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弟子、3秒は数えられる

 シャバからの質問に、ハニーは自信満々に答える。


「いつもよりお砂糖増やして、煮詰める時間も増やしたの。だから今までのより甘くて、しっとりしてるはずだよ。本当はもうちょっと数作るつもりだったんだけど、そこまでワンダーさんに甘えられないしね」

「そっか、いや、ごめん。全然違い分かんないや。耳がある分少しはデカいかなって感じがするだけで、味は別に変わんないし……」

「え?」


予想外の言葉に、ハニーは首を傾げた。

ピーリカもハニーと同じ疑問を抱き、シャバを鼻で笑う。


「さては黒マスクも師匠と同じ味覚してるですね? ここは素晴らしい舌を持っているわたしが食べてやるです」


ピーリカは勝手にアップルパイの乗った皿に手を伸ばし、無銭飲食。以前食べた味と同じ、おいしいアップルパイだった。


「おいしい!」


誰にでも言える感想を述べたピーリカは、続けて猫耳のついた特別なアップルパイにも手を伸ばした。


「……おいしっ!」


そう言ってみたものの、ピーリカの顔には違いがよく分かっていないと書かれている。

ハニーはそんな感想に困惑したままだ。


「調子はいかが?」


ワンダーがシャバの横から顔を出した。

ハニーは抱いてしまった疑問をそのまま口にする。


「ワンダーさん。今ピーリカとシャバさん達にアップルパイ食べて貰った所なんだけど……変えたところはあるのに、変わってないって言われちゃって……」


しょげた顔をするハニーを見たワンダーは、期待していた反応は得られなかったという所ですわね、と判断した。


「ならばわたくしにもお一つ下さいな」


一枚のコインを渡し、アップルパイの乗った皿と交換。

ワンダーはその場でアップルパイを口にし、味わい、飲み込む。


「何をどのくらい変えたの?」


真剣な顔つきで問うワンダーの目を見ながら、ハニーはしょげた顔のまま答える。


「リンゴを煮詰める時間を今までより3秒も増やしたの。砂糖や小麦粉も、0.001g増やしたよ」


それを聞いたピーリカは驚いた。なぜなら彼女は、3秒という数字を数えられるからだ。それは短い。それは分かった。0.001gがどれくらいの重さなのかは分からない。でも、かなり少ない事は分かった。


「ハニー、残念ですがそれじゃ変わったとは言い難いのですよ」

「え!?」

「例えばですよ。3秒数えながらわたしを見てやがれです」

「う、うん。1、2、3」


ハニーが数えている間に、ピーリカはシュッと頭のリボンを外した。リボンを外した以外、ピーリカは特に何も変わっていない。

3秒数え終えたハニーに、ピーリカは言った。


「ね? 変わらぬ愛らしさでしょう?」

「うん……うん?」

「これが3000秒くらいあれば、わたしは違うお洋服にお着換えして、また違う愛らしさを見せつける事が出来るのですよ。それと同じです」

「3秒は短すぎたって事?」

「そうですね。どんなに急いでも、せいぜいリボンを外す程度の事しか出来ねーです」


ピーリカの説明を聞いていたワンダーは、クスリと笑った。


「ピーリカ嬢の話は極端ですが正しいですわ。貴女はレシピ通りに作れる優等生。だからこそ、ほんの少し分量を変えただけで普段とは違うと認識してしまったのね」

「ワンダーさんから見ても二つのアップルパイの味は同じなの?」

「えぇ。これが2、3グラムとか30秒なら少しは違ったかもしれませんけど……0.001gや3秒なんて誤差。むしろ誤差と判断する者なんていませんわ。少なくともこの国にはね」

