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闇堕ち公子と、武神な令嬢  作者: 依馬 亜連


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38:養父母からの手紙

 厳戒態勢の下で開封された手紙だったが、中身はあまりにあっけなく、肩透かしな代物であった。


──過日は大変なご無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした。平にご容赦下さい。

 寛大な御心でお許しいただければ、お二人のご成婚をお祝い申し上げたく云々──


 そんな内容だったのだ。

 手紙を矯めつ眇めつ眺め、ふう、とルビアンが息を吐く。


「文字はたしかに、養母のものですね」

「そこから疑っていたのか!」


 妻の言葉に、ラクナスは仰天する。クレムリン夫妻は、どこまで彼女に信用されていないのか。


 サマルカンド家の人々は、食堂にいた。

 件の手紙を中心として、馬鹿みたいに大きなテーブルに皆で腰かけている。彼らの視線も当然、胡散臭さに満ち満ちた手紙へ向いていた。


「坊ちゃんは、どうお考えでしょうか?」

 モノクルの位置を正しながら、バルージャが意見を仰ぐ。顎に手を添え、ラクナスは低く唸った。

「有り得るのはやはり、金の無心だろうな。例の爆発事故が起きた鉱山は、クレムリン家所有のものと聞いている──切羽詰まっているのではないだろうか」


 またティルウスから、クレムリン氏が投資の失敗によって、負債を抱え込んでいる旨も聞き及んでいた。

 こういった噂は、とかく広まるのが速い。敗北者の烙印を押された夫妻が、社交界でどういった立ち位置にいるのかは容易に想像できた。

 彼もまた、その立場に置かれているからだ。


 だが、その爆発事故があったからこそ、ラクナスは働き手を得られたのだ。

 夫妻へ同情する気持ちはあるし、また義理立てしたい気持ちも、当然ながらある。


 しかし一方で、ルビアンが二人に嫌悪感を示していることも、重々承知していた。

 夫として、彼女を優先するのが当然であり、またそうしたいとも考えている。


 決めかねた彼は、じっとルビアンを見つめる。


「ルビアン。君はどうしたい?」

 ぱちくり、と彼女の大きな瞳が瞬いた。意見を求められると、思っていなかったらしい。

「私が決めても良いんですか?」

「元とはいえ、君の養父母だ。だから、君の意見を尊重したい」

 ルビアンは天井をにらみ、しばし黙考した。


「……一度会ってみても、いいかもしれませんね」


 やがて出たのは、予想外の返答だった。使用人組が視線を交わす。

 次いで、シロマがためらいつつ声を掛ける。


「ルビアン様、ご無理はなさらなくてよろしいんですのよ? そのために坊ちゃんも、ルビアン様のご意見を訊かれたのですから」

「大丈夫です。無理はしてません」


 ルビアンは笑って首を振る。


「ただ、二人が何をしたいのかが、よく分からないんです。養母は感情的な人だったけど、案外慎重な人でもあったので。養父なんて、それに輪をかけて根性なしでした」

 クレムリン氏への歯に衣着せぬ評価に、小さな笑いが起こる。


「つまり、あれだけ怯えて逃げ帰った二人にしては、『らしくない』手紙なんだな?」

 笑いつつのラクナスの言葉に、ルビアンはこくりと頷く。


「はい。だから、気になって。もちろんお金を援助する気持ちなんてないですけど、事情があるなら聞いてやってもいいじゃないか、と思いました」

「なるほどな」


 そもそもラクナスだって、そこまで経済的に余裕のある立場ではない。

 それに文面通り、以前の行動を悔いて、謝罪を行いたいだけなのかもしれない。


「せっかく四阿も直したんだ。そこでお茶会でも開くか」

 一つ手を打ち、ラクナスはそう結論を出した。

「ありがとうございます」

 ルビアンが安堵の息を吐いて、微笑んだ。

「私も前々から、来客がティルウスだけ、というのもどうかと思っていた。たまには他の人を招くのも良いだろう」


 おやおや、と言いたげな視線を、バルージャとシロマが交わす。

「坊ちゃんから、そのようなお言葉が出るとは」

「つい最近まで引きこもりがちで、社交界に出られるのがお嫌だと仰っていたのに……ルビアン様のおかげ、ですわね」

 そしてからかいを含んだ声で、しみじみラクナスを見つめる。


「良かったな、更生できて」

 アンリルからも、同情の目を向けられる。彼にだけは、更生などと言われたくない。

 ために、ラクナスはじろりとにらみ返す。


「そもそも、誰のせいで引きこもりになったと思っているんだ」

「誰って……あ、オレか」

「そうだ、君だ」


 寸劇のようなやり取りに、ルビアンも老使用人コンビも、たまらず噴き出した。


 その後、数度の手紙のやり取りを経て、クレムリン夫妻の来訪日が決まった。

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