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短編集  作者: 海華
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凡庸芋娘は今日も婚約者の手網係

「ヨルハ、今日は君のために肌にいいと言われる食事を用意させたよ。最近乾燥して肌が荒れてきてしまったからね。それと保湿に良くて身体に害が無い美容液も開発したから是非使っておくれ?果汁を絞った飲み物は少し酸味が強かったから今日は果実水にしたよ。君は少し甘めの方が好きだからはちみつで甘みも調整したんだ」


世界中の誰が信じられるだろうか。

凡庸代表と言っても過言では無い芋娘の私に誰がどう見ても好き好きと言葉で、表情で、態度で示す彼が公爵家の一人息子だという事実を。


そして


「ありがとうございます旦那様。とても嬉しいけれど今日は視察のご予定では無かったですか?」


「うん、ヨルハから離れるのが嫌だけど昨夜ヨルハがいっぱい充電してきたから朝二時に出発してもう済ませてきたよ」


「……いけませんわ旦那様。そんな朝も開けぬうちに出発しては先方も護衛騎士たちも困ってしまいますわ」


「大丈夫、護衛騎士たちは明日まで休みを与えたし抜き打ちに近い視察になったおかげで工房が時間外まで人を酷使していることがわかったんだ。その対処も済ませてきたよ。ヨルハは真面目に仕事を頑張る人が好きだからね」


彼が優秀で、善人であるかどうかは……たった一人の芋娘にかかっている事実を。

仕事を、真面目にして欲しいだけだったのにいいいい!!!


………凡庸芋娘夫人は今日も内心で絶叫をあげた。



天才で奇人で貴人な彼と

凡庸で芋娘で末端貴人の彼女が結婚することになったきっかけは……今から十年ほど前のことになる。






「君の名前はなんて言うの?好きな色は?好きなタイプは?好きな食べ物は?」


公爵家待望の一人息子は、明るく可愛らしく元気はつらつだったそうだが……五歳の頃、政敵の手の者によって拐かされた。

公爵家の懸命の捜索によって彼が発見されたのはそれから一年後。

………彼、デュオ・マルヴェレは身も心もボロボロに壊され傷だらけの人形の様に成り果てて公爵家に戻ってきたそうだ。


幸いにも肉体の傷は最高級の治療のかいあってすぐに癒えたそうだ。だが、問題は心にあった。


語学を教えればすぐに知識を吸収し覚えるが……指示をされなければ本の一冊も読まない。

勉強を命じればたんたんとこなすが……言われなければ食事も、休息も取らない。


美味しい、不味いなどの感覚も正常だが

どんな美味しいものも不味いものも淡々と口に運ぶ。


剣術を教えても魔術を教えても、すぐに器用に使いこなすが……ただ使えるだけだ。

勝負などを行う時も「勝て!」と言えば勝つけれど何も言わなければ手も出さずに負けてしまう。


才能も家柄も美貌も持っているにも関わらず……彼には欲求という物が全て失われていた。


息子の変わりように嘆いた公爵夫妻は、すぐに最高峰の治療師……聖女にどうにかできないか、と尋ねると聖女は「問題はデュオ様の運命の乙女が解決してくださいます」と言ったそうだ。


ならばデュオの運命の乙女を探そう!!ということになり


上は王女、公女から始まり

あちこちの貴族女性と引き合わせ、街なども共に出歩き。


やっと貴女に出逢えたのよ、と公爵夫妻は涙で潤んだ目で私に言った。


いや、いやいやいや。

嬉しそうにしないで私にへばりついているご子息を引き離してくれませんかね。


今日はお父様と一緒に教会にお祈りを捧げに来た。

お母様は数年前に亡くなり、それ以来月命日にお父様と教会に来るのはストラグル一家の恒例行事であったのだ。

領地は無いものの、寄親である侯爵家から領地の一部の管理を任されているストラグル家は一応子爵家だ。


お父様は忙しくしているものの、そこそこ裕福で年の離れたお兄様は後継者として既にお父様と一緒に仕事をしている。


…………そんな二人は、隣のソファで引きつった顔で公爵夫妻と対面している。


「……恐れながら、当家とマルヴェレ子息では……第二夫人としてでも身分が釣り合わないと思われます」


「あら、そこは気になさらないで。わたくしの実家の養女になれば問題なく第一夫人として受け入れられるわ。ねえ、旦那様?」


「そうだな。そちらの少女はまだ若いから今から教育を受ければ問題は無いでしょう」


わたし、養女になるの?

お父様とお兄様と離れ離れになるの?

そんなの嫌だと、救いを求めるようにお父様を見るも

お父様も辛そうに目を細めた。


……そうだね、うちが公爵家の言うことに抵抗なんて…出来ないよね。

諦め悲しみにひたっていると……隣のデュオ様にぎゅっと手を握られた。


「父上、ヨルハ嬢に無理はさせられません。彼女に必要な教育は私が受けましょう」


……はい?

えーっと……えっと?

私が受ける教育を、デュオ様が受けて……どうするの?


