アンドロイド、旅立つ
マージジルマの言葉を聞いたチカイは、声を震わせる。
「何言ってるのよ、嫌な冗談やめて」
「冗談じゃない。それをハニーが望んで、ピーリカが叶えた。それだけだ」
「嘘言わないで。充電が切れてるだけなんでしょう? 充電すればきっと」
「信じたくないのは分かるけど、受け入れてくれ。アイツはお前を守るために海に落っこちてるんだ。それから三日間浸かりっぱなしだったし、充電出来たとしても確実に壊れてるだろうよ」
チカイは思わず駆けだす。リヤカーにぶつかり、いくつかのアップルパイが転げ落ちた。
ピーリカは「あああアップルパーイ!」と叫びアップルパイに駆け寄るも、チカイはハニーの胸倉を掴んで怒りをぶつける。アップルパイには目もくれていない。
「何勝手な事してるのよ。そんな事されたって嬉しくない。ハニーのそういう所大っ嫌いよ。これからどうしろって言うの、機械仕掛けのアップルパイは二人で作るんでしょう。私一人にされたってそんなもの作れないわよ!」
怒鳴り散らすも、ハニーは全く動く様子を見せない。人形らしく、カクンと首を曲げているだけ。ピーリカはそんなチカイを見て、わなわなと怒りが込み上げた。
「いい加減にしろです! ハニーは悪くないです。ハニーを責めるなです。どうしても責めたいってんなら、わたしを責めやがれです!」
込み上げた怒りはチカイにではなく、自分に対してだったりする。ピーリカは自分がハニーの頭部を召喚してしまったせいで、彼女達の運命の歯車が狂ってしまった事に気づいていた。だからこそ、ちゃんと責任は取ろうとしている。ハニーの意思を無駄にしない責任を。
「ハニーは言ってました。チカイが幸せになれないのに、自分だけ幸せになる事など出来ないと! そんなハニーの想いを、貴様は無視するつもりですか!」
チカイはリヤカーの上に乗ったアップルパイを両手に一つずつ持ち、順に口の中へ放り込んだ。
目の前で起きた無銭飲食に、ピーリカは驚きの声を上げた。
「うわーっ、何食べてるですか。それを売ったお金で貴様を養うお金を作ろうとしてるんですから食べるなです!」
ピーリカの静止を振り切って、無言でアップルパイを食べるチカイ。ぼたぼたと流れる大粒の涙をアップルパイにかけないように、上向きで食べる。
「食べるなですってば、ねぇ、ちょっと、チカイ、聞けです、食べ、食うなよぉーっ!」
止まる気配のないチカイを前に、ピーリカはとうとう泣く事しか出来なくなった。珍しく年相応に泣いているピーリカを見て、街の住人達はようやく彼女の相手をし始めた。
「どうしたピーリカ嬢、なにも泣く事ないだろ」
「ほらアップルパイでも何でも買うから、泣きやみなって」
口は悪いが性格が悪い訳ではない黒の民族達。
だがチカイは両手でアップルパイを掴んだまま、黒の民族達の想いを拒否。
「売らないわよ。同情で買わせるために作られたアップルパイじゃないもの。誰にもあげない。いいじゃない、食べたって。私まだ一度も食べた事ないんだもの。食べさせなさいよ。もう二度と食べられない味なんだから!」
「うるせーなぁ」
しばらく様子を伺っていたマージジルマだったが、これ以上は弟子にも住民達にも手に負えないと判断し彼女達の前に立った。
ピーリカの周りにいた黒の民族達は、黒の領土で一番偉いマージジルマが来てくれたのなら一安心と、わらわらと散って行った。
ピーリカは師匠の足にしがみついて、涙と鼻水を拭く。
「しじょーあいづがってにくうー」
「勝手に食うじゃねぇよ。勝手に売ってたのもお前なんだからお互い様だろ」
両手にアップルパイを持ったまま、チカイは腕で涙を拭った。赤い眼でマージジルマを睨んだ。
「師匠さんにもあげないわよ」
「いらん。好きに食えよ。んで、その味ちゃんと覚えとけ」
「……どういう意味?」
「そのままの意味だよ。いずれまたその味を広められる手段なんかいくらでもあるんだから」
「そんなの、ハニーがいないと」
「ハニーは人間になる道がなくなっただけだっての」
頭の回転が速いチカイは、すぐさま彼の言わんとする意味を理解した。
「なら尚更食べないとじゃない」
「そうだな、食えよ」
チカイは泣き止んでも食べる事をやめない。ピーリカには食べるチカイの事も食べさせる師匠の事も理解出来なくて。
彼女に出来る事といえば、八つ当たりするくらいだ。
「何で食わすですか、師匠もバカ、みんなバカ!」
「大人しくしろ、後でちゃんと説明してやっから」
リヤカーの上にあったアップルパイを食べつくしたチカイは、背筋を伸ばして。
「ちょっと行ってくるわ」
「どこ行くですか、許してねーです!」
突然走りだしてどこかに行くチカイを、ピーリカは急いで追いかけた。
見せるのも勉強か、と判断したマージジルマは弟子を野放しにしその場に残った。
チカイがやってきたのは赤いレンガで出来た建物。
「いらっしゃいま……チカイ」
店内にいたワンダーはチカイの顔を見るなり悲しそうな表情をした。
「こんにちは、ハニーの事は聞いてる?」
「えぇ、マージジルマ様から聞きましたわ。残念ですけど、安心なさって。貴女は予定通り、うちの店で働いていいから」
