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弟子、猫耳を羨む

「明後日……」

「材料用意しなきゃだから、正確には明日の昼までには必要なもの連絡して欲しい」


特別なアップルパイを作るとは言ったものの、今までのものとはどう違うものを作るのか。現時点では全く思いついていない。果たしてそれを明日の昼までに考える事が出来るのか。

ハニーはちらりとチカイの表情を伺うも、その表情は険しい。マージジルマも似たような表情をしている。ハニーはまるで二人から、無理に決まっているだろう、と言われている気分だった。

ちなみにピーリカはシャバに喉の渇きを訴えていた。

ハニーは唸る。


「うーん……うーーん……よし、何とかするよ」

「じゃあ宣伝しちゃう。ピーリカ、チラシ作って」


何とかするとは言ったハニーだが、実は何も決まっていない。チカイの冷たい視線が背中部に刺さるも、気づいていないふりをした。

一方、ピーリカは再び雑用を押し付けられ納得がいかない様子。シャバに対して怒りをぶつける。


「何故わたしが作らないとならねーですか!」

「まだリボン切ってお金払って来たくらいじゃピーリカの罪は償いきれないんだって。ジュースあげるから、もうちょっとだけ頑張って」


頬を膨らませてはいるピーリカだが、ジュースは欲しかった。シャバからペンと紙を貰い、カーぺットの上にうつ伏せに寝転びチラシに書く内容を考える。

その間にシャバは台所へ向かいオレンジジュースの入ったコップを持ってきた。だがすぐには渡さない。ピーリカがちゃんと書き始めるまで、コップの淵を片手で持ったまま離さずにいる。

ピーリカは書こうとしている内容を口にした。


「収穫祭に来い、さもなくば酷い目に合うぞ。分かったな、と」

「うーん脅迫文。もっと楽しそうだとか、行きたいなって思うような感じに書いてよ」

「愛らしいピーリカ様も来るぞ。喜べ、と」

「ピーリカにとってはそれが行きたいなって思う感じなのかもしれないけど、国の人達からしたらそうでもないから。どんなアップルパイかとか書けば良いんじゃない?」

「ピーリカ様が大絶賛するアップルパイ」

「ピーリカから離れて」

「おいしいアップルパイ、食べたらサクサク。とてもハッピー」

「……まぁいいか。はいジュース」


ピーリカは目の前に差し出されたコップを見るや、すぐに体を起こした。コップを受け取り、嬉しそうにジュースを飲む。

そんな彼女の目の前で、ピピルピはシャバに抱きついて問う。


「シーちゃん。私も口移しでジュース飲ませて欲しいなー」

「さっき体液あげたじゃん。だぁめ」


語尾にハートマークでもついてそうな甘い言い方をしたシャバを見て、ハニーはマージジルマに「本当の本当に付き合ってないのか」と目線で訴えた。マージジルマは何も言わずただ頷く。


