アンドロイド、収穫祭を知る
店内に置かれていた丸いテーブルとイスに座ったピーリカ達。ハニーは自分の作ったアップルパイの乗った皿をテーブルの中央に置いた。
店の奥から戻って来たワンダーと店員の女は、アップルパイとミルクティーをそれぞれ三人分トレーに乗せて持ってきた。
ハニーの作ったアップルパイの乗る皿を囲うように置かれた、湯気踊るアップルパイ達。
「どうぞ、これがわたくしの作ったアップルパイよ」
ワンダーの作ったアップルパイの方が大き目にカットされているとはいえ、見た目だけならそう変わりはないと判断したハニーとチカイ。
ピーリカだけが「いただきますですよ」と言いすぐさま食べ始める。違いなんて考えない。
パリリっ、と音を鳴らしたパイ生地に、とろっとした甘いリンゴ。シナモンの香りも利いている。
おいしい、一口食べてそう思ったピーリカ。ハニーの作ったものより香ばしく、舌の上に長らく残る甘味。だがおいしいからこそ不安が募った。
「これじゃあきっとお高いんでしょう。師匠じゃ間違いなく買いませんよ。後でお金要求してきたりしないでしょうね」
ワンダーは笑いながら首を左右に振った。
「味見させてあげてるだけですもの、特別サービス。お金の要求なんていたしませんから、安心して御上がりなさいな。まぁ確かにマージジルマ様が頻繁に買う値段じゃないかもしれないけれど、買えない金額じゃないでしょうに。高いモノでも質が良ければ売れるモノだってあるのよピーリカ嬢」
「うーん……確かに師匠も安くても質が悪かったら買うなってよく言うですね。それの逆ですね?」
「えぇ。仕入れ方だったり素材だったりで、安いモノにも理由はあるのでしょう。質が良くて安いモノが良いという意見も分からなくはありませんけど、高いものだって理由なく高い訳ではありませんわ。技術や素材含めて、高いからこそ素晴らしいモノだってある。だからこそ、わたくしの作るケーキはそう簡単に安売り出来る品じゃあなくってよ」
何て言おうと師匠はそう頻繁に買ってくれ無さそうだ。ピーリカはそう思いながらワンダーの作るアップルパイを頬張っていく。
ワンダーはハニーとチカイにも食べるよう促す。
「さぁ、あなた達も召し上がれ」
アンドロイド二人は目の前に置かれているアップルパイを見つめて。
ハニーが悲しそうに、口を開いた。
「あー……悪いんだけど、あたし達食べられないんだよねー」
「食べられない?」
「うん、あたし達アンドロイドだから電気以外食べられないんだ。おちん……あー、色々と口の中に突っ込められるようにはなってるんだけど、飲み込んでも消化したり排泄したりできないから自分でどうにかするしかないってうか」
ピーリカがいる手前、ハニーは具体的に何を口に突っ込まれるのか言い留めた。
「そう。それは残念ね」
ワンダーは机の上に残るアップルパイを見つめる。
作ったものを食べて貰えないのは悲しい事。そうプログラムされているアンドロイド達はすぐさま弁解。
「でもでも、見た目がいいって事は分かるよ! あと匂いも、甘くて優しくて、あたしの作るアップルパイとは全然違う!」
「レシピも材料も、ハニーが使うものとは違うんでしょうね。これなら特別なアップルパイと言ってもおかしくないと思うわ」
ハニーとチカイが気を使っているのだと気づいたワンダーは小さく笑った。
「それはどうも。ところで貴方達は、カタブラ国で働くおつもり?」
ワンダーの質問に、ハニーは元気よく答える。
「そうなの。あたしとチカちゃんで自立するために、アップルパイの専門店を開くの。あたしアップルパイ作りしか出来ないから。ピーリカと師匠さんにも手伝ってもらいつつ、チカちゃんと協力して、人間みたいに生きて行くんだ」
「あぁ、やっぱり。ステキな夢ですわね。でも……今貴女が作るアップルパイのままなら、その夢は諦めた方が良いと思いますわ」
「えっ……」
