召され
火の燃える音だけが静寂に包まれたこの村で鳴っている。
村人は全員顔を下げて両手を合わせていた。
中央に建てられた木の棒には1人の人間が縛られている。
顔は布で覆われていて今、どんな表情をしているかわからない。
服装は全身真っ白な布を着ていてそれだけでも見惚れてしまう美しさをしている。
垂れ下がった足はとても綺麗にされていて病にかかっていた事を忘れてしまうほどだった。
「…………」
俺は他の村人達とは違い、顔を上げて胸に手を当て、まるで敬礼のような仕草で燃える炎を見ている。
これは俺自身が望んだ仕草だ。
正式な護衛とはいかなくても俺は巫女様が望んだ姿で居たいとおばあちゃんに許可を貰って、みんなとは違う立ち位置で祈りを捧げている。
ずっと火を見つめていると不思議な気持ちになってくるが、俺は祈りに集中した。
木の棒の下側は焦げ始め、黒く染まりつつある。
そろそろ心の準備を終わらせなければいけない。
「祈りを止めよ」
おばあちゃんの一言で村人は全員顔を上げる。
そしておばあちゃんは燃え盛る炎へ近づいて一礼をした。
「貴方様の弔いに我々が参加できた事。これは我々の人生の宝でございます。貴方様は1人で悩まれ、1人で村を守ろうとしてくれた。今ここに村人から感謝を申し上げます」
俺はおばあちゃんの話を聞きながら横目で村人を見る。
『あいつ来たせいで!村が……!あいつは祟りだ!魔物だ!この汚れた人の皮被った者め!』
巫女様の全てを知ってそう批判する人達も中にはいた。
儀式で意識と精神を入れ替え、村人達を洗脳した事実は魔術だとか化け物だとかを唱える者も少なくない。
俺が今視界に入れている人達もそう罵声を出している人達だ。
しかし今は嗚咽と共に涙を流している。
「貴方様の行いは全てが正しかったというわけではありません。しかし全てが間違っていたわけでもありません。貴方様は村を愛していた。そのことだけは強く我々は信じております」
次に俺が見たのは村長の家の裏にある井戸でよく会うふくよかな女性だ。
『信じた私達が間違っていた…!』
彼女も最初は巫女様の行いを受け入れられずに嘆いていたのを俺は知っている。
でも、
『なのに、まだ私は貴方と過ごしたかったと思ってしまう…』
心の底で湧き上がった本音が自然と口に出たことも俺は知っていた。
周りにいる他の女性達も自分の顔を覆って泣き叫ぶ。
これが本当に罪を犯した人の弔いの場なのかと疑いたくなるほどに村人は泣いていた。
俺は鼻をツンと痛めながらも涙を流さない。
泣いてしまったらきっと、躊躇いなく切れないから。
「貴方様が元の世界へ帰れる事を、我々は、心から…願っております……」
おばあちゃんは息を詰まらせながら頭を下げて話し続ける。
そして最後に自身の両手を重ねてより深くお辞儀をした。
「村人達。最後にあの方の姿を目にとらえよ」
その言葉に誰かが大きく泣き叫んだ。
それがまた誰かの涙の糸を切れさせて、次々と泣き声が聞こえる。
大人も子供も、みんな泣いていた。
「クソっ!クソっ!」
カルイは地面を叩いて蹲り叫ぶ。
「姉ちゃん!!」
ずっと炎の中心に向かって自分の姉を呼んでいた。
そして遂におばあちゃんが頭を上げて動き出す。
俺と目が合ったおばあちゃんは涙を流して頷いた。
「………さぁ!その剣でトドメをさすのじゃ!」
「……はい」
俺はおばあちゃんと交代するように火の近くへ歩き始める。
熱が俺の体に当たって顔を顰めてしまうがしここではまだ止まれない。
木の棒を中心に囲む焚き火は巫女様の体が括り付けられている方向だけ薪が置いてないので、この間を通って巫女様の亡骸へと向かうのだ。
俺は1歩ずつ村の土を強く踏んで巫女様の元へ辿り着く。
近くで見ると布から出ているスラっとした手足がより白く見える。
俺は自分が背負う白の眼の大剣の柄を握って鞘から抜き出した。
「………」
本来ならば巫女様を守るために作られた剣なのに守るべき主に刃を向けている。
俺はゆっくり目を瞑り息を整えた。
……余計な事は考えるな、感じるな。
一瞬で切れ。
目を開けて腕を天へと上げる。
「召されてください」
斜めに振りかぶった白の眼の大剣は感覚を俺に走らせる事なく、巫女様の体に傷を付けたのだった。
 




