弟子、アンドロイドの頭部を召喚する
いつの間にか魔法で召喚した大きなカゴを背負ったピーリカは、山道を歩いていた。今はまだ空っぽのカゴの中に、多くのリンゴが入る事を想像し調理方法を考えている。
「リンゴはどうやって食べましょう。ジュースか、ジャムにしてパンにつけて食べるのか……そうだ! アップルパイ作ってもらうです!」
山奥の中、ピーリカはポツンと建った一軒家の前に到着する。
ここが師弟の暮らす家。くすんだ赤色の屋根に、元は白のようだが汚れて灰色っぽくなっている壁。その前には美味しそうな野菜がたくさん実った畑があった。
「アップルパーイ、アップルパーイ。アップルパイ、いっぱい」
のん気に歌いながら、ピーリカは畑の横に生えた大量の草をかき分け。
「わはぁ」
喜びの声を上げる。
彼女の目の前に広がっていたのは、数多くのリンゴが実る木。艶やかな赤い色をして実る果実は、甘い香りを漂わせている。
だがピーリカは木の下に落ちてしまい一部茶色く変色していたリンゴに手を伸ばした。木に実るリンゴは、背の低い彼女には届かない。
諦めて地面に落ちている痛みかけた部分もあるリンゴを拾い上げては、ひょいっと背中のカゴに放り込む。傷がついていようが関係ない。どうせカットされた後甘く煮詰められてアップルパイになる運命だ。そう思いながらピーリカは次々とリンゴを拾っていく。
しばらくして、重さに耐えきれずよろめく程、カゴの中はリンゴでいっぱいになった。
「こんなもんで許してやるです。さぁ、アップルパイ!」
もうアップルパイの事しか頭にない彼女は、足をよろめかせながら家の方に戻り始めた。
玄関の扉を開き、リビングへと向かう。
「ししょー、アップルパーイ」
そう言って入った部屋の中には、ダイニングテーブルと背もたれのある椅子が四つ。その後ろに、一人掛けのソファが二つ置かれている。部屋の隅では、止り木に座っていた白いフクロウが彼女達を見つめていた。
フクロウの前に立っていたマージジルマは、呆れた様子で弟子を見つめた。
「たわけ、ただいま帰りましたくらい言え」
「ただいま帰りました。この世界で一番愛らしい弟子のためにアップルパイを作りやがれです」
口の悪さは民族性。二人にとって、これがデフォルト。
「そんな事言えとは言ってないだろうが。大体俺、アップルパイなんて作れねーよ。普通にリンゴ食ってろ」
師匠の言葉を聞いたピーリカは、この世の終わりと言わんばかりに悲しそうな顔をした。
「師匠アップルパイ作れないんですか!?」
「俺がそんなシャレたもん作れると思うか?」
「それもそうですね、師匠大雑把な上に存在がダサいですもんね……」
「失礼な」
「全く、それじゃあわたしのシェフ失格ですよ」
「俺はお前のシェフじゃないから良いんだよ」
「じゃあ師匠は一体何なんです? 犬?」
「誰が犬だ! 魔法の師匠だろうが」
「人に何かを教える前にまず自分が学ぶべきだと思うですよ。師匠は偉そうにする前にアップルパイの作り方を勉強しやがれです。わたしはもうアップルパイの口になってるですからね、早くしろですよ」
「知るかよ。大体リンゴだって、お前が勝手に拾いに行ったんだ。アップルパイだってお前が作れば良いだろ」
「わたしはレディですが、まだ体は子供なのですよ。一人でお料理して怪我でもしたらどうするんですか。見なさい、この可愛らしいおててを!」
ピーリカはそう言って、手のひらをマージジルマに見せつける。彼女は自身の事を世界一の美少女だと思っている自信家だった。
その小さな両手は、確かに紅葉のような愛らしさがある。
だがマージジルマに紅葉を愛でる趣味はない。
「知るかっての。せいぜい輪切りにしてやるから、それで我慢しろ」
カゴの中からリンゴを一つ取り出したマージジルマは、キッチンへと向かう。
だがピーリカはそれだと満足しないらしい。ビシッと指をさし、命令。
「せめてウサちゃんにしろ!」
「うるせぇ!」
マージジルマは彼女に背を向けたまま怒った。
納得のいかないピーリカは白フクロウの前に立ち、頬を膨らませる。
「あんなんだからモテないんですよ。ねぇ、ラミパスちゃん」
フクロウのラミパスは思った。モテたら困るくせに、と。
そんな風に思われているとは考えてもいないピーリカは、まだカゴの中に残った大量のリンゴに目を向ける。
「せっかくアップルパイが食べられると思ったのに……そうだ。魔法でならどうにか出来るかもしれねーです!」
「ダメだかんなー」
