カルイとアキロ
村の中央には1本の太い木の棒が立っていた。
この木は森の中のさらに奥深くに聳え立つ長寿の木の1つのようで白虎様に連れられた男達が取ってきた物だ。
そしてこれから弔いが始まる。
俺は自分の背中に背負われている白の眼の大剣の鞘を握りしめた。
「雅人…」
「美姫ちゃん」
「…大丈夫?」
「じゃないかも」
「そうだよね…」
美姫ちゃんは真っ黒の衣装を着て俺の隣に立つ。
アキロのおじいさんが仕立ててくれた、今日のための服装だ。
そして俺が今着ているのは以前注文した護衛服。
上半身は鎧のように硬い素材で作られていて、下半身は布で動きやすさをかな揃えた服。
見た目もとてもカッコよくて、こんな状況じゃなかったら飛び跳ねて喜んでいたはずだ。
「雅人」
「カルイ」
「カルイくん」
いつもより元気のない声は俺達が心配になるほどだった。
けれど表情は少しスッキリとしている。
カルイも同じような黒い服をきちんと着こなしていた。
「この日が来ちゃったな」
「そうだね…」
今日は弔いの日。
そう、この村の巫女でありカルイの姉の亡骸が天に帰させる日だ。
あの一件後、巫女様の体は悪化して1週間後に息を引き取った。
その1週間はカルイの家族と過ごしていて寝たきりの巫女様は何処か嬉しそうにしていたのを覚えている。
俺もお見舞いとして美姫ちゃんと来た時には少し瞑りがちな目を開けて少しだけ口角を上げてくれた。
あんなに酷い事をされてもやはり天に召されるのは心が堪える。
短期間では合ったものの巫女様とは村人と同様に良くも悪くも濃い時間を過ごした。
巫女様が帰った時は美姫ちゃんと一緒に家で泣き腫らしてしまったくらいだ。
「なぁ雅人、美姫。オレが知っている姉ちゃんの話をして良いか?」
「俺達が聞いても良いの?」
「聞いて欲しいんだ」
「私達で良ければ聞くよ」
「ありがとう」
カルイは力無く笑うと思い返すようにポツリポツリと話し始める。
「雅人が居なくなった日、白虎様に姉ちゃんの全てを聞いてわかったことがあったんだ。姉ちゃんは雅人と同じ世界から意識だけ来たんだろ?確かに姉ちゃんは凄く物知りだったんだ。だけど時々意味がわからない事言ってた時があってさ。例えば夕飯に出てきた牛肉の蒸し焼きをろーす、なんかとかって言ってたり、オレが武器を作ろうとしたけど金槌持たなくて凹んで居た時は何回でもちゃれん…?すれば良いんだよって言ってくれたりしたんだ。今考えればそれも雅人達の世界で使われていた言葉なんだよな」
「ろーす……蒸し焼き…。ローストビーフ?かな?」
「ちゃれん……チャレンジ?」
美姫ちゃんと俺はそれぞれに元の世界で使っていた言葉を言うとカルイの表情は明るくなる。
「たぶんそれだ!」
少しだけ笑顔を見せてくれたカルイは何度もローストビーフとチャレンジの単語を繰り返して言っていた。
「ろーすとびーふ。ちゃれんじ。意味はよくわからないけど、これも姉ちゃんとの思い出なんだ。オレはずっと覚えているよ」
「ああ。もし気になった事があったら俺と美姫ちゃんが教えるよ」
「へへっ、ありがとうな……」
ずっと耐えてきたのだろう。
カルイは静かに涙を流し始めた。
俺はそんなカルイの頭を撫でて、美姫ちゃんは体を抱きしめる。
「オレ…オレ、姉ちゃんは絶対いるって信じてきたから…会えた時にはすげー嬉しかったんだ。でも今は、もう姉ちゃんが居ない…」
「カルイ…」
「姉ちゃん、元の家族の所へ行けたのかなぁ…?」
「絶対戻れたよ。でもカルイくん。これだけは忘れちゃダメだよ。カルイくんも巫女様の家族だって事」
「うん…うん…」
カルイは何度も頷いた。
美姫ちゃんも俺もその涙につられて数滴の水を頬に流す。
巫女様が帰る前の1週間。
きっとカルイは頑張ったんだ。
涙を見せないでずっと笑顔で。
「泣いてるところ悪ぃな。カルイ。両親が呼んでるぜ」
するとアキロの声が聞こえてきて俺達は顔を上げる。
申し訳なさそうな表情は初めて見る顔でいつものようなチャラい雰囲気は無かった。
「わかった。雅人、美姫。ありがとうな。オレ行ってくる!」
「うん。いってらっしゃい」
「また後でね」
「村長と一緒にいるからそこへ向かえ」
「アキロの兄ちゃんもありがとな!」
カルイは強く目を擦って涙を拭くと元気な声で俺達に伝え両親の元へ向かった。
それを見送った俺と美姫ちゃん、アキロは3人して顔を合わせる。
「なんだよ」
「いいや。いつもと雰囲気が違う気がして」
「俺だって今日くらいはこうなるさ。……巫女様には一応借りがあったんだ」
「借り、ですか?」
「今日だけ特別に教えてやろう。俺には母さんも父さんも居ない。服を作っているじいちゃんが唯一の家族だ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。俺がまだ小さい時に狩りに行って帰って来なかった。そんな俺を優しく抱きしめてくれたのが巫女様だ。……とは言っても先代の方だけどな」
「先代の巫女様…」
「俺達村人は一生に一度、巫女様から読み聞かせを行う。小さかった俺はその時も両親が居なくなった傷が無くならなくて……無礼なことに巫女様の膝の上で暴れたんだ」




