間接キス
カルイとお父さんの作った白の眼の大剣に胸を熱くしながら美姫ちゃんと村長の家に帰る。
やはり先程起こった強風の影響でまだ村はぐちゃぐちゃのままだ。
後で手伝いに行かなくては。
幸い俺達が住む家の被害は小さくて安心する。
やはり村長の家だから強い素材で作られているのだろう。
玄関を開ければ囲炉裏から消えた炭の香りがした。
元の世界とは全く違う香り。
慣れるまでには時間がまだかかりそうだけど、嫌な気分にはならなかった。
「ん?なんか他の香りもする」
「ふふっ、わかった?」
「美姫ちゃん何かしたの?」
「こっち来て」
今日はなんだか炭以外の香りがして美姫ちゃんに問いかけると嬉しそうな顔で俺に手招きする。
美姫ちゃんは先に家へ上がって台所へ行くと何かを確認するように鍋を見ていた。
俺も台所に向かって歩いて行くと、とても良い香りが強く鼻をくすぐる。
「じゃーん」
美姫ちゃんの効果音と共に開けられた鍋の中には野菜や肉が照っている煮物的なものが入っていた。
「え、凄っ」
本当に美味しそうな見た目と香りの料理に俺はつまらないリアクションで返す。
それくらい凄くて本心が漏れてしまったのだ。
まじまじと料理を見る俺の反応に満足したようで美姫ちゃんは側にあった菜箸で煮物を1つ摘んだ。
「息子さんのお嫁さんに教わったの。雅人が巫女様の所に行ってる間にね」
「あんな短時間で?」
「結構簡単な料理なんだよ。日本に居た時使っていたIHやガスコンロよりも火力は出るから短時間で調理できたの。強風が来た時に火が自然に消えちゃったから美味しくないかもって思ってたけど……。うん、美味しい。味付けもバッチリ」
「凄いね。見た目も香りも味も最高だなんて流石美姫ちゃん」
「ありがとう。雅人も食べる?」
「いいの?」
「元々私達が食べるために作ったんだから。まだ夕飯の時間じゃないから1個だけね。何がいい?」
「その肉がいいかな」
「やっぱり男の子だね。肉選ぶなんて」
「野菜選んだ方が良かった?」
「どっちでも。……はい、あーん」
「えっ!?」
美姫ちゃんの声と俺の驚く声が重なり合う。
菜箸はピタリと止まって美姫ちゃんは首を傾げていた。
可愛い姿だ。
しかしこれは食べていいのだろうか。
いや、食べるんだけど「あーん」で食べさせてもらっていいのか俺は迷う。
別に両手が怪我しているわけじゃない。
赤ちゃんじゃあるまいし自分で食べられる。
そう頭の中でどうやって断ろうか考えて、一向に口を開けない俺を不思議に思った美姫ちゃんは勘づいたように笑った。
「恥ずかしいの?」
「だって高校生になってまで食べさせてもらうのは…」
「家族同士でやらない?」
「やらないやらない」
「大丈夫。恥ずかしくないから。私達の仲でしょ」
「これでもプライドってものが…」
「面倒臭いプライドだね。高校生とか大人とか関係ないよ。カップルとかだってお互いに食べさせ合ってるのとかドラマで見るけど?」
「か、カップル?」
「隙あり!!」
急に美姫ちゃんからカップルの単語が出てきて俺の力が抜けると同時に口に肉が放り込まれる。
反射的に噛むとジュワッと甘塩っぱい味と肉汁が広がった。
よく家で作られていた煮物とそっくりの味だ。
噛めば噛むほど味が出てくる。
「美味しい…」
「良かった。夕飯には野菜も食べてね」
「うん」
モグモグと俺は食べながら頷く。
「あーん」はすぐに入れられ、すぐに抜かれたので甘い雰囲気は全く無かった。
でもそれで良かったのだ。
片想いしてる相手に食べさせてもらうなんて俺からしたら刺激が強い。
でも、カップルか……。
「あっごめん」
「え?何が?」
「私が口つけた菜箸で食べさせちゃった。間接キスになってごめんね」
「!!!!!」
「雅人!?」
声にならない声を出して俺は両手で顔を覆いその場にしゃがんだ。
その一言でもう、頭の中は真っ白だった。




