98 勇者の村
「魔将軍4人がエルーリ山脈を堂々と越えた、か……。虹雷剣の皆んなには感謝しないとな」
「ハハッ。別に、私達は自分達の役目を全うしただけなのに感謝されるとはな」
ホノカは、笑ってその場を茶化した。
「でも……、ライトニングに感謝されると、なんかむず痒いな」
ホノカは恥ずかしそうに頬を赤らめ、小声で言った。
「まぁ最近はたまに会うぐらいで、感謝する機会もあんま無かったしな」
「それで、僕は早めにゼーレたちの所に戻るけどホノカはこれからどうするんだ?」
「私はここに来てる筈の魔将軍二人を警戒します。シエル達ナイトサンダーズや勇者ゼーレとレイラが居るとは言え、この国には魔将軍に勝てるほどの実力者が少ないようですので」
「おう、よろしく頼む」
「了解しました。ライトニング様」
ホノカは背筋の伸びた綺麗な敬礼をし、僕の前から姿を消した。
「それじゃあ……。ディストラ、テンヤ達はどうだった?」
僕は、周りに人が居ないのをもう一度確認した後、影の中に話しかけた。
「テンヤ様達は、5日程前にソフィアの居るダンジョンに向かったそうです」
ディストラは、影の中から出て、一礼した。
「は!? ソフィアに会いに行ったのか?」
「はい。ツカサ様とミズキ様から聞いたことなので、確かかと……」
ディストラは落ち着いた様子で淡々と話した。
「う〜ん。確かに、ソフィアが仲間に加わればテンヤも楽になって、大幅な戦力アップになるけど、一気に敵の戦力を引き抜きすぎじゃない? 魔将軍も本格的に動き始めてるみたいだし、いくら僕が強いとは言え、皆んなを守れる保証はないよ?」
魔力も実質無限ってだけだから、もしものことを考えた時に、『破壊と創造をもたらす最強』の効果を付与した技を何回も撃つのは流石に怖いし。
それに、だからと言って味方を巻き込まないように手加減して勝てる程、アビスとナハト、それに残ってる邪神達も甘くはないだろうからね。
「アンナ様も、ライトニング様のお友達と言う事で、あまり無理をしないようにと言った様ですが、それを振り切って向かわれたようです」
「そ、そっか……」
まぁ、エンペラーズに入ってた時にソフィアと話しを合わせてたのかな?
魔王軍を裏切る事は、僕に会う前から計画してたみたいだし。
それから、ディストラを影の中に戻らせた僕は、急いでゼーレ達の元に走っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ホノカと別れた後、僕は図書館の人にゼーレ達の向かった場所を聞いて、地下に続く階段を下りていた。
階段は横幅も天井も狭く、明かりもない為、『破滅帝』を使わない雷魔法で足元照らしながら、一歩ずつ前に進んだ。
「おっ! この扉の先か」
数分程下に降りていると、いきなり目の前に木製の扉が現れた。
「おぉー、居た居た」
僕がその扉を開けると、目の前に本棚や木製の椅子と机があるだけの埃っぽい狭い一室が広がった。
「やっと来たか。ライム」
狭い一室では、真ん中の机を囲むようにゼーレ達が立っていた。
「ごめんごめん。結構話し込んじゃってさ」
「大丈夫。今から、皆んなでこの本を読もうとしてたとこだから」
そう言うレイラの視線の先には、ボロボロになっている一冊の古い本があった。
「それじゃあ、開けるぞ」
そう言って、スズリは古い本の表紙をめくり、読み始めた。
『この本には、俺達が魔大陸で手に入れた情報を書き連ねようと思う。先ず初めに、魔族共の弱点について……』
古い本は、勇者の話し言葉で書き連ねられていた。
『魔大陸で魔族と戦い続ける内に気づいたのだが、奴等魔族の弱点は強い生命力、つまり光属性の攻撃だ。これを知った俺は、魔大陸から逃げた後、俺の血を引く者を増やし続けた。俺の血を引く者は、勇者特有の強い生命力を宿している』
『勿論、親族同士で子を作ることはしていないので安心してくれ。きっとその者達が魔王討伐の役に立つことだろう』
生命力が魔族の弱点だったのか。確かにそれなら、勇者であるゼーレが魔族を倒した時に塵になって消えるのも、僕が神樹の樹液を飲んでから魔王の血に変化を起こせるようになったことにも納得がいくな。
でも、だとしたらゼーレの持ってる魂之力ってどんな効果なんだ? いつか聞いてみるか。
『そして俺の血を引く者達には、魔族の侵攻を食い止める為、人族最後の砦『ラスファート』の北側に村を作り、定住することにしている』
なっ! そこって、ホノカの故郷じゃないか!
まさか、ホノカが勇者の一族だったとは。
まぁ確かに、ホノカは生命力に溢れてるけど、ってあの明るさは関係無いか。
僕は、スズリの読んだ言葉に動揺を隠しきれなかった。
『その村の中央に、私の『光を作る魔法』で作った剣を刺し、魔族が近づけないようにしている。その剣の効果は以下の通り……』
《悪滅光爆剣の効果:魔王の身をも焦がす"勇者"が持つ特殊な光属性の魔素が込められていて、並み大抵の魔族や魔物では、近づくことも恐れる。
だが普段は力を封印していて、魔力の覚醒、つまり勇者の素質がある者でないと真の力を解放できない。》
『この剣は、魔王に対抗する為の希望だ。どうか、勇者の素質のある者に振るって欲しい』
その文字を見た僕は、背筋が凍り、背中に背負っているリュックが一気に重くなるのを感じた。
おいおいおい、待てよ! その希望、とっくに折れてるんですけど!