「じゃあピーちゃん、変わりに飲ませて」


ピピルピはピーリカに抱きついた。彼女はイチャイチャ出来れば誰が相手でも本当に構わないのである。

ジュースを奪われると思ったピーリカはコップを両手で持ち、ピピルピから遠ざけるように持ち上げた。


「この泥棒! これはわたしのジュースです!」


パチャっ。

コップを持ち上げた勢いで、中に残っていたオレンジジュースがチカイのフードにかかった。


「貴様! チカイが汚れたじゃないですか!」


ピピルピを叱るピーリカ。決して自分のせいだとは思わない。


「えぇそうね。私が彼女を汚しちゃったわ、ごめんなさい。責任取るからすぐ脱いで。全部」

「全部脱がせる必要はないでしょう!」


騒ぐ二人の前でチカイはフードの裾をパタパタと仰ぎ。特に動揺している様子は見られない。


「別に平気です。ボディ本体は濡れなかったし、これ位ならすぐ乾くわ」


態度は悪いがピーリカも一応女の子。もしも自分が汚れた洋服を着ている立場だったら、とてつもなく嫌だと感じるはずだ、なんて思っていた。


「汚れたお洋服で出歩くなんてオシャレ魔女としてどうかと思うです」

「私はオシャレでも魔女でもないわ」

「違います。オシャレ魔女のわたしには見過ごせないと言っているのですよ。痴女が言うように全部脱ぐ必要はねーですけど、せめてフードだけでも脱げです」

「一番脱ぎたくない。やめて」


右手でフードを引っ張ろうとするピーリカを、チカイは避ける。まるで先ほどのピーリカとピピルピを見ているようだ。

その様子を見て、ピピルピは微笑む。


「じゃあ間を取って下着だけ脱げば良いわ」

「どこの間を取ったんですか! ほらチカイ、痴女に狙われる前に自分で脱げです。心優しいわたしが手伝ってやるですから」


持っていたコップをシャバに押し付けたピーリカは、空いた両手でチカイのフードを掴もうとする。チカイは眉を八の字にして、手でピーリカの頭を押さえつける。


「ちょっと、いいってば」

「遠慮するなです」

「遠慮なんてっ、あっ!」


フードがズレ落ち、ぴょこん、と中から飛び出した猫の耳。

ピーリカはチカイ頭に生えていた猫耳を見て、その愛らしさを羨んだ。

猫耳を指さし、師匠におねだり。


「師匠、わたしもあれ欲しい!」

「いらねぇだろ。何の役に立つんだよ」

「常にかわいいわたしが、もっとかわいくなるですよ」

「何の役にも立たないって事だろ」


頬を膨らませたピーリカは、分かりやすく拗ねる。

ハニーはそっとチカイにフードをかぶせ、そのまま頭をポンポン撫でる。


「チカちゃん猫耳ロボット型だからね、これが体の一部なんだ」


ハニーの説明が半分しか分からなかったピーリカは、いつもの表情に戻った。


「ロボットって機械仕掛けと同じ意味ですね?」

「同じような意味だけど、アンドロイドって言い方の方が人間に近い感じかな」

「じゃあチカイとハニーは」

「アンドロイドだよ。チカちゃんの型番にロボットってつくだけ。あたしは違う」


ピーリカは言い方の違いに混乱している。

そんな彼女達の前に、ピピルピはさも自分の家のように別室から白いタオルを持ってきた。


「脱ぎたくないなら仕方ないけど、せめて拭いておきなさいな。シミになるわよ」


変態だが面倒見は良い性格のピピルピ。

チカイはピピルピからフェイスタオルを受け取り、フードの濡れた部分を拭いた。


「……どうも」

「でも隠さなくていいと思うの。愛らしい猫耳よ」

「何て言われても私は嫌なんです。こんな変な見た目、どうかしてるでしょう」

「そんな事無いわ。舐めたいわ」

「やめて」


チカイはピピルピのセクハラを一刀両断。ハニーはそんな彼女を背中の裏に隠しつつも、一部だけピピルピに同意する。


「あたしもチカちゃんのお耳好きだよ?」

「私は好きじゃないの。こんな人でも猫でもない歪な見た目」

「チカちゃんはチカちゃんじゃん。気にしなくて良いのに」


ハニーの言葉にピーリカも頷いた。


「そうですよ。その猫の耳はアクセサリーのようで中々かわいらしいです。まるでわたしみたいです。ところで、耳があるのにしっぽはないですか?」

「……あるわよ。うまく腰元に巻き付けて隠してる」

「隠す事ねぇですよ。それも出せです」


ピーリカはチカイの腰元に手を伸ばす。そんな弟子の言動を見て、流石の師匠も黙ってはいない。


「こらピーリカ、悪くない奴の嫌がる事すんな!」

「悪い奴にならしても良いですか?」

「進んでしろ」


弟子への教えが常識的だとは限らない。師弟のやり取りを見ていたシャバは呆れている。


「その教育はよくない気もするけど、ピーリカが今するべきなのはチラシ書きって事は間違いないね」

「ジュースのおかわりがないと頑張れません」

「頑張らないとおかわり出ないよ」


シャバの受け答えに、何故かマージジルマが反応した。


「おいシャバ、俺は別に頑張らなくてもおかわり出てくるんだろ?」

「なんて図々しいんだ。まぁ一杯くらいなら良いけどさ。またコーヒーでいいのか? たまにはジュース飲む?」

「値段が高い方」

「本当に図々しい奴だな」

「ピーリカ、時間かけていいからな。ゆっくりやれよ。長居して昼飯も夕飯も奢って貰おう」

「マージジルマは帰って」


そう言われてもマージジルマは帰る様子がない。ピーリカも一応チラシを書き始めはしたものの、そのスピードはかなりダラダラしている。このペースだと本当に夕飯の時間までかかりそうだ。

手続きも終え、特にする事もなくなったハニーはピーリカの横に座り。新しいアップルパイについて考えていた。そしてチカイは、ハニーの事を考えていた。



 その後本当にシャバに夕飯を奢らせた師弟。ピーリカは百枚以上のチラシを全て手書きで書かされ、無事罪を償い終えた事とされた。書きすぎて痛くなった右手を左手で揉みながら「かわいそう、あぁかわいそう」と呟いているピーリカだが、自業自得なので師匠もアンドロイド達も心配しない。

暗くなった空の下、ピーリカ達は黒の領土に戻って来た。

家の中に入ってすぐ、ハニーはマージジルマに頭を下げる。


「師匠さんお願い、キッチン貸して。まだアイディア定まってないけど、色々試してみたいの。かかるお金は出世払いで!」

「出世払いだぁ……? 良いだろう、契約書にサインしろ。払うまで一生逃がさないからな」

「うん、ありがとう!」


マージジルマは本当に金に汚い。

本当に契約書を書かされたハニーは、すぐさまキッチンに立った。その背後にある冷蔵庫にチカイは背中をつける。


「今はどっちを作るの?」

「ん? 新しい方作るよ? だって今までのはもう完璧に作れるもん」

「そう。なら私の出番はないって訳ね」

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