったが、そりゃあ死ぬ必要が無いのに死にたくは無いよな」
ライトニングは左胸に手を当てながら、目を瞑り、アンナやゼーレ達など仲間の顔を思い浮かべていた。
それから少しして……。
「勇者ゼーレ、これを。お前の剣とそちらのエルフの魔法の杖、それと獣人のリュックだ」
ライトニングはそう言いながら、自身の影からゼーレ達の私物を取り出して地面に置いた。
「オスカー王は我々の方でも行方を追う。あまり気に病むなよ」
そう言って、ライトニングは穴の空いた天井から地面に飛んでいき、姿を消した。