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アンドロイド、目で食べる

「バージョンアップだよ、チカちゃん!」

「バージョンアップ……」

「そう。確かに今まであたしが作ってたアップルパイも悪くはないんだと思う。でも、もっともっと良く作れた方が、皆幸せになるかもしれないでしょ? だったらあたしは、違うアップルパイを作ったらどうなるのかを試してみたいの。それに、作るアップルパイが変わっても、あたしは変わらないから」

「……まぁ、ハニーがそう言うなら」

「言っとくけど、皆幸せってのはチカちゃんの事も含まれてるからね」

「何でよ」

「やだな、あたしら今までずっと一緒にいた仲じゃない。これからも一緒にいる仲だと思ってたんだけど、違った?」


チカイがハニーの言葉を不愉快だと思う事はなく。むしろ彼女は、喜びと気恥ずかしさを感じていた。


「どうかしらね」


ハニーから目線をずらして答えるチカイ。でもこれは、ただの照れ隠し。


「あっ、意地悪ー」


意地悪、とは言ったものの。ハニーはチカイの隠した気持ちに気づいていた。だがあえて正解は聞きださない。聞かずとも分かっている。

二人の会話を聞きながらも自分の分のアップルパイを平らげたピーリカは得意げに言った。


「よく分かりませんけど、二人が頑張ってお勉強してお店を作って、わたしにおいしいアップルパイを食べさせてくれるって事でしょう?」


ちなみにピーリカ、二人の会話の内容はいまいち理解していない。ただ単に今後おいしいアップルパイを食べられると認識している。とはいえ間違っている訳でもないので、ハニーも大きく頷いた。


