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弟子、師匠を困らせる

自信満々のピーリカにチカイは疑問を抱いた。


「そうなの? 特別好かれているようには見えないけど」

「そうですよ。だから二人とも、師匠に惚れても無駄ですよ。むしろ惚れちゃダメなのです。まぁ師匠に惚れる者なんてなかなかいないでしょうけど」

「ピーリカも好きじゃないの?」

「わたしはほら、心優しいので。師匠のダメな所も含めて、トイレットペーパーと同じ位には好きですよ」

「ふぅん」


ピーリカは足元に荷物を降ろし、両手を前に構えた。


「そんな事より、お買い物も済みましたし、そろそろ帰りましょう。荷物が多すぎるのでほうきは乗り切らないですね。絨毯にしましょう。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」


唱えられたのは黒の呪文。魔法陣と共に現れた、紺色の絨毯。

これもまた、どこかの誰かの所有物。


「早くしないと寂しくて師匠が死んじゃう」


ピーリカはそう言いながら絨毯の上に荷物を乗せて。その隣に自分も座った。

人間って寂しさで本当に死ぬのかな? と思いつつも、アンドロイド二人はピーリカの後ろに身を委ね。

荷物と三人を乗せた絨毯はふわりと宙を浮き、そのままピーリカが暮らす山の方角へと飛んで行った。


        


  ピーリカはリビングに入るや、師匠に対し図々しい挨拶をする。


「かわいい弟子が帰りましたよー、崇めて下さーい」

「絶対に崇めない。おかえり」

「ただいまですよ。崇めろです。わたしは崇められて当然の存在ですから。ねぇ、二人とも」


ピーリカはアンドロイド二人に期待の目を向ける。ハニーとチカイはそれらが合図だったかのように口を開いた。


「えっとねぇ、ピーリカは天才で美少女でかわいいから素晴らしいんだよー」

「私達が買い物する所もずっと見ててくれたわ。色々教わったの」


マージジルマはアンドロイド達に顔を向けつつも、横目で弟子を見る。ピーリカはハニー達の言葉を聞き、うんうん、と満足気に頷いていた。


「お前らそういう風に言えって言われたろ」


だが師匠には全てバレている。

ハニーとチカイは正直に答えた。


「うん。あとねー、師匠さんには惚れちゃ無駄って言われた!」

「ピーリカはトイレットペーパーと同じくらいには師匠さんの事が好きだそうです」


彼女達の発言に驚いたピーリカは「ほあーー!?」と叫んだがマージジルマは気にしておらず。


「あっそ」


まともに相手にすらしていない。

ピーリカだけが動揺して、ほんのり頬を赤くしている。


「待てです師匠、コイツらの言った事は信用するなです。わたしは師匠の事なんて頭悪いなとしか思ってねーです」

「それはそれで失礼だっての」

「大体二人とも、何故言うですか!」


アンドロイド達には何故ピーリカが動揺しているのか理解が出来ない。


「えっ、だって昔は乱暴者だったとか動物とか低能とか無乳って言われてた事は言っちゃダメって言われたけど、それ以外はダメって言われてないよ!?」

「何故と言われる意味が分からないわ」


顔を赤くさせたピーリカは首を左右に振った。


「ダメなものはダメなんです! 本当に人を傷つけたり辱める言葉は言ってはいけません!」


ピーリカの言葉遣いの方がよっぽど酷い気もしたが、彼女に辱めを受けたのであればと反省する二人。


「分かったよー。もう絶対言わないよー」

「記録しておくわ」


それは師匠への好意も伝えてくれないのではないか。なんて、反省されたらされたで困るピーリカだったが、アンドロイド達には困る彼女の気持ちも理解出来なかった。


「えっ、いや、どうしてもの時は言ってもいいんですよ」

「どうしてもの時なんてないよ?」


さらりと答えたハニーに対し、ピーリカは「そうですか……」と呟くしかなかった。


「そんな事より、ハニーは早くアップルパイ作るなら作れ。俺は地下室にいるから、出来たら呼べ」


マージジルマはそう言って、リビングを出て行ってしまった。

ハニーとチカイはリビング隣にあるキッチンへと立ち、買ってきた材料を広げた。ピーリカもシンクの上に荷物を置いたが、彼女の顔はどこか悲しそうだった。ハニーはそんなピーリカの顔を覗き込む。


「どうしたのピーリカ。その顔は何を意味するの?」

「……このかわいらしいわたしの性格も、時には困る事もあるなと思っただけです……ハニーって名前いいですね。ちょっと羨ましいですよ」


師匠からハニーと呼ばれるような存在になりたかったピーリカ。だがマージジルマは仮に嫁が出来たとしても、ハニーと呼ぶようなタイプではない。


「何でいきなりそんな事を思うのか分からないけど、今からアップルパイ作るからね。元気出してね。ピーリカって名前もかわいいよ」

「……わかりました。期待してやるです。わたしはどんな名前でもかわいいですよ」


ピーリカは偉そうではあるものの、ハニーのアップルパイには心から期待していて。リビングの椅子に座り、まだ作られてもいないアップルパイをもう食べる気でいる。

キッチンに残ったハニーは、隣に立つチカイに顔を向けた。


「じゃあ早速作ろっか。チカちゃん、オーダーお願い」

「別にオーダーかけなくてももう作れるでしょう」

「あれ言ってもらえた方が気分出るんだよー」

「訳が分からないけど……まぁいいわ」


チカイはハニーの前で腕を組み。

バルス公国で働いていた時の掛け声を、彼女へ送った。


「AP型、お客様より一個のオーダーが入りました。至急製造してください。納期は本日中です」

「ふふ、はーい」


ハニーは鼻歌交じりにアップルパイを作っていく。その鼻歌につられて、ピーリカは椅子から降りてキッチンを覗き込んだ。

ハニーはリンゴを切り、小麦粉やバターを刻むように混ぜ。生地が出来たら、オーブンを温めて。手慣れた手つきで作業を進めて行く。ただのリンゴと生地がアップルパイの形に近づくにつれ、表情が微妙になっていくピーリカ。ハニーの作業を監視しているチカイに問う。