「…貴方が淑女教育を受けると言うのですか?」


「受けた方が良いならそれらも受けましょう。屋敷の采配や社交でのやり取りなど、夫人がすべきことを全て私がやります」


「……意欲的になるのは大変喜ばしいが、お前には私の後継者としての責務もあるのだぞ、デュオ」


「残念ながらヨルハ嬢を守り、ヨルハ嬢を大切にすることが最優先事項にあたります」


私、頭が良くないから分からないけど……デュオ様は公爵家の後継者としての責務を全部投げて……私がやらないといけないことをしようとしてくれるの??


意味が、分からない。


と言うかそもそもそれなら私を解放して、ちゃんとした女性を夫人にしてちゃんと公爵家の嫡男として頑張ればいいのに……。


「デュオ、お前の初めての我儘を叶えてはやりたいが……さすがにそれは無理だ。うちはデュオしか後継者が居ないのだから」


「知りません。僕には興味がありませんから」


……なに、この人。

責務を投げ出して我儘放題じゃない。

貴族としての責務を投げ出していいなら……私も彼に強引にくっつかれているのを振り払っても構わないよね?


「ねえ、ヨルハ……ヨルハ?」


「恐れながら、離れていただけますか?」


「え、な、なんで!?」


「私が嫌だからですわ。初対面の異性にこんな風にベタベタされるなんて、嬉しいわけないでしょう?」


「よ、ヨルハ!?」


丁寧に手を取って離れようとするも、デュオ様は泣きそうな表情で私のドレスにシワが着くほど強い力で握ってきた。

……お気に入りのドレスなのに。

お父様とお兄様と一緒のお出かけで、お母様のお墓にも見せるから一番可愛いドレスを着てきたのに。


デュオ様への不満がどんどん高まり……パシッと彼の手を叩いて振り払った。


「離れてくださいと、言いましてよ?女性に無理強いをするなんて最低ですわ」


「ご、ごめん!謝るから、謝るから嫌いにならないでヨルハ…!」


「名前で呼ぶことも許してませんわ。気安く名前で呼ばないでくださいまし」


スっと立ち上がると…お兄様の元へ行って膝の上に座らせてもらう。

お兄様とお父様が座っているソファは二人がけなので、お兄様の上に座ればデュオ様はもう私にくっつくことが出来ない。デュオ様はショックを隠すことも無くうなだれ泣きそうな顔で私を見ていたけれど、私はツンとそっぽを向いて彼から視線を外した。


「……すまないね、ストラグル子爵。うちの愚息が大変失礼をした」


「いえ、うちの娘もご子息に失礼いたしまして」


親同士が謝りあって、とりあえず一息が着いたようだ。

……だが私が嫌がったとしても、公爵夫婦は私を逃す気がないのはひしひしと感じられる。


「だが、それでもうちとしてはストラグル令嬢に嫁いできて貰いたいと思っているんだ。君たちは信じられないと思うけど、本当に息子はずっと何にも興味を持てなかったんだ……そんな息子がたったひとつ興味を持つ存在を傍においてやりたいと、思うのだよ」


「ですが父上、ヨルハを苦しめるくらいなら私は家を捨て「黙ってろデュオ」」


デュオ様が口を突っ込むも、それは容赦なく黙らされる。

……怒っているらしいマルヴェレ公爵様はすごく怖いけど、私にはすごく優しく微笑んでいてその落差に背筋が寒くなる。


「身分は何とかする。公爵夫人としての教育も必要だが……愚息がこう言ってるんだ、ストラグル令嬢の負担がなるべく軽減できるよう配慮もしよう。ストラグル令嬢、君の意思はなるべく尊重するから……マルヴェレ公爵家に嫁いできてくれないか?何か要望があればなるべく叶えるから、なんでも言ってみなさい」


なんでも…。

少し迷って、お兄様の服をつかみながら…おずおずと要望を出す。


「…成人まで、お父様やお兄様と離れたくないです」


「ふむ。それならストラグル一家ごとうちにすまないか?なんならうちの領地経営の手伝いをして貰えると助かるな」


「……アイヴァーン侯爵家に話をしてみなければ、そちらはなんとも言えません」


アイヴァーン侯爵家はうちの寄親だ。けれどたぶん侯爵家様は許可を出すだろう。だって相手は公爵さまだ。


「他にはないか?」


「……どうせ結婚するなら、好きな人がいいです。我儘を言って周りを困らせる人は、私は嫌いです」


「わ、我儘は言わない!」


「……ちゃんと公爵様の言うことを聞きますか?」


「ああ。ちゃんと後継者教育もする!ヨルハが困ってたら助けるし、ヨルハが喜ぶことなら何でもする!」


本当だろうか。かなり怪しいけれど……彼が私を思ってくれていることは、何となく信じられた。


「……立派な公爵様にならないと、ダメですよ?私も…お父様たちと一緒なら頑張りますから」


「わかった!でも辛い時は絶対に言ってくれ。ヨルハが辛いなら僕は何をしてでも助けたいから!」


「……それで、貴方のやるべきことをないがしろにしてはダメですよ?」


「わ、わかった!」



こうしてストラグル子爵家とマルヴェレ公爵家は縁を繋ぐこととなった。


嬉しそうに傍に来てお兄様の膝の上に乗った私に抱きついてくるデュオ様。


……高スペックな割に私が好きすぎて大暴走をする彼の手綱を握る生活は、十歳で結ばれた婚約の時から……始まったのだ。


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