「そう、なんだ……」

「もっと変化をつけたいのなら、いっそクリームやハチミツなんかを中に入れても良かったかもしれませんわね」

「そんな事していいの!?」

「あら、世の中にはそういった種類のアップルパイもありますわよ」


ハニーの脳内にあるのは、ただ一つのレシピ。クリームやハチミツを入れるだなんて、思いついた事もない。


「そんなアップルパイがあるだなんて、あたし知らなかった。チカちゃんは知ってた?」


ハニーからの問いに、チカイは頷いた。


「知識としてはあったけど、それを実行しろというオーダーは誰からも来なかったから」

「そっかぁ。やる訳ないかー」


チカイはメリットを考え算出し、予定との違いがあればそれを指摘するアンドロイド。司令を出す者ではあるが、あくまで優先されるのはお客様だ。

ワンダーはそんな彼女達に、優しく微笑んだ。


「例え今まではそうだったとしても、これからは自ら道を切り開いていくのでしょう?」


彼女の言葉が、ハニーの心に刺さる。

ワンダーは接客用スマイルをシャバとピピルピに向けた。


「さてシャバ様にピピルピ様、次はわたくしのストロベリーパイを食べに来て下さいな」

「おぉ、行こっかピピルピ。ワンダーが作るお菓子、うまくて有名なんだ」


シャバからの誘いをピピルピは頷きで返す。ワンダーはピーリカに顔を向けた。


「ピーリカ嬢もいらっしゃる?」

「いいえ、今はハニーとチカイのお手伝い中ですので。ほら、わたしがいないともしもの時皆困るでしょう?」

「ピーリカ嬢がいなくて困る事なんて多分ないから安心なさいな」

「そんな訳ないじゃないですか。貴様さては頭が悪いな?」

「ピーリカ嬢よりは賢いですわよ。まぁ気が向いたら来なさいな。早くしないと売り切れるでしょうけど」


ピーリカはイーッと歯をむき出しにした。本当はストロベリーパイも食べたかったが、ここは食欲よりも友情を選んだ。

シャバは口元に布を戻す。


「じゃあセニョリータ達、ごちそうさま」


シャバとピピルピはひらひらと手を振って、ワンダーと共にその場を後にする。


「ねぇねぇダーちゃん、おっぱいは売ってないの?」

「非売品ですわぁ」


ピピルピを軽くあしらうワンダーの背中をハニーはジッと見つめた。

勉強出来てると言っても、やっぱりまだまだなんだ。ワンダーさんが言ってた意味が分かった。今のまま商売を始めても、今みたいに目の前を人が通り過ぎるだけ。人の足を止めるには、きっと何か方法がある。


「ねぇチカちゃん、あたし見つけたんだ。やりたい事」

「新しい、特別なアップルパイを作る事でしょ?」

「うん。でもそのためにはやっぱり……先にやる事があるんだ」

「……そう。好きにしたら」

「ありがと」


ハニーは前を向き、チカイは下を向いた。


 日が暮れたと共にシャバの口から終了を告げられた収穫祭。料理を振る舞っていた者は各自使った長机の周りを中心に片付けを始める。

ワンダーは長机の上に敷いていた白いクロスを畳んでいた。そんな彼女の前に伸びる二人の人影。


「あら、ごめんなさい。ストロベリーパイなら完売してしまいましたわ」

「そっか。流石だね。あたし達の方はいっぱい残っちゃった。今師匠さんとピーリカが一生懸命タッパーに詰めてるの」

「そう。なら次は売り切るよう頑張るしかないですわね」

「うん。でもね、あたし達だけで頑張ってもきっと成長出来ないの。だからワンダーさん、あたしにアップルパイを……ううん、お菓子作りを教えて下さいっ」


ハニーは深々と頭を下げた。チカイもワンテンポ遅れはしたものの、同じように頭を下げた。突然頭を下げて来たアンドロイドに、ワンダーは目を丸くする。


「自分のお店を持つのは諦めましたの?」


ワンダーからの問いに、ハニーだけが顔を上げた。


「諦めてないけど、あたしにはまだまだ知識も技術も必要だって分かったから。自分のお店を持つ前に、お勉強したいの。そのためにはきっと、あたしも誰か手本になる人を見つけた方が良いと思うんだ。ピーリカに師匠さんがいるみたいに。だったら適任は、ワンダーさんかなって。だからどうか、お願いしまっす」


真剣な表情のハニーを見て、ワンダーは優しく微笑んだ。その笑みはまるで何でも受け入れてくれそうな、聖母のように優しく、柔らかい表情。しかし。


「お断りしますわぁ」

「えぇ?!」

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