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師弟、強盗をボコボコにする

赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ王国。

魔法が飛び交い、活気あるその国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。


「動くな、手ぇあげろ!」


守られて平和なはずの国で、強盗事件が起きた。黒の民族が暮らす黒の領土。そこの金品を預けておく場所、いわゆる銀行に刃物を持って押し寄せた一人の強盗。覆面をし顔や髪の色は分からないものの、声の低さから察するに男である事が伺える。男は刃物と一緒に持ち込んだボストンバッグを店員に押し付けた。


「これに入れろ」

「い、嫌だ!」


抵抗する店員。強盗は店員の首筋にナイフを突きつけた。


「黙って入れろ、死にたいのか!」


張り詰めた空気の中、出入口であるドアが開いた。


「そこまでですよ!」

「誰だ!」

「天才だ、降参して跪きやがれです!」

「誰がするか……って、その図々しい態度。まさか!」


黒いショートブーツを履き、ドアの前に仁王立ちする一人の少女。肩まで伸びた真っ黒な髪のてっぺんには、大きな白いリボンをつけている。身に着けているのは黒のショートブーツにシンプルな黒いワンピース。身長130センチと幼い見た目の彼女だが、腕を組み、とても偉そうに立っている。

彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。

ただの小娘にしか見えないが、強盗は彼女が魔法使いの弟子である事に気づき驚いた表情になった。そんな彼を見て、ピーリカはぺたんこな胸を張る。


「図々しいとは失礼ですね。勇ましいの間違いでしょう。あぁ、強盗なんてするおバカさんですからね、間違えても仕方ないですね。教えてあげましょう。ピーリカ・リララ。いずれは黒の魔法使いとなり、この国を守る者。つまり、貴様より偉い者です」


本当に図々しいピーリカを見て、その場に居た店員や客達は喜びの声をあげた。


「クソガキのピーリカ嬢が来たって事は……」

「短足のマージジルマ様も来るって事だ! やった、助かった!」


黒の民族は皆、口が悪い民族性であった。さり気なく混ざっていた悪口に反応するピーリカ。


「誰ですかクソガキと言ったのは! 師匠は短足なので否定しませんけど、わたしはレディなんですからね!」


ピーリカがただの少女であれば気にせず人質にでもしたのだが、一応彼女は魔法使いの弟子。状況が悪くなったと判断した強盗は、ピーリカを睨み。


「くそっ、こうなりゃ……おらぁっ!」


彼女に向けて刃物を振りかざす。

偉そうにしていたピーリカだが、自分へと目掛けてくる刃物には恐怖を感じて。


「キャーっ、師匠ーっ! 世界で一番愛らしい弟子がピンチですよーっ!」


思わず叫んだ。

ピーリカの声が合図だったかのように、天井に三日月模様に円と線を羅列させた形の魔法陣が現れる。その魔法陣の中から、ヌッと出てきた足。安そうな靴を履いているその足は、強盗の頭を躊躇なく――蹴とばした。


「だっ、なっ、なんだ!」


頭を押さえながら天井を見上げた強盗の瞳に、自身を蹴とばしてきた犯人の顔が映る。

天井の魔法陣がスッと消えたと同時に、強盗を蹴とばした足を床に着地させ。その場に立った小柄な男。身長にして、158センチ。ボサボサな黒い髪に、ヨレた白色のケープ。見た目へのこだわりはないらしい。