姿は見せずともキッチンから声を出し、彼女を止めた師匠。ピーリカも負けじと、その場で声を出す。
「何故ですか、師匠が役立たずだから、わたしがどうにかしようとしているのですよ。むしろ光栄に思いやがれです」
「思わねーよ。大体、無理なんだよ。何度も教えただろ。黒の魔法は呪いの魔法。俺達黒の魔法使いは、人を幸せにする魔法は使えないんだ。アップルパイなんて幸せの塊、作れねぇよ。もし作れたとしたら、それは毒入りか腐ったやつだな」
「そんなもん食べられないじゃないですか!」
「不幸せの塊なんだから食べられる訳ないだろ。とにかく、諦めて普通のリンゴ食っとけ。もう今切ってるから」
シャリシャリっ、ザクッ、とリンゴの切れる音が聞こえた。
このままだと普通にリンゴを食べる事になる。それはそれで美味しそうだが、今はどうしてもアップルパイが食べたい。
そう思ったピーリカは、師匠にバレないようカゴの中にあるリンゴを一つ手に取り。スタターっと自分の部屋へ走って行った。
そっと部屋の入口である引き戸を手で開け閉め。ワンピースの裾でリンゴを擦る。
フローリングの上に置き、呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーレ!」
リンゴの下に現れたのは、三日月模様に円と線を羅列させた形の魔法陣。白い光に包まれたリンゴは、形を変え――少女の顔になった。
首から下はない。けれどその白い肌は、生きた人間と同じように見える。オレンジ色で外側にハネたボブへアー。魔法陣の光がスッと消えたと同時に、パチッと目をあけた。
「あれ? ここどこ?」
首だけだと言うのに普通に喋り始めた少女。動揺しているのは、ピーリカだけのようだ。
「なっ……なまくびーっ!」
うろうろオロオロ。左右を見渡し、ベッドの上にある毛布を掴んだ。軽いとは言え自分よりも大きな毛布を勢いよく振りかざし、生首に叩きつける。少しばかりホコリが宙を舞った。
生首は痛がる様子を見せる。
「やめてやめて、落ち着いて。大丈夫、怖がらないで。あたしの首、最初から着脱可能だから。安心してね」
「貴様なんか怖くねーです。というか着脱って何だ!」
「取れたりくっ付いたりするの」
「うるさい、バカ、あっちいけ!」
「聞いておいて酷いなぁ。それに今、頭しかないから、移動できないよー」
「知るか、出てげ! わたしの部屋に勝手に入るのは師匠だけで良いんです、師匠以外は勝手に入っちゃダメなんです!」
怒りながら毛布を振りかざすピーリカ。どうやら生首が怖いのではなく、自分の部屋に不法侵入した事が許せないらしい。生首は困った表情を見せている。
「おいピーリカ、何騒いでやがる。リンゴ切れたぞ」
扉向こうから聞こえた声。ピーリカはベッドの上に乗り込み、自ら全身を毛布で包んだ。デリカシーのないマージジルマはノックもせず、足で引き戸を開けてズカズカと部屋の中へ入ってくる。足元なんて見ないものだから、床上に転がっていた少女の頭部を蹴とばした。
ゴロンと転がった生首。
「あっ、気を付けて。あたしこれでも精密機械!」
「うわっ、何だこれ!」
マージジルマはようやく頭部の存在に気づいた。
「こんにちは。あたし、スイーツ製造アンドロイドH2‐AP型。通称ハニーでっす」
「アンドロイドだぁ? 何でカタブラ国にそんなもんが……おいピーリカ」
毛布にもぐったままのピーリカは、隠れているつもりだった。
マージジルマはピーリカが包まっている毛布をはぎ取ろうと引っ張る。ピーリカも負けじと内側から毛布を引っ張った。
「誰もいません!」
「何で目に見える嘘をつくんだ、出てこい!」
「引っ張るなですよ、この痴漢!」
「誰が痴漢だ、お前一体何をしたんだよ」
「悪い事はしてませんもん」
「じゃあこの生首は」
「知りません!」
「ならずっとそのままでいろ」
マージジルマはベッドの上に座り、ピーリカを押さえつけるように寝転んだ。
「うわーっ、出せーっ!」
騒ぐピーリカを無視し、マージジルマは床に転がった生首、ハニーに話しかける。
「それで、お前は何なんだよ」
「スイーツ製造アンドロイドH2」
「それはもう聞いた。何でアンドロイドがこんな所にいるんだよ」
「こっちが聞きたいな。ここはどこ?」
「カタブラ国、黒の領土」
「あらー、お隣の国に来ちゃった感じかぁ」
「お隣の国の……アンドロイドって……まさか」
「バルス公国です!」
「やっぱりそうか、クソっ、めんどくせぇ事になりそうだ」
