君の事を知ってるつもりだった
私も使った事がある裏口。
確かこの扉を使った時、雅人も謎の強風に飛ばされて白虎様に会ったと言っていた。
その風も白虎様が起こしたものなのかと疑問が浮かんでくる。
元の世界とは全く違う現象が現れすぎて私の頭はパンクしそうだ。
しかし今は止まっている場合ではない。
私は唇を強く結んで裏口の扉に手をかけた。
外からでもわかる不穏な空気。
静かすぎる社。
2人も人間がいるなら多少の話し声などが漏れているはずなのに息一つさえ聞こえない。
意を決して扉を開ければ嗅いだことのない香りが私の鼻に纏う。
お香の香りだろうか。
私はそのまま書類が保管されている部屋を進んで社の中央…つまり玄関を入ってすぐのリビング的な場所へ向かう。
小さな社の中で唯一広い部屋は中央の部屋だ。
「臭い…」
強い匂いはあまり好きではない。
興味本心で買った香水も私には合わなかった事だってある。
鼻に片手を当てて極力吸わないように中央の部屋への扉を開けた。
「雅人!」
私の呼び声が開かれた扉の音と共に部屋の中へ響く。
中央の部屋は光さえなく扉という扉は全て閉め切っていた。
そこでロウソクを付けながら中央で正座しているのは羽衣のような服装をしている巫女様。
私が来るのをわかっていたかのようにこちらを振り向いて微笑んだ。
「いらっしゃい。美姫」
「雅人はどこですか?」
「そこに……」
巫女様が顔を向けた方向には体育座りをして顔を膝に埋めている人物がいる。
私は慌ててその人の元へ走り出した。
「雅人!」
「……」
私は何も言わずに俯いている人…雅人に駆け寄って肩を揺する。
しかし何も反応せずに下を向いていた。
私は自分の体温が一気に冷たくなる。
急いで雅人の首に手を当てて脈を測り、生きているか確認した。
「大丈夫。生きています」
「それじゃあ一体何をしたんですか」
「私は雅人の悩みを聞いただけですよ。勝手にそうなったのです」
巫女様は微笑んで静かに座っている。
ロウソクの明かりで照らされるその顔はまるで幽霊のように見えて私の背筋を凍らせた。
すぐに雅人の方を向いて肩を叩く。
「雅人、雅人!」
「……」
「聞こえてるんでしょ!?返事くらいして!」
「……帰って…」
「帰るよ!雅人を連れて!!」
「…帰って……俺は、いいから……」
泣きそうな声で小さく呟いて雅人は肩を震わせる。
私はそんな姿に絶望を感じた。
「なんで……そんな」
「願いを聞いてあげないのですか?美姫」
「黙っててください。貴方は自分が雅人を知ってるような話し方ですけど何も知らないでしょう?」
「そんなことありませんよ。私は何でも知っている」
「私だって雅人の事を近くで見てきました。それも小さい頃から」
「ならば雅人が私に話した悩みは何だと思いますか?」
「えっ」
「何でも知っているのでしょう?」
私は思わず巫女様の顔を見てしまった。
変わらない表情はまるで能面のよう。
私はそんな巫女様に捕らわれないよう必死に冷静さを保った。
雅人の悩み。この世界の事か?
それとも元の世界か…。
そして困っている内容は何なのだろう。
生活?人間関係?それも自分の事?
迷路を辿るように頭の中で整理しようとしても何もわからない。
巫女様は「ふふっ」と笑みを漏らす。
きっと私の黙っている時間が長いためわからないと判断したのだろう。
……悔しいがその通りだった。
「強がらなくてもいい。自分の間違いに気付くのはとても良い事です」
「……うるさい…」
「もう1つ美姫が考えている事を当ててあげましょう」
「……だから」
「弱っている雅人の姿を見るのが初めてで戸惑っていますね?」
私の中で何かが射抜かれた。
金縛りよりも重い何かで掴まれているように動けない。
呼吸も速くなってきて、私は歯を食いしばった。
「正解でしょう?」
答えなくてもわかる。
巫女様は私の様子さえ見ればそれが当たっているくらい丸わかりだろう。
私は悔しくて雅人の肩に置いていた手で自分の方へ引き寄せた。
まだ雅人は肩を振るわせている。
私が抱きしめたって治ることはない。
食いしばった歯がギリギリと音を鳴らす。
「雅人…」
巫女様に言われなくても私は気付いていた。
言われて余計に自分の無力さが痛感できる。
いつも私の側にいた雅人はニコニコ笑って常に笑顔を絶やさない人だった。
小さい頃、雅人が両親に怒られた時も私の前では泣きもせずに涙目で笑っていて、私が頭を撫でてあげれば目尻から涙を溢しながら嬉しそうに微笑んでいたくらいだ。
涙は見せたとしても雅人が私に弱音やネガティブな事を言った覚えはないし、反抗期のように暴れた事だってない。
いつでも大人しくて私の前では笑っていた。
だからなんだ。
こんなに弱って泣いて、顔も見せてくれないくらい沈んだ声で俯いている姿が今でも信じられなくて。
それに加えて私は何に悩んでいるのかもわからない。
悩んでいたことすらわからなかった。
「私ばかり、助けられて…」
雅人の体温を感じれば感じるほど、私の目からも涙が出てきた。