「嫌よ」
「嫌?」
「ワンダーさん。ハニーがいなくなったからって、別の誰かと旅に出る予定はないのでしょう?」
「えぇ。元々わたくし一人旅の予定でしたから」
「なら私を連れて行きなさい……いいえ、連れて行って下さい」
チカイは心を込めて頭を下げた。今までハニーに合わせた行動と、他はどうでも良さそうな態度だった彼女が見せた言動にワンダーは驚きつつも、冷静に質問を投げる。
「貴女は作る側ではなく売る側がやりたかったのでしょう?」
「……別に売る側だってやりたかった訳じゃない。ただそれが得意だったから、それしか出来ないと思っていたからやろうとしただけ。正直今だって、お菓子が作りたくてあなたについて行くといって居る訳じゃないわ」
「ならどうして」
「……世界には色々なお菓子があって、色々な人がいて、色々な技術があるのでしょう。そんなに広い世界になら、どこかにバルス公国以外にも……機械に強い国があるかもしれない。人にしてあげる事は出来なくても、アンドロイドとしてなら。ハニーを直せるかもしれない」
「……その国を見つけるためについて行きたいとでも? 国を見つけるだけなら意味が無いですわ。きっと修理にはお金がかかるから」
「分かってる。だからそのためにも、私もお菓子を作るわ。私にも技術と知識が増えれば、ハニーが動けるようになった時手伝えるでしょうし」
「お菓子作りを甘く見ないで下さる? そう簡単に得られる技術じゃあなくってよ」
「分かってる。分かってるわよ。でも諦められないんだもの、しょうがないじゃない」
チカイは顔を歪ませて、でも真っ直ぐとワンダーの目を見つめて。自身の胸元を掴みながら、想いを、ぶつけた。
「あの子が動けないなら私が動くしかないじゃない。例え何年かかろうと、何十年かかろうと関係ない。足りない所を補い合って作り上げる。それが私とあの子の、機械仕掛けのアップルパイよ!」
口角を上げたワンダーは、チカイに背を向け店の奥へと進みながら口を開いた。
「時間がないわ、今すぐ準備して」
その光景を見ていたピーリカは、もうチカイに怒りを向ける事は出来なかった。
しばらくして、ハニーがワンダーと共に旅立つ日がやってきた。だがワンダーの隣に立っているのはチカイだけ。
街はずれまで見送りに来た師弟。ピーリカはチカイのやりたい事をちゃんと理解していた。だからこそ泣きわめいたのが少し恥ずかしくて、師匠の後ろに顔半分を隠している。
そんな弟子の事は気にしていない様子のマージジルマは、チカイに顔を向けた。
「そうだチカイ。元アンドロイドって説明すんのも面倒だろ」
「まぁそうね」
「で、シャバとピピルピに手続きさせて、お前俺の妹って事にしたから。これから名乗るならチカイ・ジドラな」
「絶対手続きややこしいやつじゃない。色々大変だったでしょうに……ありがとう兄さん」
「やめろ、今まで通り呼べ」
目の前で起きたやり取りに、ピーリカは驚いた。難しい事は分からないが、わたしだってジドラになりたい。
顔だけ出して、師匠に向ける。
「ズルいじゃないですか!」
「何がズルいんだよ」
「それは……師匠はダサいけどジドラという名前だけはカッコイイと思ったのですよ。師匠はダサいけど」
「お前今日おやつ抜きな」
ピーリカの前に跪き、チカイは彼女に目線を合わせて。
真剣な表情で、決意と願いを告げた。
「私は絶対、この国に帰って来るわ。というか、ここしか帰る場所がないのよ。あの子にもこの国で待っててもらうし、この国がなくなったら困るの。だからピーリカ、あなたがこの国を守りなさい」
「わたしが……」
「だってピーリカ、黒の魔法使いの弟子なんでしょ? この国を守る七人の魔法使いの内一人の」
「……えぇ。そうですよ、そうですとも。それにわたし、天才ですから! なるべく早く帰って来いですよ。じゃないと許しませんから!」
怒っている口調ではあるが、嬉しそうな表情を見せるピーリカ。偉そうにチカイを指さす。
チカイは怒られているというのに、悲しむ様子を見せない。何かを決意した顔で立ち上がる。
「いってきます」
「いってきなさい」
チカイは師弟に背を向けて、大きく一歩を踏み出した。
ピーリカは反対方向に歩き出し、師匠に笑顔を見せる。
「師匠、わたし偉いから帰ったら勉強を教わってやってもいいですよ。何たって、いずれ国を守る者ですからね!」
その頃、ワンダーの店では店を任された店員が接客をしていた。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは。あら、ステキなお人形」
客はショーケースの隣に置かれた椅子に座るオレンジ髪の人形に目を向ける。
店員は接客用ではない、自慢げな笑みを見せた。
「良いでしょう、うちの看板娘です。と言っても、お人形なのは今だけ。ワンダーさん達が帰ってきたら、一緒にアップルパイでも作るようになりますよ。多分。うちも負けないようにしないと」
目を瞑ったままのハニーだが、その表情はどこか嬉しそうに見えた。
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