届いて欲しかった
「儀式というのはお互いの意識や精神を取り替えるものでした。つまり体だけを交換するということ。儀式をした時の私の年齢は18歳。何故私が先代巫女に選ばれた理由は定かではありませんが……きっと私が前世の記憶を持っている事に勘づき特別な人間だと思ったからでしょう。人間誰しも特別な物には弱いのです」
「その後は…?」
「私が巫女となりました。そして彼女…先代巫女は私がこの世界で授かった体に意識を移し、自ら命を断ち天へと昇った。村人達はこの事に気付いてない。これが2年前の話です」
「でも村の人達は幼い時に必ず巫女様を見ています。気付かない事なんてあり得ない!だって、おばあちゃんはまるで先代巫女様の外見を知らないようでした。でも貴方の姿は100年以上の間ずっと同じ。辻褄が合いません!!」
「そう興奮しないで。村人を洗脳するなんて、霊獣にお仕えする巫女なら容易い事。今の村人達は皆、私の姿が先代巫女と思ってない。村長が産まれる数年前に新しく巫女の座に着いた人間としか記憶があやふやのまま。私達が儀式をした瞬間、皆の記憶が書き換えられたのです。私は長く巫女をやっているように演じていますが、事実を言えば2年ほどしか巫女を務めてない。ここまではわかりましたか?」
「何と、、なくですけど」
「それで良いのです」
巫女様の瞳は段々とハイライトが無くなっているように感じる。
一切動けない俺は語りかけられる巫女様の物語に頭の中を動かすしかできなかった。
「先程一緒に帰ると言ったことはまだ理解出来ていません」
「ええ。勿論話しますよ。私の意識はこの世界に来て20年が経った。そして元の世界で意識を手放したのは20の時。つまり、リンクしているというわけです」
「……巫女様がカタカナを使うと変な感じがします」
「ふふっ。そう冷静に言っていられるのも今のうちですよ」
「リンクすると、どうなるのですか?」
「ここからは誰もやったことがないので憶測ですが……現在、実際に私の体に異変が起きています」
「異変?」
「この体が自分の本当の体では無いのに、元の世界で患っていた病気の症状が出てきているのです。私が咳き込んだのも、症状の1種。時がリンクしているので今の体が元の世界の体と合わさりつつあるのです」
「しかしそれは憶測…」
「私はまた、とある儀式をします。それは自分の意識を今の体から剥がすこと。そうすればきっと元の世界の本物の自分の体に戻れるはずなんです」
「……」
俺は何も言えなかった。
確かな保証はないのに巫女様の顔を見ると本当に出来る気がしてしまう。
でも俺は戻ったところでどうする?
巫女様が言うには美姫ちゃんを置いて行くと同じ意味だ。
そんな事…俺には出来ないし、許されるわけがない。
「俺は……俺は!」
「雅人?」
勢いよく巫女様の腕から抜け出て俺は裏口へと向かった。
この件は白虎様に…ここで1番上の立場の者に言わなくてはならない。
儀式のことも、洗脳のことも、日本の法律に合わせたら犯罪になるだろう。
しかし裏口の扉を開けようとすると同時に高らかな笑い声が聞こえた。
「巫女様?」
「私が先程舞っていた踊りの正体を教えましょう。あれはこの地の空気を汚す舞いです。冷たく、強く、そして痛い風。私はその舞をコツコツと続けてきた。神聖な風と共に生きる霊獣白虎がその風を受けたらどうなるかわかりますか?綺麗な風から汚い風に毎日晒された今、きっと体は汚染に侵食されている。十分に毒が回っているのと同じです。助けを求めたって無駄なのですよ」
俺は扉に伸ばしていた手を止めて後ろを向く。
巫女様はまだ布団にいるのか姿は見えなかった。
白虎様の体が悪くなっても村人のみんなの力を借りれば何となかるかもしれないと瞬時に思って、次の行動に移そうとするが全身が金縛りにあったように動かない。
「巫女様…何を…」
「ケホッ、、私は何もしてませんよ」
ゆらゆらとした足つきで俺の所まで遅い速度で巫女様が歩いてくる。
「でも体が…」
「それへ恐怖心から来るものでしょうね。私は貴方に毒なんて加えない」
次第に足が震えて立つことすらままならない。
座り込んだ俺を巫女様は満足そうに微笑んだ。
「結局、何が、したいんですか?」
「私はいつだって元の世界に帰ることが1番の目的です。しかし私の心は雅人に奪われている。どうせなら一緒に帰りましょう」
「ついで…か…」
「貴方は1人の人間に囚われすぎている。それが実に興味深くて、愛おしい」
弱虫でビビりな俺の目は滲んできて前がよく見えない。
心の中ではずっと同じ人の名前を叫んでいた。
届くはずがないのに。
巫女様はゆっくり近寄って俺に手を伸ばす。
もう一度振り払える勇気は無かった。
その手が俺の頬に触れた時……俺は闇に落ちたのだ。




