弟子、ショーケースに張り付く
再び街中へやって来たピーリカ達だったが、到着した頃には日が沈み始め。多くの黒の民族が店じまいを始めていた。
ピーリカはハニーの持つ一口サイズのアップルパイが乗った皿を指さしながら、黒の民族の一人に声をかけた。
「そこの貴様! 食え!」
「やだよ」
即答で断られたピーリカ。信じられないという様子で相手を見ている。
「この超美少女のわたしがお願いしてるんですよ? なぜ食べない」
「なぜと言えるのかが不思議で仕方ない」
「いいから黙って食べろです」
「じゃあピーリカ嬢、試しに食べてみてよ。美味しそうに食べたら考えるよ」
「ふむ、いいでしょう。わたしはとっても美味しそうに食べるですからね。見れる事を光栄に思いなさい」
ピーリカはそう言ってアップルパイを一切れ食べる。口をモグモグと動かしながら感想を述べる。
「うーんおいひい。とってもおいひい。どうれすか、食べたいでしょう!」
とてつもなく下手くそな食レポを見た男は大きく頷いた。
「あー、大丈夫そうだね。よし、じゃあ貰おうか」
男はハニーのもつお皿からアップルパイを摘む。ピーリカはアップルパイを飲み込んで、男を怒った。
「貴様! さてはわたしに毒味させたですね!」
「だってピーリカ嬢が食べられるものなら間違いないじゃん。マージジルマ様は毒耐性ついてるから信用ならないけど、ピーリカ嬢は毒食ったらタダじゃすまないでしょ。ピーリカ嬢だから出来る事だよ」
「……そうですか。まぁわたし天才ですし、グルメですからね!」
ピーリカはおだてられている。
アップルパイを食べ終えた男は感想を口にした。
「まぁ普通においしいね。ごちそーさん」
「とってもおいしいの間違いでしょう」
「いや別に。おいしいけど、大絶賛する程じゃないかな」
「何てこと言うですか。貴様さては人の心を持ってないですね?」
「そんな事ない。おれはもう帰るんだ、ピーリカ嬢たちも早く帰りなよ」
そう言って男は去ってしまった。
ハニーとチカイは首を傾げた。
「今のはどういう意味?」
「特別性がなかったって意味かしらね」
「特別性……って、必要なものなのかな? おいしかったならそれで良くない?」
そんな彼女達の元へ、一人の女が近づいて来た。
「わたくしにもお一つ、頂けるかしら?」
クルクルと巻かれた黒い髪の女。白いコックコートに黒いエプロンを身に着けた女は、ハニーの前に立つ。
「どうぞ。あまーいアップルパイ、召し上がれ」
にっこり笑うハニーはアップルパイの乗る皿を女に差し出した。女はアップルパイ一かけらをつまみ、口にする。しばらくの間ハニーの作ったアップルパイを味わった彼女は、フッと笑って。
「美味しいわ。でも、それだけですわね」
感想を伝える。
彼女の感想の意味が理解出来ずに、ハニーは困惑した表情を見せた。
「それって、どういう」
「マズいと言ってる訳じゃあありませんわ。でも、心に残りませんの。だからきっと、この味で店を出したとしたら、すぐに飽きられてしまうでしょうね」
「……やっぱり人間って、心に残る……特別なものじゃないとダメなの?」
「ダメではないけれど、特別なアップルパイと普通のアップルパイがあったらどちらが選ばれるのか。その答えは、分かりやすいものでしょう?」
ピーリカは女の前に仁王立ち。
「偉そうですね、何なんですか貴様!」
「これはこれはピーリカ嬢、ごきげんよう。偉そうにしているせいでマージジルマ様に振り向いてもらえないあなたに偉そうと言われたくはありませんわ」
「お、大きなお世話です!」
ハニーは目の前に置かれたアップルパイを見つめた。少し冷めてしまってはいるものの、美味しそうに見えるアップルパイだ。
「人間がおいしいって思うアップルパイのレシピのはずなんだけどなぁ……このままじゃダメなのかな」
チカイはハニーと共にアップルパイを見つめる。
「そもそも特別なアップルパイというのがどういうものか理解出来ないわ。ハニーの作るアップルパイだってバルス公国のアンドロイドが作ったという意味では特別なものよ?」
チカイの言葉を聞き、女はまじまじとハニーを見つめた。
「あら、あなたアンドロイドなの?」
ハニーの前に立ったピーリカが、何故か威張る。
「そうですよ。ハニーもチカイも性格悪い奴いっぱいのバルス公国から来たですが、心優しき機械仕掛けのアンドロイドですよ」
「バルス公国の……なら、分からなくても無理はありませんわね。一緒にいらっしゃい、わたくしが特別なアップルパイというものを教えて差し上げます」