「大体そんな感じ。あたし、チカちゃんと頑張るからね!」

「ふむ、頑張るのはお利口さんの証拠。わたしと一緒ですね。仕方ない、特別にわたしも二人のお手伝いをしてやるです。感謝しやがれです」

「うんうん、ありがとー」


感謝を述べられ喜ぶピーリカ。だがそれらを聞いていたワンダーは不安げな表情を見せた。


「ピーリカ嬢に手伝わせるのは一番止めておいた方が良いと思うのですけれど……」

「失礼な事言うなです。それよりこの残ったアップルパイ、持って帰ってもいいですか?」

「それは構いませんが、ピーリカ嬢は既に一つ食べたでしょう。いくら美味しくても食べすぎはいけませんわ。いやしいですわ」

「一言余計です! わたしが食べるんじゃないですよ、師匠に食わせます」

「あぁ、そういう事ですの。なら箱に詰めて差し上げますけど……もう少し待ってあげましょう。今は彼女達が食べてる途中みたいですし」


ワンダーの瞳に映るのは、机の上に並んだアップルパイを見つめるアンドロイド達。口を動かし食べている訳ではないけれど、しっかりと自分の一部にしようとしている。

だがピーリカは理解出来なかった。ただただ見つめているだけなのに食べているとかこの女は何を言っているんだ。そう思っていた。




 ワンダーに見送られながら店内を出た三人。ピーリカは右手に召喚したほうきを、左手にはワンダーにアップルパイを詰めて貰った取っ手付きの箱を持っている。


「さて帰りましょう。急がないと師匠が寂しさのあまり死にます」

「うん……うん?」


ピーリカの言葉に引っかかりつつも、ハニーはピーリカとチカイと共にほうきにまたがり、宙に浮かぶ。

ハニーは名残惜しそうに店の外観を見つめた。ふと、店の扉の上に文字が書いてあった事に気づいた。


「チカちゃん、ハッピリーヌ・ドルチェって何かな?」

「きっとお店の名前よ」

「あ、シグマラムダ工場みたいなものか。じゃあもしあたし達がお店作るってなれば、店名も考えなくちゃいけない訳だ。チカちゃん、何がいい?」

「何でもいいわよ」

「良くないよ。きっと大事な事。ピーリカ、何がいいと思う?」


月明りを背景に、ピーリカは「うーん」と頭を悩ませて。


「天才美少女ピーリカが推薦するハニーとチカイのアップルパイ屋さん、でどうですか」

「長いよ!」

「そうですか? では……ピーリカが推薦するアップルパイ屋さん、ですね」

「あたしらの方が削られるの?!」

「だって多分わたしの名前を出した方が国民はひれ伏し崇めると思うですよ」

「別にひれ伏しさせたい訳じゃないんだよー」

「変わってますねぇ」


ピーリカは自分を目の前にした国民全員がひれ伏して当然だと思っている。

良い案の浮かばないチカイは、ただただ現実を見つめた。


「特別なアップルパイのレシピすら考えられていないのに、お店の名前を考えている場合じゃない気もするの」

「それはそれ、これはこれだよ。あたしがチカちゃんとお喋りしたり、ピーリカとお喋りしたり、アップルパイ作ったりするのと同じだよ」

「そうかしら」

「そうだよ、きっと。何かないかな、あたし達にぴったりの名前」


静かな空の上で悩む三人だったが、良いアイディアは出ず。気づけばピーリカが暮らす山中の家の前へと到着していた。

ピーリカはほうきから降りたと同時に、アップルパイ目の前で齧られ事件の恥ずかしさを思い出した。ほうきを家の壁に立てかけて、ぎこちない動きでアンドロイド達と共に家の中へ入る。


「ただいま、で、すよっ。泥棒師匠、今謝ったら許してやるです」


師匠の顔を見るなり、ピーリカは少し頬を赤らめつつも偉そうな態度をとった。

リビングに置かれたソファに座りながらコーヒーを飲んでいたマージジルマは、平常心で答える。


「先にアップルパイ泥棒したのはお前だろうが。それで、全部配り終えたのか?」


特に態度を変えない師匠に対し、ピーリカは頬を膨らませる。元々赤かった頬は怒りによるものだと判断された事に気づいていない。

マージジルマの質問には、ピーリカに変わってハニーが答える。


「時間帯も良くなかったのかもね、男の人とパティシエールさんにしか食べて貰ってないよ。あたしの作ったアップルパイも、残った分は全部パティシエールさんにあげてきちゃった」

「何だ、そのパティシエールさんってのは」

「パティシエールのワンダーさんだよ。それでね、こんなのもらったの」


ハニーはチカイの着ているベストの内ポケットにためらいなく手を突っ込み、中から一枚の紙を取り出した。

その行動に一瞬驚いたマージジルマだったが、あまりにもチカイが無表情で無反応なため「当人がいいのなら」と気にするのを止めた。その分、紙に書かれた収穫祭の内容に意識を集中させる。

ハニーは興奮した様子で説明を加える。


「その収穫祭に出てるものを見れば、お勉強になるって言われたの。あたしのアップルパイ、今のままでも店を出す事は可能だけど、良い未来は見えないって。お勉強すれば皆が喜ぶ特別な味に出来るって。あたしもワンダーさんみたいに、自分のお店で特別なアップルパイを作りたいの。だから師匠さん、あたしにお勉強させて」

「……急にそんな事言うなんて、さてはパティシエールのでっかい店でも見て夢が膨らんだな?」

「見て来たけど、でっかくないよ。バルス公国の工場と比べたら全然小さい」

「いや。俺はお前らが店を出すならもっと小さい……リヤカーレベルからで良いと思ってた」

「り、リヤカーってあの荷物を運んだりする?」

「あぁ。うちで作って、リヤカーに乗せて手売りしに行くんだ。どんなにうまいアップルパイでも、いきなり店立てる金なんてすぐ稼げないだろうからな。それに色々な所へ移動出来た方が出会えた時の特別感もあっていい気がするんだよ」

「いいかもしれないけど……そんなの可愛くないし、アップルパイも冷めちゃう!」


ハニーは両手を頬に添えてショックを表す。そんな彼女の足元で、ピーリカは「最悪、かわいいわたしがリヤカーに乗ってやるですから。そうすればダサいリヤカーもかわいくなるですね」と謎の宥め方をしている。

マージジルマは考えた。ハニーの勉強したいという気持ちを否定するつもりはない、むしろ弟子に見習わせたいくらいだと。しかし。


「まぁ、夢をデカく持つ事は悪い事じゃねぇ。勉強したいなら勝手にしろ」

「う、うん! あたしするよ。頑張るよ」

「とはいえだ。その頑張りはいつまで待てばいい?」

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