マージジルマは嫌そうな顔をしながら体を起こした。毛布の下で暴れていたピーリカは、ぷはっ、と息を吐きながら顔を出す。
「死んだらどうするですか!」
「おいピーリカ、お前また魔法失敗しやがったな」
「してませんよ。ちゃんとラリルレリーラ・ラ・ロリーレって呪文唱えたです」
「最後が違う。黒の呪文は一貫してラリルレリーラ・ラ・ロリーラ。それ以外は全部失敗。まぁ失敗したら嫌な事とか変な事が起きるから、他人を不幸にするという点ではある意味成功するパターンもあるけどな。今とか」
「成功したなら良いじゃないですか」
「良くない。どうするんだよコレ」
ベッドから降りたマージジルマは、床に転がっているハニーの髪の毛を掴んで持ち上げる。
ハニーは眉を八の字に歪ませた。
「あぁっ、やめてやめて。人工毛なの。もっとデリケートに扱って!」
「うるさい機械だな。じゃあ……」
周囲を見渡し、ベッドの脇にかけられたショルダーバッグを見つけたマージジルマ。こげ茶色で金色の金具がついたバッグは、ピーリカのお気に入りのもの。ハニーを掴んでいない方の手でバッグを手に取ったマージジルマは、乱暴にバッグの底を掴み中身をひっくり返す。バッグの中に入っていた子供用の小さな櫛と鏡、ティッシュにハンカチが床の上にばら撒かれた。ピーリカは「何するですか!」と怒りながらベッドから飛び降りて、落ちたものを拾い始めた。マージジルマはその間にバッグの中にハニーを押し込めた。
「ほれピーリカ。これバルス公国に返せ。それこそ魔法使ってもいいから」
拾い上げた櫛などを机の上に置いたピーリカ。両手は開いたが師匠が差し出す生首入りのバッグを受け取りたくない。
「そんなの師匠がやれば良いじゃないですか」
「ダメだ、自分のやった事に責任持て。今度は呪文間違えるなよ」
「わたし天才なので間違えた事ないです」
「今まさに間違えたからこんな事になってるんだろうが」
「そんな事ないですもん。というか魔法使わなくてもそのバルス公国に行けば良いじゃないですか。お出かけしましょ?」
実を言うと、彼女はただ師匠と出かけたいだけである。だが師匠は首を横に振った。
「バルス公国は性格悪い奴しかいねぇから、あんまり行かない方がいい。何回かうちの国攻撃されたの、お前も知ってるだろ」
「知ってますけど、全員が悪者とは限らねーですよ」
「あの国の奴ら、ほとんどの奴がお前の父親より性格悪いぞ」
「最悪じゃないですか。そんな国には行かない方が良いですね。じゃあ仕方ない。魔法を使うです」
「お前本当に父親嫌いなのな」
父親と仲が悪く家出しようとした所を母親に止められ、弟子入りという形でマージジルマに預けられたピーリカ。そんな父親よりも嫌な奴らと関わる気にはなれなかった。
両手を前へ伸ばし、呪文を唱える。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
今度は正しい呪文を唱えたピーリカだが、何も起きない。
その様子を見ていた師匠からの助言が入る。
「呪文は合ってるけど、気持ちが足りてねぇんだよ。それに普通に返そうと思って黒の魔法を使っても何にも起こらない。バルス公国の誰かしらに押し付けるとか思いながら呪文を唱えろ。そうすれば嫌がらせとみなされて魔法発動するから」
「人を幸せに出来ない魔法……面倒な魔法ですねぇ」
「使い方によっちゃあ幸せにも出来るけどな」
「例えば?」
「コレ返せたら教えてやるよ」
そう言ってマージジルマは生首入りのカバンを床の上に部屋を出て行く。
その場に残されたピーリカは三回、同じように黒の呪文を唱えた。だが何も起こらない。
ピーリカは諦めた。
「戻したと言っておいて後で埋めておくです。師匠の元に行ってリンゴ食べるです」
「ちょっと! やめて!」
大人しくしていた生首だったが、埋められると聞いてしまっては黙っていられない。
ピーリカは面倒臭そうに答えた。
「うるせーですね。だって貴様が埋まっても、わたし困らないです」
「あああ、あたしが困るから。お願いお願い、傷つけないで!」
「傷つけませんよ。キレイに埋めてやるですから」
「埋めるのをやめてぇ! はやく職場に戻らないと怒られちゃう!」
「貴様生首のくせに働いているですか。生意気です」
「生首なのは今だけだもん。生ものでもないし。とにかく、はやく帰らないと今日出荷する分のアップルパイが作れないよーっ!」
ハニーの言葉を聞き、ピーリカの表情が変わった。師匠相手にも滅多に見せない、とてつもなく真剣な顔つきである。




