令和おとぎ草紙「香姫」
令和おとぎ草子「香姫」
むかし昔、あるところに…
沈香のような、白檀のような、
とても良き香りがする娘がおったそうな、
娘の名は香姫と言い、
その芳しい香りは、一度嗅ぐと、皆、たちまち虜になってしまう程、魅力的な香りだったそうな。
その噂は、
遥か遠くの村までも届いていた。
「どうか一度だけでもいいから、その香りを嗅がせて下さい」
「もし、香りを嗅がせて戴けるなら、何でも致します」
「香姫の為なら、金銀財宝すべてを捧げます」
毎日、毎日、
香姫の屋敷の前には、噂を聞きつけた男たちが集まっていた。
「娘は誰ともお会いしません。お帰り下さい」
両親は、幾度も断り続けた。
それでも、男たちは屋敷の回りに集まり、益々増える一方だった。
大そう困ってしまった両親は、とうとう、香姫を屋敷奥深くに匿ってしまったそうな。
「お父様、お母様、香姫は親不幸な娘でございます」
「こんな身体に生まれたばかりに、ご迷惑をかけてばかり」
「案ずるな香姫、私たちはいつでも、其方の幸せを願っていますよ」
「ありがとうございます。でも…」
ある日のこと、
「こうなったら、この塀を壊して中に入ってしまおう」
我慢できなくなった男たちが企んでいた。
満月の夜、
ガン、ガン、ガン、
屋敷の塀を、石で叩き割る男たち。
バリバリバリ、バリ
引き剥がされる塀。
とうとう、塀には大きな穴が開いてしまった。
「わーーー」
男たちは、我先へと中へ雪崩れ込んだ。
「どこだ、どこだ!香姫は、どこだ」
バン、バン、
片っ端から座敷の襖を開ける男たち。
そこに、一層厳重に閉ざされた奥の間があった。
「あそこだ、あそこに香姫がいるに違いない」
男たちは、奥の間に踏み込んだ。
「お辞めください!」
「香姫に会ってはなりません。大変なことになりますよ」
両親は、男たちの前に立ち塞がった。
「うるさい、」
男たちは両親を跳ね除け、勢いよく奥の間の襖を開けた。
バン、
「うっ、」
そこには、
大きな、大きな、大山椒魚がたたずんでいた。
その身体は、手足がどす黒く、身体もヌルヌルと湿っており、口は大きく裂け、眼も赤く血走っていた。
「な、何だ…化け物!」
「香姫は、どこだ、」
大山椒魚は、ゆっくりと振り返り、
「私が香姫です」
と、答えた。
「そんな…」たたずむ男たち。
「見ましたね…」
大山椒魚は、どす黒い手で男たちを掴んだ。
「いい匂いだ〜たまらない〜」
男たちは皆、恍惚の表情になっている。
うあ〜ん、
大きな口を開く大山椒魚、
パックン、
皆、一口で食べられてしまいました。
「あ〜美味しかった」
ペロリ、舌。
その後、
今だに、香姫の噂は飛び続け、男たちが集まっていた。
「香姫に会わせて下さい!」
「香姫に会えるなら、何でも致します」
「命も捧げます」
命も捧げる?…