表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/48

42:女悪魔は諦めが悪い

 よだれと胃液(または胆汁)まみれだった剣を携え、ラクナスはクレムリン邸の前にいた。彼の姿は既に、キツネの獣人だった。

 今日も庭のダンゴムシが、良い働きをしてくれたのだ。


 ラクナスの隣には、険しい顔のアンリルも控えている。


 アンリルから託された剣によって、ラクナスの思考は転化前と同じく、冴え冴えとしていた。

「凄い剣、だな。持っている、だけで頭が、すっきりと、している」

「だろ?」

「当の剣は、ねばねばの、粘液まみれ、だったが」

「それは忘れろって」


 アンリルに脇を小突かれる。ふかふかの体毛越しに、その衝撃が微かに伝わった。

 小競り合いの後、改めて二人で屋敷を眺める。


 クレムリン邸はかつてのサマルカンド邸のように、荒れ果てている。そこから、クレムリン夫妻の逼迫具合を窺い知ることが出来た。

 庭は全く手入れがされず、生え放題の伸び放題。

 窓は土埃や手垢で汚れ、外壁もどこか色あせている。


 そのためだろうか。二人にしては幸いなことに、周囲の人通りもほぼ皆無であった。


 廃墟と大差ない有様に、アンリルは鼻筋にしわを作る。

「人の気配もしねーな」

「ばあやが、言っていた。クレムリン家は、家計が火の車。使用人を全員、辞めさせた、と」

「はっ。悪魔が忍び込むにゃあ、おあつらえ向きってことだな。大方あのクソアマも、メイドのふりして堂々と潜り込んだんだろうよ」


 鼻で笑ったアンリルが、両手から鬼火を発生させる。

 それを屋敷の扉目掛けて、投げつけた。破裂音と共に、扉の鍵が壊される。


「アンリル。あまり、目立つ行動は、しないように」

「いいじゃねーか。意趣返しってことでよ」


 にやりと笑う彼につい、内心憤怒に駆られていたラクナスも犬歯を見せて唸る──いや、笑う。

 次いで足を振り上げて、鍵が壊され半開きとなった扉を蹴り開けた。


「旦那も目立つ行動してんじゃねーか」

 言ったそばから、とアンリルが苦笑する。ラクナスは横目にそれを見、肩をすくめた。

「意趣返し、だ」


 玄関前のホールには、メイド服姿のシージェが立っていた。彼女は扉を蹴飛ばしたラクナスを見とめるなり、目を吊り上げる。


「ちょっ……どうして、アンタまで来てるのよ!」

「てめーが一人で来いって、指定しなかったからだろッ!」

 ラクナスの背後から、アンリルが応酬する。彼が怒鳴ると同時に、ラクナスが地面を蹴った。シージェへ肉薄する。


「ケダモノの分際で!」

 黒い光球を放ちながら、シージェが飛び退る。ラクナスも光球を避ける、あるいは剣で打ち落とす。アンリルも鬼火を撃ち、彼を援護した。


 ひらりと舞ったシージェのエプロンから、真っ赤な何かが飛び出した。棒状のそれは、軽い音を立ててタイル張りの床を転がる。


 シージェの顔が強張り、アンリルは目を見開いた。

「旦那! ソレがヤドリギの枝だ! 壊しちまえ!」

「分かった!」


 ラクナスがヤドリギ目がけて走る。

 しかし彼が手を伸ばして枝を掴もうとした瞬間、丸い影が突進して来る。


 ラクナスの胴にしがみついたのは、虚ろな表情のクレムリン氏だった。

「放せ、男爵!」

 彼の頬をしたたかに打つも、その腕は少しも緩まない。未だ、シージェの支配下にいるらしい。


 しかし理性を保っているラクナスは、彼に深手を負わせられずにいた。

 もがきながら、ラクナスは狼狽える。


 その隙に、シージェが枝へ駆け寄ろうとして──アンリルの炎に襲われた。

 毛先と頬を炙られ、シージェは涙目になる。

「ひどいわ、アンリル様! なにするんですの!」

「それ、てめーが言うかッ?」


 がなりつつ、アンリルも枝へ駆け寄る。

 ラクナスもようやくクレムリン氏を突き飛ばし、走った。


 二人の姿に、シージェが激昂した。

「アンリル様が好きって言ってくれるまで、渡さない!」

 手前勝手に叫び、黒い閃光で一振りの剣を生み出す。

 それを無防備なアンリルの背中目がけ、投擲した。


「アンリル!」

 ラクナスがいち早く気付き、剣をかざして彼を庇う。


 魔力で出来た剣は、ラクナスの剣にぶつかるや否や、爆散する。

 その威力にラクナスの剣が折れるのと、アンリルがヤドリギの枝を踏み潰すのはほぼ、同時であった。


 途端、ラクナスは頭部を、鈍器で殴られたような衝撃に襲われる。

 剣によって繋ぎ止められていた理性が、束の間砕けた。


 しかしその刹那は、獣性が支配権を握るのに十分な長さだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