101 顔を覗かせるラスファートの闇
自身を『エンペラーズ』の一人、滅紫の剣と認め、『砦の鎖』のメンバーである事も明らかにしたアルバート・クラーク。
彼の前には、鎖で椅子に固定されながらも眼の光を失わずにいる獣人が居た。
「砦の鎖? 何だその組織。エンペラーズと言い滅紫の剣と言い、アンタのいる組織のネーミングセンス、中二臭プンプンだぜ」
ライムは、煽るように陰湿な笑みを浮かべて話した。
まぁ僕も、現在進行系で中二病だから人のこと言えないんだけど。
ライムは自身の名付けた数々の組織名などを思い返して、内心苦笑いを浮かべた。
「ふん、魔王の血を引く邪種が。時間稼ぎのつもりですか? 残念だが、わたくしは元々全員が起きてから事を進めるつもりなのですよ」
「時間稼ぎなんてとんでもない。僕はただ、初めて聞く組織の名に興味が湧いただけだよ。それに、僕の事を邪種って、魔王から情報を聞き出したのか?」
「ふふっ、ご冗談を。前勇者パーティーが魔王に負けて以来、魔王はエルーリ山脈を越えていません。勿論、わたくしも学者なので殆どこの国から離れていませんよ」
「貴方達獣人の秘密は、ただの好奇心で調べた結果辿り着いただけです」
「何だ、ちゃんと学者してたんだな」
「はい。わたくしのナハト教団での役目は、学者として、ヒストア図書館の館長として、様々な情報を流すことですから」
「そうかよ。それより、エマさんとスズリの魔力が感じ取れないんだが、まさか殺してないだろうな?」
「ほう、君は魔力を感じ取れるのか。進化しているのか、それとも魔力を極めているのかどっちだい?」
「質問に答えろよ」
「……。残念だが、今答えることはできない。ですが、いずれ分かりますよ」
「何だと?」
ライムが怒りを宿した黒い瞳でアルバートを睨む。
それをよそに、アルバートはゼーレ達の入ったいる牢屋に目をやると、ゆっくり立ち上がった。
「残念、貴方とはもう少しお話がしたかったですが。皆さんがお目覚めのようですので、準備を始めないと……」
「おい、どこへ行く!」
ライムの声に脇目も振らず、アルバートはライムの居る牢屋から離れた。
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それから少しするとゼーレ達も起き、ライム達は声だけでお互いの安否を確認し合った。
「良かった。皆んな無事だったんですね」
「アルバート。よもや、このようなことを企てているとは……」
オスカー王とクロエ王女は掛けられた魔法の威力が低かったのか、快眠から起きたかのように元気のある声色をしていた。
「くっ……、怪しいと思ってたんだ。でもまさかあんな魔法だとは」
「うぅ、頭が痛い。寝過ぎたのかな」
ゼーレとレイラは、体調が優れない様子だ。
ゼーレ達が各々の気持ちを口にしていると、一つの足音が近づいてきた。
「皆さん、おはよう御座います。改めまして、わたくしは『砦の鎖』に所属しているアルバート・クラークです」
「っ! 『砦の鎖』だと……」
「オスカー王様、何か知っているんですか?」
ライムがオスカー王に尋ねると、アルバートは静かに舌打ちをした。
「あぁ、『砦の鎖』はラスファートやムーアを中心とし、大陸各地で奴隷商売や暗殺等々の闇仕事を生業としている組織だ」
オスカー王は、真剣な顔立ちで話しを続けた。
「噂では、組織自体は犯罪に直接関わらない他、構成員の数も少ないらしく、各国の自治体や騎士達が尻尾を掴めずに苦労しているらしい」
「勇者パーティーとしては、見過ごせない奴らね」
「ふっ、残念ですが。今から皆さんには、その見過ごせない奴らの資金稼ぎに役立って頂きます」
「勇者パーティーに王族二人と言う肩書だけでも、想像できない程の高値がつきそうですが……」
「勇者パーティーには、滅多に奴隷にすることが出来ない力自慢の獣人と純血で高貴な色白の肌をしているエルフ」
「それに加え、クロエ王女も王族と言うだけで無く、お顔やスタイルも抜群ときた。わたくしが買い取り、ハーレムを作りたいぐらいですよ」
「アルバート、貴方そこまで落ちぶれていただなんて」
「いえいえ、クロエ王女様。わたくしはただ、男の夢を代弁しただけですよ」
男の夢、って主語デカすぎだろ。
まぁでも、こんな綺麗で可愛い王女様とカッコいい海賊お姉さん、それに加えてクールな青髪エルフ3人の生殺与奪を握ったら、思考回路バグるのかもな。
でも、それを抑えきれずに他の人がいる場で堂々と話して、あまつさえそれを実行しようとするとか、気色が悪い系統の言葉しか見つかんねぇな。
って思ったけど、二つの犯罪組織に入っている外道は元々頭ん中バグってるか。
ライムが心の中でアルバートに説教っぽく語っていると、アルバートは不敵な笑みを浮かべたまま、ライム達5人を手錠を変えた状態で牢獄から解放した。
