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46:もう一度

 空き部屋となっていた使用人部屋にて、シージェが無事就寝したのを確認し、ラクナスは一息ついた。


──今日は長い一日だったな……年の割に頑張った、と思うことにしよう。

 深呼吸と共に、真っ暗な廊下で軽く伸びもする。



 サマルカンド邸に着き、意識を取り戻したシージェはやはり、荒れた。

 とはいえ、ラクナスの暴走と暴力が心底恐ろしかったらしい。初対面の時と比べれば、随分常識的範囲内での荒れ様であった。


「アタシをどうする気なのよ! 魔界に帰してよ!」

 髪を振り乱し、駄々をこねる彼女に、アンリルが肩をすくめる。

「だから、帰してやるっつってんだろ。それまで、ココで大人しく暮らしてろってだけじゃねーか」

 この言葉に、シージェの目が輝いた。そわそわと浮足立つ。


「アっ、アタシがアンリル様と、一つ屋根の下で暮らすのっ?」

「お、おお……」

 たじろぎつつ、ためらいつつ、腰が引けつつも、アンリルはどうにか頷いた。


 恋に恋する彼女は、これで大人しくなった。単純なものである。

 念のため、「アンリルに手を出せば、足を折るからな」と釘を刺しておいたので、従僕の操は守られるはずだ。


 そう脅すラクナスの背後で、ルビアンが両手に持ったクルミを割っていたのだ。効果は絶大であろう。

 


 一連の騒動の収束に安堵し、寝室に戻った彼を、ルビアンが出迎えてくれた。

 レース仕様の大変愛らしい寝巻姿──昼間とは違うものだ──で、きゅっと彼に抱き着く。そして胸板に、頬ずりをした。

「お疲れ様でした、ラクナス様」

「ルビアン……起きていたのか?」


 もちろん、と言いたげにルビアンは大きく頷いた。

 愛妻の小さな気配りが、朝から強張りっぱなしだったラクナスの心に凪をもたらす。


 彼女の頭を優しく撫でながら、連れ立って寝台に向かう。


 彼の隣に寝ころび、ルビアンがくすぐったそうに微笑んだ。

「ラクナス様って、意外に口八丁だったんですね」

 昼間の、クレムリン氏を丸め込んだ手腕のことを言っているらしい。


 ラクナスは束ねていた長髪をほどきつつ、苦笑い。肩もすくめる。

「伊達に上辺だけの社交界で、生きてはいなかったからね」


 その社交界とも、縁遠くなって久しい。だが、そのことに寂しさを覚えたり、また困ることも案外ない。

 彼の場合、「人類軍相手に、一騎当千の戦いを見せていた」という前歴があるので、人脈作りに精を出す必要もないのだ。

 作ろうと作るまいと、お偉い方は彼に怯えるだけである。


──社交界で得たものは妻ばかり、か。いや、これ以上ない贈り物だな。


 そんな想いを込めてルビアンを見つめ、白い頬を指の背で撫でる。不思議そうに、彼女は大きな瞳を瞬いた。

「どうしました? あ、お腹空きましたか?」

 見当違いな気遣いが、なんとも彼女らしい。

「いや。君が元気になって、良かったと思っていた」


 ラクナスが微笑むと、ルビアンも輝く笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、快気祝いにお願いがあります」

「うん? 何だい」

「もう一度、愛してるって言ってください」


 ラクナスは真っ赤な顔で、むせた。彼女に背を向け、ベッドからずり落ちそうになりながら。


「……意識があったのか?」

 赤い顔で背中越しに問うと、元気いっぱいの頷きが返って来た。

「はい。夢うつつ、でしたけど。でも、そんなこと言ってもらえたら、眠気も吹っ飛びますよ」

「そ、そうか……」


 やや丸まった彼の背中に、ルビアンが寄り添う。少しためらいがちに、腕も回された。

「ラクナス様……おねがい」

 背中にぴたりとくっつきながら、ルビアンはか弱い声でそう呟いた。


 いつになく切ない口調が、ラクナスの庇護欲を掻き立てた。身体をひねり、彼女へと向き合う。

 困っているような、泣き出しそうな彼女を見つめ、包み込むように抱きしめた。


 彼女の柔らかな髪を撫で、耳介へ口づけを落とし、そのまま囁き声で告げる。

「ルビアン、愛している」

 頬に熱を灯したルビアンも、潤んだ瞳ではにかんだ。

「私も、ラクナス様が大好き……世界で一番、愛してます」


 艶やかさも伴った笑みに惹かれ、ラクナスは顔を寄せて唇を重ねた。

 ルビアンも彼の首に腕を回し、それを受け入れる。


 口づけは徐々に深くなった。首筋や鎖骨をそっと撫でれば、合間にルビアンから、甘やかな声と吐息が零れ出る。

 その声に、ラクナスのキツネ耳がピクピクと、嬉しそうに揺れた。


 荒い息のまま、ルビアンがおねだりをする。

「あのっ……ラクナスさま……もうひとつ、お願い、してもいい?」

「なんだい?」

「ラクナスさまも、ください」


 直接的な言い方がまた、実に彼女らしく、ラクナスはつい苦笑する。

「私で良ければ、いくらでも」

 熱を帯びた彼の眼差しに、ルビアンは真っ赤になって涙ぐみつつも、とびきり綺麗に微笑んだ。


 この夜二人は、名実ともに夫婦となった。

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