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闇堕ち公子と、武神な令嬢  作者: 依馬 亜連


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40:理性の剣

 屋敷内にいても、騒ぎが聞こえて来たのだろう。そう間も置かずに、バルージャとシロマも姿を見せた。


 そして二人は、ラクナスの腕の中でぐったりとするルビアンを見とめる。途端、大慌てで走り寄った。

「ルビアン様!」

「坊ちゃん……これは一体、何があったのでしょうか?」


 青ざめる老使用人たちと目が合い、ラクナスは苦痛にまみれた顔を背ける。

「私にも、分からないんだ。クレムリン夫人の持っていた万年筆に触れた途端、ルビアンが倒れてしまい……」


「万年筆じゃねーよ。ありゃ、ヤドリギの枝って代物だ。魔界に自生してる木で、俺たち悪魔にとっちゃ、ただの植物でしかねえ」

 暗い声でアンリルが呟いた。一同の視線が、彼に注がれる。


「ただ、神族が触っちまうと、力を封印されるんだよ……ルビアンは純粋な神族じゃねーから、たぶん、負担もデケーはずだ」

 アンリルは一度言葉を切り、耐えがたい、と言わんばかりに拳を握りしめた。

「あのっ……クソアマがッ! 関係ねールビアンまで、巻き込みやがって!」

 歯ぎしりして、地面を荒々しく蹴り飛ばす。


 彼の言葉にふらり、とシロマは眩暈を起こしてへたり込んだ。

 バルージャも真っ青のまま、微かに震えていた。


「アンリル。シージェは条件を飲めばルビアンを元に戻す、と言っていた。可能なのか?」

 しかしラクナスだけは、前を向いていた。拳を固く握りしめる、従僕の顔を覗き込んで、その双眸をじっと見つめる。


 うっすら涙ぐんでいたアンリルは、乱暴に目じりを拭い、「ああ」と答えた。

「ルビアンが触ったヤドリギの枝を折っちまえば、元に戻るはずだ……オレも、実際見たワケじゃねーから、ちょっと自信ないけどよ」

「それだけ分かれば十分だ。クレムリン邸に行こう」


 彼のその宣言に、アンリルは泡を食った。吊り目を真ん丸に変えて、ラクナスへ詰め寄る。


「あんたは来なくていいよ! オレ一人で行けば、あのクソ女も、大喜びで枝を折るに決まってる!」

「妻が倒れたのに、何もするなと言うのか? それにシージェの条件を飲んで、君の身の安全は保障されるのか?」

「それは……」


「使用人に全てを負わせるほど、私は腐っていない」


 力強い声音と表情で、ラクナスはきっぱりと宣言した。

 呆然と彼を見上げていたアンリルは、その言葉に再び涙ぐみ、豪快に鼻をすする。


「相変わらず、君は市井のドラ息子のようだな」

 下品な音に緊張感がほぐれ、ラクナスは苦笑する。アンリルも不格好に笑った。

「うるてい。とりあえず、ルビアンを休ませてやろうぜ? 話は、その後でもいいだろ」

「そうだな」


 へたり込んだままのシロマを、アンリルが引き起こす。

「ばーちゃん、大丈夫か?」

「え、ええ、大丈夫ですよ……ごめんなさいね、アンリル君」

「いいって。元はと言や、オレの知り合いがやらかしたワケだしな」


 そのままアンリルが彼女を支え、四人で屋敷に戻る。

 そして寝所に、ルビアンを寝かせた。その間もルビアンは目を閉じ、苦しげに浅い呼吸を繰り返していた。


 彼女の頬を優しく撫でたシロマが、ベテラン家政婦の顔に戻る。

「ドレスのままでは、ルビアン様もお辛いでしょう。ばあやがお着替えをいたしますね」

「ああ。頼んだよ、ばあや」


 シロマに後を任せ、退室する。

 廊下を半分ほど進んだところで、アンリルがラクナスを呼んだ。

「なあ、旦那……」

「うん?」

「シージェは常識がねーし、ふざけた奴だけど、魔術の腕だけはマジでヤバい」

「……だろうな」


 それにはラクナスも納得だ。人を二人も瞬間移動させる魔術など、人間の魔術師ではまずお目にかかれない芸当だ。

「だからさ、これ、渡しとくよ」

 そう言うとアンリルは、身体をくの字に折って嘔吐の体勢になった。


 すかさず、ラクナスとバルージャがのけぞる。次いで裏返った声を発する。

「お、おい……どうしたんだ? 吐瀉物なら遠慮するぞ! 要らないぞ!」

「アンリル殿、気分が優れないなら、お部屋で休みなさい!」


「ちげーよ! ちょっと待っ──おえぇっ!」

 ラクナス達は抱き合い、声なき悲鳴を上げる。


 だが、ずるりと彼の口から出た来たものは、吐瀉物ではなかった。

 それは装飾過多気味であるものの、一目で業物と分かる剣だった。


 粘液まみれの剣は糸を引きながら、絨毯へぬらり、と落ちた。

 恐怖のあまり抱き合っていたラクナスとバルージャは、それを眺めつつ、ゆるゆると体を離す。


 最初に立ち直ったのは、ラクナスであった。顎に手を当て、剣とアンリルを交互に見る。

「何故、剣が口から……君は奇術師だったのか?」

「ちげーよ、悪魔だよ! 加護のせいでチンケな魔術しか使えねーから、自分の体内を使って、魔力の効率を……って、ああっ、もういいよ!」


 魔術の素養がない、アホ面を浮かべるラクナス達に説いても意味がない、と途中で理解したらしい。

 真っ白な髪をかき回しつつ、アンリルは粘つく剣を指さした。


「とにかく! この剣がありゃ、あんたが転化しても自我を保てんだよ! それ持って、シージェと戦えってことだ!」

 彼によれば、これは魔界軍時代に、ラクナスが所有していた剣と同じ代物であるという。

 転化した兵士に理性を付与する、特殊な魔術が組み込まれた武器とのことだった。


 この剣の存在は、願ってもない朗報だ。ラクナスの瞳に光が差す。

「凄いじゃないか、アンリル!」

「そうだよ、オレはスゲーんだよ!」


 ラクナスは喜色満面で剣を手に取ろう──として、粘液まみれであることを思い出す。

 しばしの躊躇の末、ポケットから取り出したハンカチを手に巻いて、そっと剣を持ち上げる。


「しかし……そのような便利な武器があるなら、何故もっと早くに出してくれなかったんだ?」

 ふん、とアンリルが鼻を鳴らす。

「あんたが土木作業で変身したり、しょーもねー転化の使い方してたからじゃねーか。見てただろ、今? 出すの大変なんだよ」

「なるほど」


 しみじみ、ラクナスが頷く。

 傍らのバルージャも、魔界の意匠が施された剣を物珍しげに眺めている。

 目ざとい家令は、その剣に纏わりつく粘液に着目した。


「ところでアンリル殿。よだれ以外にも、緑色の粘液が付着しておりますが」

「胃液か胆汁じゃねーかな。うん」

 事もなげに、アンリルが軽やかに答える。


──触るんじゃなかった。


 悪魔の胃液または胆汁にもまみれた剣を抱え、ラクナスは胸中で呻く。

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