その後、ライム達は横一列にして、後ろ手に椅子に拘束された。
「さて、わたくしは既に貴方達の体に触れています。それも、以前より強力な魔法と共に……、これがどういうことか分かりますね?」
アルバートは、ライム達に脅しをかけて、明かりの少ない暗い廊下を奥に進んでいった。
数分後。
帰ってきたアルバートを見て、ライム達は言葉を失った。
そう、ニヤリと口角を上げて灯りに照らされるアルバートの両隣には、首輪を着けられたロープで引っ張られながら歩くエマとスズリの姿があったのだ。
エマとスズリは、口に猿轡をはめられ、足には足枷が付いており、両手両足を鎖で繋がれていて、身体中に殴られた後や切り傷が目立っていた。
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同時刻、大陸の真ん中に位置する大陸一栄えている国、『ラスファート』にあるとある広場。
そこでは、『人類史上最強の魔剣士 リサ』が背の低い子供っぽい男と交戦を繰り広げていた。
灰色のツンツン髪に水色の瞳。
服装は、白基調に赤と黄色が入った隊服を着ている。
腰には剣が携えられており、黒い炎を模した鍔が付いている。
「くっ、流石は王族直属の騎士団『ラストナイト』。町中で相手するには骨が折れる」
リサは剣を支えにし、目前の敵から目目線を逸らさないように気を強く持っていた。
「ククッ、団長が居ない状況ではあるが、僕を相手取りながら街の心配をするとは……。やはり、リサ。お前は危険要素だ」
灰色髪の男が眉間にシワを寄せ、リサに剣を向けている。
「ふふっ、一応私もお前達が守るべきラスファートの民、何だがな」
リサは視線を左右に振り、逃げる道を探していた。
そう、自身に剣を向けているとは言え、相手はこの国の騎士団。
ここで勝っても、リサに対する群衆の印象が悪くなるだけなのだ。
それから少しの間、リサと灰色髪の男は間合いを探り合っていた。
しかし、そんな緊張走る空間を壊すように、リサとラストナイト達の真ん中に光を帯びたバスケットボール程の玉がどこからともなく空から降ってきた。
その球体は50センチ程地面から浮遊しており、その場の空気を凍りつかせた。
『妖精之光球』
凍りついた空気が元に戻りつつあったその時、どこからか可愛らしい女の子の大きな声がそう言った。
それと同時に、光を帯びた球体は強く発光し、リサやラストナイト達の視界を奪った。
「「リサさん、こちらへどうぞ」」
光を帯びた球体が光り輝く中、剣を腰に携えた金髪の男と斧を背中に背負ったガタイの良い屈強な男がリサの後ろから話しかけた。
「この魔力は……、ジャスティスクローか。ありがとう、恩に着る」
リサは、後ろから話しかけてきた声について行き、ラストナイトの前から姿を消した。
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そんな戦いを遠くから観戦している視線が二つ。
そう、ガルノとエスメが遠くの建物の屋上からラストナイト達とリサ達の戦いを見下ろしていたのだ。
「ハハッ、黒キ盾の奴。1週間程俺達をまたせた挙げ句、まさか部下を特攻させるとはな。面白いやつだな」
「ここで、人類側の最強を潰せれば、ナハト様の障壁が一つ消えるのだけど……。そう上手くは行かなかったわね」
「何だエスメ。愛しのナハト様がリサに負けると思ってるのか?」
「っ! 違うわよ! ナハト様が誰かに負ける筈無いじゃない。それに、気を付けるべきはリサだけじゃない……」
「ん? リサの他に強そうな奴ってこの大陸に居たか?」
「私、よく神達の会議を盗み聞きしてるのだけど、どうやら雷鳴の猫王を名乗るライトニングが魔神タルタロスを殺したらしい」
「は? 神って殺す方法があんのか!?」
ガルノは驚いた表情を浮かべながらそう話した。
「分からない……」
「それに加え、どうやら勇者パーティーにいるライムと言う獣人がライトニング同様、神と渡り合えるほどの実力者だって話してた」
「いやいや、確かに勇者パーティーは魔将軍を何人か倒してるらしいけど、そこまでなのか?」
「知らないわよ。でも……、もし神達の言っていたことが正しければ、私達魔将軍とアビス様やナハト様には出来ない神殺しを出来る者が獣人に二人も居ることになる……」
エスメは苛ついた様子で爪を噛んでいる。
「はっ、良いじゃねぇか。俺もナハト様も強い奴は何人だってウェルカムだ!」
ガルノは威勢良くそう言い放ち、己の拳同士をぶつけて赤い突風を巻き起こした。
「そうでしょうね……。さて、私達は別の策を実行しましょうか」
エスメは平静を取り戻したのか、建物の屋上から静かに姿を消し去った。
「おう!」
ガルノもエスメに続いて、屋上から飛び降りた。