「チカイ、ハニーは何をしてるですか?」

「何って、アップルパイ作りに決まってるじゃない」


そんな話をしている間に、オーブンでアップルパイを焼き始めたハニー。その間に使用した食器類を洗う。そこまでプログラムされているアンドロイド。シンクも布で拭きとり、水気も残さない。

しばらくして家の中に広がった優しい香り。チーンというオーブンの音と共に、ハニーはにっこりと微笑んだ。


「さっ、出来たよー。あまーいアップルパイ、出来たよー」


ピーリカは目の前に差し出された美味しそうな丸い形のアップルパイを見て、眉を八の字に曲げた。


「どうしたのピーリカ」

「ちょっと思ってたのと違ったですよ。機械仕掛けですから、もっとこう、ウィーンガシャンウィーンガシャンって言って、お腹の中で作ったりするのかと」

「あぁ、無理無理。あたしら愛玩用だからね」

「あいがんよー」

「見て楽しい、かわいいって意味かなー」


なんだ、わたしの事か。そう思ったピーリカは彼女達に背を向けた。


「まぁアップルパイは美味しそうですからね。師匠呼んで食べるです」

「うん。じゃあ先に切り分けておくよ」


キッチンを出たピーリカは駆け足で廊下を通り、地下室へと続く螺旋階段を降りる。引き戸を開けて、ちょこんと顔を出した。


「ししょー、愛玩用のわたしが呼びに来てやったですよー」

「……お前は愛玩用じゃねぇけど」


窓は無く豆電球一つしか灯っていない、薄暗い部屋の中。床上は怪しげな薬品や書物で溢れ、天井上からは草花が吊るされている。そんな空気の悪い部屋の中央、服装とは似合わない高級そうな椅子に座ったマージジルマはしかめっ面で弟子を見た。愛玩用をかわいいという意味だと思っているピーリカは頬を膨らませる。


「そんな事ないです。わたしはかわいいんです」

「さてはかわいいって意味だと思ってるな。愛玩用ってのは、ペットとかに使う言葉だぞ」

「おぉ……それは違うですね。ん? ハニーは愛玩用って言ってたですよ。でもハニーもペットじゃないでしょう」

「まぁ機械だからな、動物みたいな扱いをされてるんだろ。どちらにせよバルス公国の奴らが悪趣味って事だ。で、何だよ。アップルパイ、出来たのか?」

「あぁ、そうでした。ウィーンガシャンって感じじゃなかったですけど、アップルパイ出来ました」

「ん。じゃあ行くか」


椅子から立ち上がったマージジルマを見て、ピーリカはハニーに教わった別の言葉を思い出した。


「そうだ。師匠も精液出せるですか?」


突拍子もない弟子の発言に、マージジルマは思わず表情が固まった。だがどうせ意味は分かってないのだろうと、すぐに冷静を装う。


「どこで誰から何て教わった?」

「バルス公国で、ハニーに、男の人だけが出せる液体だって」


そんな事も知らんのか、と言わんばかりにピーリカは得意げに話す。幼く無知な彼女と違い、一応心身共に大人なマージジルマはハニー達がいかがわしい意味で愛玩用とされている事に気づいた。


「あー、そうか、うーんとな」

「苦くて臭くてドロっとしてるらしいです。毒ですか?」

「いや、毒ではない。けど何と言うか、そのだな」


間違っている訳でもないが、正しい真実を教えるにはまだ早いか。そう思ったマージジルマだが、どう誤魔化していいのかも分からない。頭を抱え込んでいる。その様子を見て、ピンときた弟子。


「何ですぐに説明しないですか。何か隠してるですか。さては精液って本当はおいしいものですね!」

「違う、断じて違う!」


純粋過ぎてとんでもない事を言い出す弟子に、マージジルマは頭を抱えたまま強めに否定する。


「そんなに否定するなんて……師匠は食べた事あるんだ! ずるい、わたしにも食べさせろです!」

「誰が食うか!」

「あぁ、液体って言ってたですからね。飲み物ですね。ずるい、わたしにも飲ませろです!」

「飲ませられる訳ないだろ、そんな犯罪みたいな事出来るか!」

「犯罪……もしやお酒みたいなものです? わたしまだ飲めない?」


それでいくか、と頭から手を離したマージジルマはそれが事実であるかのように真顔で答えた。


「そんな感じだ。ちなみに他の大人に言ったら多分めちゃくちゃ怒られるからな。誰にも言うんじゃないぞ」

「そうですか。じゃあ仕方ない。わたしはお利口さんですからね、そういう魔法に関わらない事のルールはちゃんと守るですよ」

「そうしろ。でないと……サンタ来ないぞ」

「それはいけない。分かりました、内緒にするです」


頷いた弟子を見た師匠は、峠は越したと安堵した。


「でも大人になったら飲ませろですよ」


越してなかった。

マージジルマはピーリカから視線を逸らしながら口を開いた。

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