ある事が気になって、ピーリカは女に質問を投げかけた。
「待てです。その特別なアップルパイというのはわたしも食べられるんでしょうね?」
女を疑っている訳ではない。ピーリカは自分が特別なアップルパイを食べられるかどうかが気になっていた。それ以外に質問はない。
女も呆れている。
「素直に食べたいと言ったらどうですか。大丈夫、わたくしマージジルマ様と違ってケチじゃありませんから、ピーリカ嬢にも食べさせて差し上げます」
「師匠の事悪く言うなです。ま、どうしてもと言うなら食べてやるですよ。光栄に思いやがれです!」
「あらまぁ。図々しい事」
「そうでもねぇです。ところで貴様、何者です?」
女はエプロンの先を少しつまんで、軽く会釈。
「ワンダー・デコレ。カタブラ国のパティシエールですわ」
「ぱてぃしえ……ケーキ屋さんの事ですね? それは確かに特別でおいしいアップルパイが期待出来るかもしれねーです。ハニー、チカイ。試しに行ってみましょう。大丈夫、美味しくなかったらわたしが怒ってやるですからね」
偉そうなピーリカはさておき、ハニーは真剣な表情で頷く。
「うん、あたしも行ってみたい。特別なアップルパイがどんなのなのか気になる。チカちゃん、一緒に見に行こう。きっとその行動が、あたし達も変わるための何かになるかもしれない」
「……ま、今後のためにはなるかしらね」
チカイも同意し、三人はワンダーという女の後をついて行った。
ピーリカ達は赤いレンガで出来た建物の前に到着する。ワンダーは建物の扉を開きながら口を開く。
「ここがわたくしのお店ですわ。大きくて中々立派な門構えでしょう?」
その建物の造りを見たハニーは目を丸くした。自分達が今までいた工場に比べると、かなり狭そうな建物だ。だがそんな小さな店の外観を、ハニーは不思議と気に入った。
「こ、ここでケーキを作っているの? アップルパイも?」
「えぇ。店の奥のキッチンで全て作っていますわ」
「オシャレな場所っていうか、カッコイイって言うのかな」
「あら、ありがとうございます」
自分の店を褒められ、ワンダーは嫌味のない笑みを見せた。
逆にチカイは冷めた目をしている。
「ケーキを作るのにカッコよさなんて必要ないわ。だったらそのコストを広告代等にあてて、生産数と売り上げを伸ばすべきよ」
「そんな事ありませんわよ。店の見た目の良しあしでケーキを買うかどうか判断するお客様だっていますもの。店内も見て頂戴。きっと気に入りますわ」
店内に入ると、並ぶショーケースの中に入った様々なお菓子が視界に飛び込んで来た。店の奥にいた店員が、ひょっこりと顔を出す。
「いらっしゃいませ! あ、ワンダーさん。お帰りなさい。カモを連れて帰って来てくれたのですね。ありがとうございます」
この店員もまた黒の民族。口が悪いのはデフォルト。失礼な店員の態度にワンダーはフフッと笑った。
「残念ながらカモじゃないの。いずれはカモになってもらうけど」
カモの意味を分かっていないピーリカは訂正を入れた。
「カモじゃねーですよ。わたしはかわいいピーリカです。それにしても、ここはおいしそうなお菓子がいっぱい並んでやがるですね」
ピーリカの目線はお菓子に向いている。
ワンダーは両手を広げ、キレイに並べられたお菓子を自慢する。
「トルテ、プティング、マカロン、エクレア、グラニテ。サヴァランにシュークリームもありましてよ」
「おいしいんでしょうね?」
「そう疑われるのは癪ですわね。まぁ、食べてみて判断して頂戴な」
ワンダーは店員の女に顔を向けて、指を三本立てた。
「アップルパイとお紅茶を三人分……ピーリカ嬢はジュースの方が良いかしら」
「失礼ですね。わたしはレディですから、子供扱いしないで結構です。あぁでも、どうせお紅茶にするならミティーにしろです」
レディを名乗るピーリカはショーケースに張り付いて、動く気配がない。
ワンダーは首を傾げた。
「ミティー? 聞いた事がありませんわ。マージジルマ様が作った毒の名前か何か?」
「毒じゃねーです! 甘くておいしいんですよ。知らないなんて可哀そうに」
「……何色?」
「色? ベージュですよ」
「あぁ。分かりましたわ。ならそれを三つ用意しましょう。少々お待ちを」
奥に入っていくワンダーに、店員の女がこっそりと問いかけた。
「ワンダー様、ミティーなんて飲み物うちにあります?」
「ミルクティーを間違えて覚えてるのだと思いますわ」