言葉を失ったアンドロイド達の代わりに、ピーリカは口いっぱいに頬張ったアップルパイを飲み込み怒りだす。
「こら貴様、何故そんな事言うですか。ハニーの作るアップルパイだってちゃんとおいしーです」
「えぇ、おいしかったわ。レシピ通りに作られているんだろうなという事が分かる、丁寧な味。そこはむしろ関心。でも、愛を感じませんの」
「あ、あい……?」
ワンダーは真剣な表情で、ハニーの顔を見つめた。
「貴女、作れって言われたから作ってるだけでしょう」
言われた言葉の意味を理解出来ずに、ハニーは困惑する。
「作れって言われたら作るに決まってるじゃん。何がダメなの?」
「作る事がダメ、ではありませんわ。人に美味しいって思って欲しい、そういう気持ちが感じられないの。言うならば量産型。ただ無心で作られた、どこででも食べられる味。感動もしないし記憶にも残らない」
ハニーは首を傾げて、チカイに同意を求めた。
「難しいなー。チカちゃん分かった?」
「さぁ?」
「だよね」
同意が返って来て嬉しいという顔のハニーだが、機械であるはずの自分の中のどこかに悲しい感情がある事にも気づいていた。
やれやれ、といった感情を外に漏らすワンダー。
「お店を出したいというのなら止めませんわ。マズい訳でもないし、開くまでは可能でしょうから。でもわたくしにはあなた達がこのままお店を出してもいい結果になるとは思えないの。ただそれだけは肝に銘じておいて下さいな」
ワンダーはそれだけ言うと、トレーを持ってショーケースの裏へと進んだ。そのまま店の奥へと向かいそうな彼女を、ハニーは俯いた状態で引き留めた。
「待って、ワンダーさん……あたしのアップルパイを特別な味にする事って、出来ると思う?」
「思いますわよ。味見の出来ない貴女には相当努力が必要でしょうけど」
「もう一つ聞いてもいい? 良い結果になるとは思えないってのは、バルス公国のだからって事関係ある?」
「アップルパイを作る、というだけなら関係ないと思いますわ。ですがこの国で売るとなると関係あるでしょうね。バルス公国のアンドロイドというブランド名は、バルス公国や他国では価値あるものでしょうけど、カタブラ国じゃ無価値と同等。少なくとも、バルス公国の悪い印象が消えない内はね」
「……生まれた国は関係なしに、あたしの作るアップルパイで喜んでもらえるってのが、あたしにとってきっと一番の幸せだと思うから。改良可能なら、あたしは改良したい。でも、どうすればいいのかな」
ハニーの返答に笑みを浮かべたワンダーはショーケースの上にトレーを置き、レジ横に置かれた一枚の紙を持ってハニー達の前へ戻って来た。
「貴女はもっと、世界を知るべきよ」
「世界を……」
「と言っても、いきなりあれもこれもと全てを見るのは不可能でしょうから。まずはカタブラ国を見なさいな」
ワンダーは持っていた紙をハニーへと手渡す。紙に大きく書かれた文字をハニーは呟くように読み上げた。
「収穫祭……」
「お祭り大好きな赤の魔法使い様の提案で、旬な野菜や果物を使ったお料理を国民に振る舞う事になっておりますの。わたくしは勿論、この国の有名なシェフやパティシエが腕を振るう予定ですわ」
「それってつまり、一度に多くのケーキを見られるって事?」
「何もケーキだけを見る必要性はありませんわよ。ケーキとは全く関係のない別の食べ物や出来事から生まれるアイディアだってありますもの」
ハニーは作り物であるはずの瞳を、人間と同じように輝かせている。
「よし、お勉強しよう! 食べられないけど、目で見るだけでもきっとお勉強になるよ。お話も色々聞いて、新しいアップルパイを作ろうっ」
どんどんと話を進めて行くハニーだが、その隣にいるチカイは何故か取り残されたような気がして。
「私は……今まで通りのハニーのアップルパイでも良いと思うのだけれど」
ポツリと心の声を零す。
それに気づいたハニーは、零れたチカイの言葉を拾い上げて。彼女に向けて、にこりと笑みを向ける。