彼こそが七人の魔法使い内一人。黒の魔法使い代表、マージジルマ・ジドラ。


「何だじゃねぇよ、ガキ相手にナイフなんか向けんな! ぶっ飛ばすぞ!」


そう言って強盗に殴りかかったマージジルマ。改めて言っておくが、彼は一応魔法使いだ。

ピーリカはその場にしゃがみ込み、登場以外で一切魔法を使う気配がない師匠と顔面をボコボコにされていく強盗を交互に見る。


「師匠、魔法使わないんですか?」

「使う価値もねーよ」


結局ボロボロになるまで殴られた強盗は、床の上に倒れ込んだ。

今の強盗なら自分より弱いと判断したピーリカはすぐさま立ちあがり、倒れ込む強盗を見下した。


「師匠如きにボコボコにされるなんて、よわよわ過ぎるのです。わたしに刃物なんて向けるからそういう事になるんですよ。バーカバーカ、ざぁこざーこ」


ピーリカは口だけ達者はだった。偉そうな態度の弟子を師匠は叱る。


「おいピーリカ、悪者にそういう事を言う時は殴りながら言え。それかせめて踏め!」


叱る内容が常識的だとは限らない。

ピーリカは師匠に言われた通り「バーカバーカ」と言いながら強盗を踏みつける。素直ではなくひねくれものな性格の彼女だが、こういう所だけは素直に言う事を聞く。

マージジルマは満足気に、弟子に踏まれている強盗を見つめた。


「よし、じゃあそろそろ牢屋の方連れて行くか」

「マージジルマ様、お待ちください!」


一人の店員がマージジルマを引き留めた。先ほど強盗に刃物を突き付けられていた者だ。


「何だよ、悪い奴は牢屋にぶち込むのが決まりだろ。何を止めるんだ」

「違います。牢屋に入れるのは構いません。ですがお願いです。牢屋に入れる前に、自分にも殴らせて下さい!」

「何?」

「牢屋に入ったくらいじゃ許せないくらい怖い思いをしたんで」


他の店員や客達も声を上げる。


「じゃあ俺も殴りたい! すごく怖かった!」

「私も!」


普通なら断られるであろう頼みだが、マージジルマは大きく頷いて。


「よし分かった。じゃあ強盗クソ野郎は置いていくから、好きなだけ殴れ。気が済んだら牢屋の方に連れてこいよ」


承諾した。

その場で湧き上がる歓声。この国の者は変な奴ばかりだった。

最初に提案した店員がマージジルマに向けて深々と頭を下げる。


「流石マージジルマ様、ありがとうございます」

「感謝は金で表せ。逃がしたら追加料金取るからな」

「流石マージジルマ様、まるで強盗のようだ。感謝料は振り込んでおきますけどね」

「当然の事だ」


ニッと笑う師匠の姿を、ジッと見つめる弟子。マージジルマはその視線に気づき、彼女の方に顔を向けた。


「何だよ」

「……師匠は本当に金に汚いなと思っただけです。それより帰るですよ」

「汚くねぇよ。働き者なだけだ。言われなくても帰る」


本当は別の事を思っていたピーリカだが、それを口にする事はなかった。

紐で縛り上げた強盗の首に「ご自由にお殴り下さい」と書いた看板をぶら下げた師弟は、銀行から出て行く。どうでもいいが、残された強盗は店員達にボコボコにされたという。



 銀行を出てすぐの所に、テントで作られた店が向かい合って並ぶ通り道が見えた。店の者も客人も、みな髪色は黒。それが黒の民族の証だった。

店に並ぶ様々な商品。ピーリカの視線に、ある赤い果物が映った。ピーリカは隣を歩く師匠の服の裾を、クイっと引っ張る。


「師匠、師匠。リンゴがおいしい季節ですよ」

「なんだよ突然」

「買って下さい」

「やなこった」

「何故ですか。愛らしい弟子が要求してるんですよ。欲しいモノが手に入らないなんて、可哀そうでしょう?」


師弟の会話が聞こえていた商人が、マージジルマに声をかけた。


「そうだよマージジルマ様、買ってよ。ついでだから野菜も買いなよ。人を殴って得たお金、いっぱい持ってるでしょ?」

「やなこった。俺は自分で野菜も果物も育ててるし、絶対買わねぇ」


人を殴って得た金だという事を否定しないマージジルマ。しつこいようだが彼は魔法使いだ。

商人が「ケチ!」と言っているのに対し、ピーリカは諦めた様子を見せる。


「まぁ師匠は世界で一番お金が好きですからね。仕方ない、わたしはお利口さんなので。諦めてやるです」

「別に諦める必要はねぇよ。俺は買わないって言ってるだけだ」

「買わなければ食べられないでしょう。師匠は本当におバカさんですね」

「バカはお前だ。俺は自分で野菜も果物も育ててるって言ったろ」

「……まさかリンゴの木も育ててるとか言わないでしょうね」

「家の前の畑横に生えてる草をかき分けた先に三本程」


ピーリカは目を輝かせ、笑顔で走り出した。


「それを早く教えろですよ! じゃあリンゴ狩りしてくるです。師匠のものはわたしのもの!」

「あっ、おいこら!」


自分達が暮らす家の方向へと向かう弟子を、急いで追いかけるマージジルマ。

残された商人は「客を逃した」と、ため息を吐いた。

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