デジタルミーム その四
動け
動け
動け
動け
動け
動け
動け
そして短刀へと手を伸ばし、隣を歩いていた僕の手を掴んだ。視線の先には男が立っており、道行く人は彼の異常性に遠巻きに離れていくのが見えた。
その眼は確かに正気を失っている様子だった。そして、その片腕には短刀が握られていた。その切っ先からは真っ赤な液体が垂れ下がっていて、周りには水溜りのように広がった紅い何かが見える。
明らかなトラブル。
我帰さずといった通行人たちとは対照的に、詩奈はそれを見過ごそうとはしない。
男は相変わらず上を向いているが、何かを口走って放心状態のように見える。
「……」
「詩奈」
「助けてくる。ちょっと待ってて」
彼はそう言うと、腰に巻いていたジャージを羽織った。
キズナ特別学院。地域管理委員会”庭番”。
特殊教科”自己防衛”の成績が学年十位である事を条件に強制的に入会されるその組織は、文字通り地域治安の管理、並びに、学校防衛としての役割が与えられる。彼等には特別な権限が与えられ、その最たるものが、重火器や魔術具の使用許可だ。口径が大きく。装甲車さえ貫く特殊な弾丸や、特殊な物品は、学校内でも彼等だけの特別な力である。
そして、詩奈の順位は、三学年”第二位”
通称 ハンド&フック
世の中に正義のヒーローが居るとするのなら。
正義を志す誰かが居るとするのなら。
それは間違いなく、目の前のこいつだろう。
行政としての警察組織は、日夜横行する犯罪組織に対して完璧な対応を取れる訳ではない。大半の犯罪、災害に対しては行政の手が届かない事が多く、完璧な解決には至るには難しいのが現状だ。その際、庭番は、自身らが担当している区分の犯罪行為、及び災害、人的被害に対して、学業の傍らに解決に導く事が出来る。これは異世界側との協議で定められた正式なモノであり、庭番は、その能力を通じ様々な災害や犯罪活動に対して抑制を行ってきた。
二発の弾丸とコンバットナイフを模した特徴的なジャージを掛け、詩奈は無言で男に近づく。
男は相変わらず意識が無いように思えた。しかし、詩奈が数メートル圏内に入った途端豹変を見せる。男は正気とは思えないような目を見せながら短刀を振りかぶり、襲い掛かった。見物客達は、相変わらず他人事として振舞っている。
「……」
短刀は勢いよく直線を描いた。
それは素人の太刀筋には見えなかったし、実際、それは詩奈を捉えたと錯覚させるほどに鋭く、重い一撃だっただろう。だが、それが彼に届く事は無く、その一撃は……。
懐に入られた、見事な一本背負いにより無効化された。
重い感触。見る側からも居たそうな一撃に、男の息は堪らず止まる。一時的な衝撃は、男を再起不能にするのに十分すぎる威力を持っていた。コンクリートとのキスだ。あの衝撃では、死んでいない方が不思議に思う。
動け