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夜と月と、私は海に

作者: 深澄

 パソコンから目を上げる。値段通り安っぽい百均の置き時計は深夜零時を指していた。シンデレラの魔法が解ける時間。だから集中力も途切れたのか、なんてどうでも良いことをふと思う。課題を始める前に入れておいたココアのカップは氷のように冷たかった。飲み干すと食道が冷たさを訴える。私は身震いをして、暖かいパーカーを羽織った。窓の鍵を開け、靴下のままベランダに出る。


 外は明るかった。街灯が、家々の窓から漏れる灯りが、コンビニの電気が、街を輝かせる。おかげで人間は昼夜の関係なく働ける。大人になりたくない、そう思う私も、社会の歯車に仲間入りするための狂気的な活動に勤しんでいるのだけれど。ちなみに、今のところ内定はゼロ。もしかすると私は歯車として不適合なのかもしれない。


 そうは言っても深夜零時、車通りはほとんどない。昼間と同じ街とは思えないほど静かだった。都会は嫌いだ。しかし、静かな時間の都会は気に入っている。人の活動していない都会。世界を独り占めしているような気分だ。


 ベランダの手すり壁に寄りかかり、ため息を吐く。私だけの世界に白くフィルターがかかった。ギラギラと目にうるさい街のネオンが一瞬霞に溶ける。美しいため息もあったのだ。それを滑稽に思った私は、何度かため息を繰り返した。あぁ、意図的なため息はもうため息じゃないか。まぁいいや、と伸びをして、凝った肩と首をぐるぐる回した、その時。


 月と目が合った。


 半月と満月の間の微妙な形の月が、小さくポッカリと浮かんでいる。真っ黒な夜空に、街灯で星の掻き消された夜空に。月は、輝いてはいなかった。仄白く浮かび上がる、という表現が適切だと思った。だから、美しいなんて思わなかった。ただ、引き寄せられるようにそれを見た。月は私を見ていた。


 月と、目が合ったのだった。


 月は孤独だった。青白い、輝きの失せた顔で、弱々しい視線で私を見ていた。


 私と似ている。


 唐突にそう思った。ろくに友達もいない、運動不足で不健康、未来への希望なんてとうに焼け焦げた、そんな私と、月は似ている。だからこちらを見ていたのだろうか。独りの人間を見つけて、仲間でも見つけた気になって。


 だけどさ、全然、仲間じゃないよ。


 あんたには星がいる。都会じゃ見えないけど、田舎に行けばあんたの周りには、無数の星が輝いてるじゃないか。あんたが仲間だなんて思ってる私に、居場所はないんだよ。家にも、学校にも、社会にも。どこにも。


 冷たい風が吹き抜ける。髪が踊った。押さえようと顔を下に向けたとき、私は自分が高いところにいることを知った。いや、マンションの八階だから高いに決まっているのだ。知っていたはずだ。だがそこは、あまりにも高かった。落ちたらどんなに打ちどころがよくても(こんな表現はおかしいが)命はたすからないだろう。


 私は身を乗り出す。心臓が静かに鼓動していた。手すり壁に脚をかけ、上に立つ。パーカーを階下に脱ぎ捨てると、それはくらげのように夜を漂い見えなくなった。口の端に微笑が浮かんだ。


 夜の都会は静かだ。思考が澄んでいく。あちこちに、身体のみならず心にも負った痣の痛みも遠ざかる。私も、くらげになりたい。


 ふわり、海に飛び込む。冷たい空気が私を包んだ。どこまでも泳いでいけると、そう感じる。ふわり、ふわり。腕が空を搔く。身体を捻り、月を見た。月は相変わらず、私を見ていた。

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