君の隣にいる人は……
「……つまり巫女様は私達と同じ世界から意識だけ来た人。元の世界へと帰るために禁忌と呼ばれる儀式をしようとしていて、それを止められる白虎様を悪しき風で弱らせていた」
「通常の人間よりも理解が早くて助かります」
「こんな事言ったら可哀想ですけど、雅人は『ついで』になるんですか?」
「そこは良く知りません。しかし巻き込まれていることは確実です。そう、木の葉が教えてくれました」
「白虎様はそれにいつから気付かれて…?」
「……私は近いうちに土へ帰る存在です。徐々に感覚が鈍っていき、今回の事態に気付いたのは数日前。しかしその時には既に体は汚れた風で侵食されていました」
「儀式を止める方法はありますか?」
「巫女を始末するほかありません」
白虎様は少し声を沈めて顔を私から背ける。
私は自分の両手を強く握った。
そして大きく深呼吸をする。
「ふーーっ」
「美姫?」
「……私は巫女様の気持ちがわからないわけじゃありません。例え今の生活が幸せでも元の世界に帰りたい想いが。でも、雅人を巻き込むのは私が許せない。雅人の隣にいる人は……私だけで十分です」
「ふっ、、。面白いですね。私が想像していた貴方よりも本物はよっぽど熱い人間でした。予想では怖気付いて黙り込むと思っていたのに……。石竹美姫。気に入りましたよ。騒がしい人間は好きではありませんが、心が熱い人間には私は弱いのです。それに私は霊獣白虎。この地を守るもの。力を貸しましょう」
「でも白虎様は体が…」
「ええ。簡単には動けません。ある方法を除いては」
「その方法って何ですか?」
「貴方が背負っているその剣。それは白の眼を素材に使ったものでしょう」
私は頷いて自分の背中に携えている大剣を見た。
何かあった時のためにと言われて、強制的にカルイくんに持たされた剣。
雅人に会えたら渡そうと思っていたこの剣がどう打開の方法に繋がるのだろうか。
私は改めて白虎様を見る。
「白の眼の鉱石は私の力が結晶となったもの。故にその剣には私の力が込められている」
「なるほど!それじゃあこれを……食べるのですか?」
「霊獣と言えど石を食べるのは無理です」
「そ、そうですよね」
「食べるのは無理ですが実際今、貴方が側に居るだけで力が湧いてきます。少量ずつではありますが白の眼が私に力を与えてくれている」
「私が白の眼の大剣を持って白虎様の側に居れば、動けるという事ですか?」
「そういう事です」
私は力が抜けた体に喝を入れてフラフラ立ち上がると白虎様の近くへ寄る。
白虎様の体部分に背を向けて白の眼の大剣をくっ付けるようにすれば白虎様の目は細まってゆっくりと立ち上がった。
私は後ろ目で立ち上がる白虎様を見てその大きさに驚く。
動物園などで見るホワイトタイガーよりも遥かに大きかった。
そんな姿に目を丸くしていると私の体が地面からふわりと離れる。
宙に浮いた私は暴れることなく大人しくしていると、白虎様は満足そうに鼻息を鳴らした。
「2人は社にいます。とりあえず貴方は私の背中へ乗ってください。いつもより速くは走れませんが一刻も早く2人の元へ向かいます」
「はい。よろしくお願いします」
私は浮いたまま白虎様に頭を下げる。
すると風がまた吹いて私は白虎様の背中に着地して座った。
そしてすぐに強い風と共に走り出す。
速くないと言っていた割にはとても速くて、高速道路で走る車よりも速い気がした。
白虎様の体の心配よりも今は私が振り飛ばされる心配をした方がいいかもしれない。
私は精一杯の力で背中をギュッと強く掴んだ。
ーーーーーー
髪はボサボサになり、頭がグラグラと揺れている。
真っ赤な社が見えた時の私の状態は悲惨な姿だった。
こんなの雅人やカルイくんに見られたら苦笑いと大笑いされるだろう。
想像より速くて私は心の中で白虎様の速く走れない宣言にツッコミを入れた。
これの何処が速くないのだと。
「美姫、着きましたよ」
「はい……」
私は無理矢理白虎様が作り出した風によって背中から下ろされる。
土を踏んだ足が震えて生まれたての子鹿のようだった。
「これから…私は何をすれば…?」
「突撃して説得あるのみです」
「し、シンプル…!」
「しんぷ?…相変わらず異界の言葉はわからない」
「あの、こんな時に聞くのもあれなのですが、巫女様がこの世界に来た理由って…?」
「私に聞かないでください。貴方達と同様、私が呼び寄せたわけではありません」
「わかりました…」
少し優しくなったと思えばまた厳しい口調で話す白虎様に私はついていけない。
人間でもこういう人いるよなぁと思ってしまう。
「白虎様は?」
「今の私は無力に近い。貴方と雅人の身に何かあった時は手段を取りますが、まずは貴方に託します。とりあえず巫女の始末の件は頭に入れなくていい。あれは最終手段。まずは話して説得を試みる事です」
「了解です」
「美姫」
「何でしょう?」
「もしもの時は、自分で戦いなさい。その剣なら貴方でも扱えるでしょうから」
「……はい」
私は肩から胸にかけられている鞘の紐を掴んだ。
本当にヤバい時は私が振るわなければならないのか…。
この世界でも、元の世界でも包丁以外の刃物を振るったことはない。
不安になってくる私を見て白虎様はまた鼻息を強く吹いた。
「助けたいなら戦う。当たり前の事です」
「!!」
「行きなさい」
「はい!」
そうだ。私は助けに来たんだ。
雅人を、大事な人を。
これはあくまでも自己防衛と同じ。
雅人も私自身も守らなくては。
白虎様のたった一言で心の火を付けさせられた私はそのまま背を向けて社の中へと向かって行った。




