任命
村から森に入るとふわりとそよ風が肌を撫でる。
ここは結構風が吹くみたいだ。
「なんか癒されるよね」
「うん。東京に居た時とは全く別だ」
美姫ちゃんも同じ事を思ってくれていたらしく2人で自然を感じながら歩く。
少し歩くと巫女様と霊獣様の領域に入る門が佇んでいた。
門と言っても扉はないアーチ状の門。
俺達はゆっくり境目を跨いだら、昨日おばあちゃんがした祈りを見よう見まねでしてみる。
「確か座ってたよな」
「そして手を合わせるんだよね。…雅人、手の握り方違くない?」
「えっそうなの?」
「たぶんこうだよ」
美姫ちゃんは俺の目の前に手を持って来て見せてくれる。
それの通りに手を組むと2人で目を瞑って祈りを捧げた。
その祈りが届くと前方からガラスが割れるような音がする。
目を開けて確認したが特に変わった所はなかった。
「音がしたからOKじゃない?」
「俺、確認してみる」
俺は祈りの体勢をやめて前に向かって歩く。
特に障害物のようなものはなかった。
元々結界がどういうのかわからないけど、きっと音が鳴ったから大丈夫だろう。
「美姫ちゃん!大丈夫!」
「今行くね!」
少し遠くまで確認に来てしまった俺は門側にいる美姫ちゃんに頭の腕で丸を作って教える。
小走りで俺の方に向かってくる美姫ちゃん。
ワンピースのような服が揺れて美女が余計にフィルターを纏う。
俺はそんな姿に口角が上がりそうになってしまうが耐えた。
崩れた表情なんて見せられない。
「どうしたの?なんか顔が…」
「なんでも!」
「?」
気を取り直して俺は巫女様の社へと歩き出す。
結界を解けば社への道のりはすぐだった。
真正面に赤い外装の建物が見える。
扉の前に立つと、美姫ちゃんがノックを3回した。
すると扉はゆっくりと開く。
「「おはようございます」」
「おはようございます。お待ちしてました。もう少しゆっくりしても良かったのですよ?」
「いえ!大丈夫です!私達も特にこれと言ってやる事が無いので」
「そうですか…。お2人の服、似合ってますね」
「ありがとうございます。先程、チャラ……村の服家が持って来てくれました」
「よくお似合いです」
巫女様は昨日と同じ位置に座って待っていた。
という事はこれは自動ドアなのか。
不思議だなと思いながらも俺は向かい側の座布団に座った。
「昨日は勝手に終わらせてしまい申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ。あの後村でパーティ…」
「宴」
「…宴があったので、終わった時間が良かったです」
美姫ちゃんは冷静に俺の言葉にツッコミを入れてくれる。
確かにこの世界ではパーティという言葉は通じなさそうだ。
巫女様は相槌を打って楽しそうに話を聞いてくれた。
「そうだったのですね。楽しい時間が過ごせてなによりです」
「巫女様の用事は終わったのですか?」
「ええ。白虎様からの呼び出しでした」
「…白虎様…でも俺達には何も聞こえなかったけど…」
「巫女になれば頭の中で語りかけてくるのです。勿論、内容は貴方達の事でした」
「それで、白虎様は私達の事をなんて?」
「わかったのは1つだけ。貴方達を呼び出したのは白虎様ではないようです。そうなると、他の霊獣達のどれか。あるいは突然変異と白虎様は仰ってました」
「そうですか…」
「それじゃあ、俺達が元の世界へ帰る方法は」
「まだわかっておりません」
巫女様は少し俯いて首を振りながらそう言った。
俺と美姫ちゃんは自然と黙ってしまう。
社の中の空気は重たく感じた。
そんな空気を破るように巫女様は優しい声で話してくれる。
「大丈夫。きっと糸口は見つかります」
「そう、ですね」
「そこでなんですけど…」
「何でしょうか?」
「美姫、雅人を借りてもよろしいでしょうか?」
「えっ、俺?」
「何に使うつもりですか?」
巫女様の申し出に美姫ちゃんは俺を物のように尋ねる。
まさか雑用係にでもされるのだろうか。
「雅人を専属の護衛として就かせたいのです」
「護衛!?」
「雅人はそこまで力があるわけじゃ無いですよ?それにビビりな所だってあります」
「よくご存知で……」
美姫ちゃんの言葉にショックを受ける。
そんなふうに思ってるのなら恋愛的な目でも見れないよな。
苦笑いを通り越して別の意味で顔が崩れそうだった。
「ふふっ、雅人は勇敢な人です。力はこれから鍛えれば大丈夫。美姫、雅人を借りてもよろしいでしょうか?」
巫女様は美姫ちゃんにもう一度尋ねる。
「巫女様がそこまで言うのだから…」と美姫ちゃんは縦に頷いてくれた。
「でも私の許可よりも雅人本人の許可では…?」
「普通はそうかもしれませんね。しかし雅人はきっとお願いされれば断ることが出来ないと見てます。それなら一緒に行動している美姫に尋ねた方が良い判断と思ったのです」
「なるほど。雅人は…巫女様の言う通りやる感じ?」
「う、うん。巫女様が美姫ちゃんに聞いた時点でやろうかなって」
「巫女様、1日で雅人の事を知り尽くしてますね」
「ふふっ」
苦笑いする美姫ちゃんに巫女様は柔らかく微笑む。
人をよく見ているなと思った。
それも村人から尊敬される1つの理由か。
美姫ちゃんは座り直してきちんと巫女様へ向かい合う。
「私と雅人は大丈夫です」
「ありがとう、美姫、雅人。それではこの手紙を村長に持って行ってはくれませんか?本来は私が持って行きたいのですが、ここを離れる訳にはいきません」
「わかりました。雅人が持ってて」
「ああ、うん」
俺は巫女様から筒に入った手紙を受け取る。
もうここから仕事が始まるのだろう。
美姫ちゃんの言う通り、俺が大事に手に持った。
「私が呼び出したのに新たな収穫がなくてごめんなさい」
「いえ!雅人にやる事が出来たから全然大丈夫です!」
「そうですよ。謝らないでください。まず護衛として何をやれば良いのですか?」
「その手紙を渡して村長の言う通りにしてもらえればと思います。それが全て終わったらまたここに来てください」
「わかりました」
頷いた俺と美姫ちゃんは立ち上がると、後ろにある扉が開く。
来た時もそうだけどどう言う仕組みになっているのだろうか?
しかし目の前で微笑んで見送ってくれている巫女様に聞く勇気は無かった。
俺達はまた軽く頭を下げて社を出ると巫女様は丁寧なお辞儀で返してくれる。
その瞬間にまたゆっくりと音を立てずに扉が閉まった。
「不思議な場所だよね」
「うん…。とりあえずカルイくんの前におばあちゃんの所かな」
「よし、行こっか」
「手紙落とさないでよ?」
「大丈夫!…たぶん」
「……本当に護衛務まるのかな…」