てか、ホノカの故郷は、魔族に操られたジャイアントウルフに滅ぼされたんだよな?
じゃあ、魔族が近づけない剣はどうやって折れたんだ?
僕が疑問を頭に残しているのを知らないスズリはどんどん読み進めていく。
『それと、これは魔王アビスが話していた事なのだが、獣人はアビスの父親が魔獣や獣と交わったことで産まれた種族らしい……』
その文字が読まれると同時に、ゼーレとレイラ、そしてエマさんとスズリが僕の方に恐怖の混じった視線を向ける。
は? て事は、アビスの父親は僕と同類のケモナーじゃ〜ん♪
って、違〜う!
おいおい、だから金色の爪が魔王に血を貰った時と、僕ら獣人の進化の過程が似ていたのか。
つまり、何だ? 僕やアンナ達の体には、めちゃくちゃ薄いとは言え、魔王ディアブロの血が流れているって事か?
何か、時を超えて一つの体に二つの時代の自分の血が流れているって考えると変な感じだな。
それからもスズリは勇者の残した古い本を読み進めていったが、最後の方は、ユニスさんやヒストアと旅をした思い出や感謝の言葉が書いてあるだけだった。
まぁ、途中でユニスさんがレイラの意識と交代して涙を流したのは言うまでも無い。
そして、古い本の最後には、こうも書いてあった。
『最後に、この本が開かれたと言うことは、ヒストアやユニスとの約束を果たしてくれた者が現れたのだろう。我々の意思を受け継ぐ者達が魔王を打ち倒すことを願っている……。決して絶望に呑まれるな。著者 フラト・エフラーム』
ふっ、最後にはちゃんと読む者へ託す思いを書いたりして、きちんと礼儀正しく締めるとは、ちゃんと良い勇者だったんだな。
でも、悪滅光爆剣と言い、フラトさんやユニスさんの魔法を持ってしても引くことを余儀なくされる程の強さか。これは期待以上の対戦相手かもな。
それに最後の言葉はまるで……。
ライムは気分の高揚とニヤケを止めるので必死だった。
てか、何でホノカは自分が勇者の末裔だって話してくれなかったんだろ?
話してくれたら、もっと早くこの剣についても見当をつけれたのに。
「まさか、獣人が魔王の血を引く種族だったなんて……」
「まぁこれで、獣人の進化の謎が解けたんじゃないか? ほら、イビリーズ村でよく話してたじゃん」
「あぁそうだな」
「てかこの人、勇者なのにファミリーネームを捨ててないんだな」
ゼーレは、古い本を見つめながらそう呟いた。
「ん? どういう事だ?」
僕がそう聞くと、ゼーレが説明し始めた。
「知らないのか? えっと、確か生まれつき勇者と呼ばれる者や後から勇者に芽生えた者は、その時点で親族含めて全員ファミリーネームを名乗らず、それを代々続けていくんだって母さんに聞いた事があるんだよね」
「そうしないと、もし勇者が魔王に負けた時に血の繋がりがある者全員危険に晒される可能性があるから、血の繋がっている証拠を少しでも消すんだよ」
「まぁ、一応ファミリーネーム自体は受け継がれるんだけどね。ちなみに僕のフルネームは、ゼーレ・リィナルだよ」
ゼーレは皆んなが驚くと思ったのか、堂々と大きな声で胸を張って言い放った。
「へぇ~」
僕含め、この場にいる者は全員、微妙な反応だった。
「な、何か反応薄いな」
ゼーレは、気まずそうに視線を下に下ろした。
「そりゃあ、ファミリーネームに驚く要素無いだろ」
スズリは、気まずそうなゼーレを鼻で笑った。
「た、確かにそりゃあそうか」
「そうそう。まぁ人間以外、つまりエルフやドワーフ、とか獣人や魔族何かは、元の数が少ないからファミリーネーム無いから、私とライムからしたら珍しいんだけど」
レイラは、ゼーレの話しに付け加えるように話した。
確かに、レイラとか魔将軍のファミリーネーム名乗ってるとこ見たことなかったな。
「じゃあフラトさんは、村を作ってからファミリーネームを作ったのかもな」
「そうだね。自分の子孫に勇者の血が流れているのを知らせる為に……」
エマさんが推測を巡らせていると、木の板を踏む足音が扉の先から聞こえてきた。
ライム達は、直ぐ様戦闘態勢に入り、扉の先を警戒した。
そう、この部屋へ通じる階段を降りる事は、王により禁じられているのだ。
そして、扉の先からはライムで無くとも分かるほど、殺気が漂っている。
階段を下りる音は、一歩一歩確実に近づいてくる。
数秒後。
足音は止まり、木製の扉が開く音が狭い部屋に響く。
ライム達は、扉の先に神経を集中させ、待ち受ける。
その瞬間。扉が一気に開かれ、ライム達の目の前には、扉の先が見えない程巨大な闇魔法で作られた玉が禍々しく渦巻いていた。




